Music Mania

No Music No Life

鎌倉殿の13人は期待通り

2022年01月30日 | 日常
今年のNHK大河ドラマである「鎌倉殿の13人」は、今のところ期待を裏切らない面白さで毎週楽しませてもらっている。
平安末期から鎌倉初期という時代は、戦国や幕末と違って登場人物についての予備知識が少ない。
歴史の大まかな流れはもちろんわかっている。
過去の大河ドラマでいえば、2005年の「義経」と2012年の「平清盛」は見たけど、やはり知識が薄い。
なので、毎回新鮮な気持ちで見ることが出来るのが面白いのだ。
それに、三谷幸喜作品だから面白い、というのもある。
三谷大河である2004年の「新撰組」、2016年の「真田丸」、どちらもとてもいいドラマだった。
これを見て初めて新撰組のメンバーや数々の事件について知ることが出来たし、真田幸村という人物の、とくに大阪の陣までの活躍も知ることが出来た。
なので、今回もドラマを見ることによって平安末期から鎌倉初期という時代をより深く知ることが出来ると思う。

昨年くらいから歴史系ユーチューバーをよく見てるけど、中でもミスター武士道という人のユーチューブはとても面白い。
とくに大河ドラマ解説に力を入れているので、一昨年の明智光秀の頃からよく見てるのだけど、もちろん今回もしっかり勉強させてもらっている。
番組の補足解説をはじめ登場人物の深堀開設など、この人は本当によく勉強してるし、筋金入りの歴史オタクだ。
おかげで、よりいっそう大河ドラマを楽しむことが出来ている。
ありがたいことです。
今回とくに、それまで大河ドラマを見てきたわけではないけど、小栗旬のファンだとか三谷幸喜のファンだとかで見始めた人も多いと思う。
そういう人にこそ、ミスター武士道の動画をみてよりいっそう大河ドラマを楽しんでもらいたい。

【鎌倉殿の13人】第3回『挙兵は慎重に②』歴史解説│以仁王の令旨は効果なし!?後白河法皇の院宣は偽物か?


ミスター武士道の解説、まだちょっと難しいと感じる人は、こちらのヤギタシュウヘイという人をお勧めしたい。
この人の解説がやさしいのは、歴史上の人物というより、演じている俳優名で解説してくれていることだ。
この時代、タイラノなんとか、ミナモトノなんとか、みたいな名前が多くてとてもややこしい。
それを演じている俳優名できちんと説明してくれているので、この時代はよくわからないという人は是非見てもらいたい動画である。

<鎌倉殿の13人>第4話 ストーリー解説:八重の◯◯が戦の合図…!?<矢のゆくえ>

音楽40年

2022年01月29日 | 音楽
光陰矢の如し、2022年1月で僕が初めてロックのレコードを買って丸40年になった。
買ったのはビートルズのファーストアルバム「ブリーズ・ブリーズ・ミー」だった。
洋楽ロックを聴き始めたのは前年の1981年からで、ビートルズを聴き始めたのもその頃だ。
なので僕のロック元年はそっちかもしれないけど、それをいえば1978年頃にはゴダイゴにハマっていたし、ツイストや甲斐バンドも好きだったし、1980年にはYMOに衝撃を受けていた。
なので、この辺はとても曖昧ということで、僕のロック元年は1982年ということにしておく。

40年というのはけっこう長い期間である。
赤ん坊が生まれて、思春期や青年時代を超えて、中年になるほどの期間だ。
ただし、だからといってこの40年間のロック生き字引になったわけではない。
あっちへフラフラこっちへフラフラして、一本筋の通った聴き方をしてこなかったからだ。
僕と同世代で今もロックを聴き続けてる人のなかには、常に最新の音楽をリアルタイムで追いかけてきた、という人もいるだろう。
そういう人は、40年間の歴史の体験者ということで、説得力のある発言が出来ると思う。

