ごちゃまぜなぶろぐ(goo Ver.2.0)

灯台・ツーリング・写真など、取り留めのない内容ばっかりです。

'01北海道ツーリング(6月29日~7月2日)

2010-06-22 22:22:15 | ’01北海道ツーリング

【6月29日】 サロベツ原野→支笏湖

この日は支笏湖まで移動する事になる、1週間前に居たのにまた同じ場所に戻る事となる。あしたの城で朝飯を食べ、出発前にオーナーに段取りが付いたら連絡すると伝え、支笏湖に向けて出発した。昨日の関西弁を話す妙なヤツは居なかった、多分。

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あしたの城から道々444号→道々106号(オロロンライン)と走る、海岸沿いのエゾカンゾウがきれいに咲いていたので撮影を行った。

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この頃に音類(オトンルイ)の風車の建設途中だった、たしか3基ほど完成していたっけ、最終的には28基の風車が建つらしい。その後も道々106号を走り、国道232号へと走る。この日は移動日だったのでどこにも寄る事無く走り続ける、国道232号を更に南下し、留萌市に入ってから国道233号へと走る。北竜町に入り国道275号へ、たしか途中の道の駅・サンフラワー北竜で昼飯を食べた。

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昼飯後も国道275号を南下、途中で走行距離が12,345.6Kmになったので記念撮影を行う。雨竜町→新十津川町→浦臼町→月形町→当別町と国道275号を走り、国道337号→道々46号→国道36号と走り千歳市へ。更に道々16号(支笏湖公園線)→国道276号と走り支笏湖に到着した時には夕方だった。

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夕日が差す支笏湖の写真を撮った後、ようやくとほ宿「ラップランド」に到着した。この日は外国人男女のカップルと3人だけ、日本語の上手な人だった。ラップランドのオーナーに、この後にあしたの城でヘルパーをするという話をした。ヘルパーについて色んな事を話してくれた、この出来事を機会に、道内のとほ宿であしたの城とラップランドが大好きな宿になる。こんな事なら、1週間前もライダーハウスの「樽前荘」でなく、ラップランドに泊まれば良かったと。晩飯も、その後の談話も楽しく過ごす事が出来た。

この日の走行距離 サロベツ原野→支笏湖 342.2Km

これまでの走行距離 自宅→支笏湖 3,769.8Km

【6月30日】 支笏湖→小樽

この日は朝からきれいな青空が広がっていた、朝飯前の散歩できれいな支笏湖の写真も撮れた。

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宿に戻り朝飯を食べ、出発前に宿泊客と記念撮影をした。その後に自分だけで撮影をしてもらった、この頃からもあまり自分自身が写真に入ることは無かった。

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記念撮影が終わった後、オーナーにあしたの城でヘルパーが終わったら必ず寄りますと伝えた後に出発した。国道276号を西へ、途中の道の駅・フォーレスト276大滝へ寄った。たしか耳かきを買ったのを覚えている、その耳かきはもう手元には無い。その後も国道276号→国道453号→道々86号と走り三階滝へと向かった。

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今の滝巡りの基礎はこの頃から出来ていたのだろう、滝の写真を数枚撮った後に道々86号→国道453号と走る。壮瞥町に入った辺りで、無料露天風呂の「オサル湯」を探すも全く見つからなかった。場所を聞こうにも周りには誰も居なく、諦めて再び国道453号→道々132号と走り洞爺湖を目指す。

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洞爺湖の真ん中にある中島が見える場所で撮影を行った、その後に道々132号から少し道を外れてキムンドの滝を目指した。

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このキムンドの滝で、やはりこの北海道ツーリングで滝が好きになったと確信。三脚構えてじっくりと絞る現在の滝巡りまで随分と長い期間が開くが、これが自身の滝巡りの始まりだった。

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キムンドの滝から道々132号→国道230号→道々68号→道々97号→道々478号と走り羊蹄ふきだし湧水公園へと行った。ここで昼飯を食べる事に、名物のそばを食べていた時、隣で食事をしていたおじさんがドナルドソン(ニジマス)の刺身や焼魚をくれた。なんで?と思ったが、そこは有難く頂いた。

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羊蹄山は色んな方向から見る事ができた、昼飯後も道々478号を走るが、ここからの眺めが素晴らしかった。

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道々478号→国道5号と走り余市町を目指す。ツーリングマップルに載っていた余市のかきざき商店へと行く予定だったが、あまりの車と人の多さで断念する事にした。撮影だけしてその場を後に、国道5号を走り小樽市を目指した。

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ここ小樽市は17日ぶりとなる、北海道ツーリング最初の街。まずはこの日に泊まるとほ宿「ぽんぽん船」に行き、宿泊の手続きを済ませた。その後は徒歩にて小樽運河を目指した、運河を少し散歩した後に北一硝子に行ったり、小樽の町を歩いたりした。その後にラーメン屋で晩飯を食べ、翌日のフェリー内で食べるパンなどを購入してぽんぽん船に戻った。

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夜にぽんぽん船のオーナーのミニコンサートが行われた、間近で聞く歌とフォークギターに大感動した。1時間ほどコンサートがあった、曲は全てぽんぽん船のオーナーの作詞作曲。旅人の心をつかむ素晴らしい歌でした、コンサートの後に先ほどの歌がはいっているCDを購入した。今でもたまに聞く事がある、CDを聞くと当時の記憶が浮かび上がってくる。

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北海道ツーリング初日から毎晩、就寝前に日記(おこづかい帳+走行距離)を付けていた。これがあるから、10年経った今でも当時の記憶が曖昧でも、これを見れば思い出すこともあるし、忘れていた事でも解る事がある。このぶろぐの更新作業にはなくてはならないもの、写真ももちろん大切な思い出なのだが、この小さなメモも大切な思い出となっているのだ。

この日の走行距離 支笏湖→小樽 207.1Km

これまでの走行距離 自宅→小樽 3,976.9Km

【7月1日】 小樽→小樽港(新日本海フェリー)

宿で朝飯を食べた後に出発、新日本海の小樽港のフェリーターミナルへと向かう。

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手続きなどを済ませ10時に小樽港を出航、今後のヘルパー生活の事を色々考えながらも、これまでのツーリングの事を思い出しながら船内で過ごした。昼飯は昨日に購入したパンなどを食べ、その後もゴロゴロしながら過ごした。混むのを予想して、早めの時間に晩飯を食べた、晩飯を食べた後は甲板で夕日を眺めたりしながら過ごす。早めの就寝い突く事にし、風呂に入った後にすぐ就寝に就いた。

この日の走行距離 小樽→小樽港(新日本海フェリー) 3.6Km

これまでの走行距離 自宅→小樽港(新日本海フェリー) 3,980.5Km

【7月2日】 舞鶴港(新日本海フェリー)→自宅

昨夜は早く寝たので、この日の朝の目覚めは良かった。朝飯は昨日の残りのパンで済ませ、食後は特に何をする訳でもなく船内でゴロゴロしながら過ごした。昼になり食堂がオープンすると船内最後の昼飯を食べ、舞鶴港に着くまで更にゴロゴロしながら過ごした。

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そして16時、遂に舞鶴