京都のFMで、毎週土曜日の昼から邦楽のカウントダウン番組が流れている。
DJは谷口キヨコという人で、とても特徴的なおしゃべりをする人だ。
昔よく京都まで写真撮影に行ってたころ、僕はFMで谷口キヨコのカウントダウンを聴くのが楽しみだった。
今もそっち方面へ行くと、それが土曜日の午後だったらそれを聴いている。
ウィキによると、1993年からやってるそうだ。
ということは、邦楽に関して言えば谷口キヨコは30年近くリアルタイムでヒット曲を聴き続けてるわけである。
もちろん谷口キヨコだけでなく、その番組を毎週聞き続けてる人も、邦楽ヒット曲の歴史体験者ということだ。
みのミュージックやそのリスナーによる。非常にマニアックでオタク的な邦楽史ではなく、より一般的な目線による邦楽史がそこにあるんだと思う。

40年の月日で僕はいったい何曲くらい聴いたのだろうか。
アルバムでいうと、おそらく1000枚以上は聴いてると思う。
1枚10曲としたら1万曲。
洋邦の割合は、たぶん6対4くらいで、やや洋楽が強いといったところか。
そのときの気分で聴きたいと思う曲をただ適当に聴いてきた。
テーマを持たせると、ときには聴きたいわけではないものも聴かねばならない。
しかし僕の場合、ある程度その曲を聴きたいという心の要求がないと、無理して聞いても弾いてしまうことがある。
というわけで、今後も聴きたい曲を適当に聴いていくと思うのだった。

イントロなんてイラナイ問題

2022年01月23日 | 音楽
今の若い子が音楽を聴くとき、ギターソロいらないと思う人は多い。
それは知ってるけど、イントロいらないという人も多いという。
たしかに、最近の邦楽ヒット曲はイントロがない、あっても短い曲が多い。
今日はこれについて考えてみよう。

イントロを無くしてヒット曲を連発した最初のアーティストはビートルズである。
ラジオで「シー・ラブズ・ユー」が紹介されると、いきなり元気のいいボーカルがキャッチーなメロディを歌い出す。
出だしのインパクトを保ったまま、あっという間にエンディングとなり、心を掴まれたリスナーはレコード店へ走るのである。
ビートルズのシングル曲は、イントロが無いかあっても短い、間奏も無いかあっても短いものが多い。
ベストアルバム「ビートルズ1」だと、10曲もイントロ無し、あるいは無いに等しい曲が入っている。
おそらくこれは戦略的にこうしていると思われるが、そう考えると60年代の頃からイントロを長々聴くよりさっさと歌が聴きたいと思う人が多かったことになる。

60年代後半から70年代中頃くらいの間は、アート志向が強くなり、イントロや間奏が長くなる。
しかし、シングル曲はそんなことはなく、3分超えても歌が始まらないなんてことはなかった。

クラシックやジャズ、あるいはマニアックなメタルやプログレやフュージョンを好んで聴く人以外は、基本的に歌を聴く。
とくに日本人は歌詞を重視しがちなので、歌があっても外国語の曲はあまり受けない。
そういう人たちにとってイントロというのは本編ではないのかもしれない。
例えば映画だと、イントロに相当するのは、本編が始まった最初の日常的な部分だったり、SFや戦争物だとその時の状況説明だったりする部分だろう。
しかし、イントロ不要派の人からすると、もはやそれは映画本編が始まる前の予告編みたいなものでしかないのかもしれない。

源義経が好きだったから源氏物語も読んだ、とかいう人

2022年01月22日 | 日常
最近ネットで見かけた文章で、「源義経が好きだったから源氏物語も読んだ」と言ってる人がいて、その人は多くの人からバカにされていた。
これってなんか面白いよね。
知ったかぶりで適当なこと言ってるとバカがばれる、という典型的な例だと思う。
でもね、「源義経が好きだったからから源氏物語も読んだ」ということの何がおかしいのか、わからない人ってけっこういるんじゃないのかな、という気もする。

少し前に、日本人の半分は5行以上の文章を読まない、読めない、理解出来ないというのを書いた。
いや実は、半分どころか8割くらいの人だという説もある。
もしかすると僕らが想像する以上に日本人の教養は落ちてるのかもしれない。
なので、源義経と源氏物語はまるで関係がないってことを知らない人って案外多いのかもしれない。

ここを読まれてる方は当然わかってると思われますが、「源氏物語」は1008年に出された恋愛小説で作者は紫式部、物語の主人公は光源氏という架空の人物。
「源義経」は1180年から勃発した治承・寿永の乱(源平合戦)で活躍した武将で1189年に亡くなった実在の人物。
両者の間には180年くらい時間差があるし、共通項があるとすれば、どちらも平安時代ということだけなのだ。
なので、源義経が好きなんだったら読むべきは「平家物語」であるし、源氏物語を読んだことを自慢したいんだったら、紫式部が好きだからという前提にしなければならない。

で、僕も出来るだけバカっぽい文章を考えてみた。

・BBキング、もちろん大好きだよ、「ろくでなしブルース」も全巻読んでるしな
・ジャズ好きなんですね、僕もジャズは大好きですよ、特に4曲目の「バイスクルレース」が大好きなんだ
・インフルエンザにかかっちゃったよ、でもこれでオレもインフルエンサーの仲間入りだわ
・どうしてみんなに迷惑ばかりかけるかだって?愛読書は「嫌われる勇気」だからね、当たり前じゃないか

ダメだな。
やっぱり「源義経が好きだったから源氏物語も読んだ」には叶わない。

凍る池 晴天見上げ よき日かな

2022年01月15日 | 日常
今年の冬は例年より雪が多く気温も低い。
思えば昭和の頃はもっと寒かった気もするけど、ここ10年くらいは比較的暖かかったと思うので、今年はとても寒く感じる。
先週、近くの池が凍っているのを見た。
気温はマイナス2度だったので、この辺りでは最も低い部類に入る。
例えば池の上をスケートリンクのように人が乗っても割れない厚さってどれくらいなのだろうか。
これを調べようと検索したら、埼玉県のほうで凍った池の上に入って、割れて溺れたという記事に当たった。
溺れたのは高校生だったらしいけど、亡くなったとのこと。
このニュースを知って、ずっと前に洞穴の中で焚き火をして死にかけたことを思い出した。
冒険心があるのはいいけど、くれぐれも危険すぎることはやめよう。
もちろん、ドラム缶でイカダを作って海へ出ようとしたり、濁流の川の上に丸太を渡してその上を走るとかも絶対やめよう(昭和の少年はみんなアホだったのです)。

冬の氷といえば、僕の子供の頃は伊賀上野城の堀が凍って、その上を歩いて石垣まで行けたという。
自分もそれをした気がするし、そうだったという話を数人から聞いたので事実だろう。
もっと驚いたのは、東北かな?ちょっと場所は覚えてないけど、湖が凍ってその上にクルマを停止させてある写真を見たことがある。
NAVIという自動車雑誌での記事で、その写真を撮った人の話では、戦前か戦中の頃は陸軍の戦車が近道をするため、凍った湖の上を走ったらしい。
当時の主力だった97式戦車だと重量15トンにもなるけど、そんな超重量級が乗っても割れない、それも池ではなく広大な湖の氷って、にわかには信じがたい話である。

そう思って調べてみたら、東北ではなく長野県の諏訪湖で、冬になって湖が凍ると戦車が通過したり、戦闘機が滑走路代わりに使ったりという。
それだけ分厚い氷が張るんだったら、人間がスケートするくらいぜんぜん問題ないだろう。
しかし、温暖化の影響で今でも全面氷結にはなるものの、だいぶ薄くなったようである。

実はこの諏訪湖の全面凍結の記録というのはすごく古くからあって、なんと1443年から毎年きちんとエビデンスがあるらしい。
578年もの長きに渡り全面凍結の資料が残ってるなんてのは世界的にも非常に珍しく、地球の気候変動のデータとして海外から多くの学者が訪れているという。
なぜわざわざそんな記録を残したのか。
それは、諏訪湖が全面凍結すると、御神渡り(おみわたり)という湖面の氷が盛り上がる自然現象が起こるからである。
昔の人はこれを神事として捉えていたので、神社で毎年記録がとられたのだ。
この御神渡り、昔は毎年出現するのが当たり前だったのに、最近では見られる年の方が珍しいという。
それだけ冬が暖かくなったということなのだろう。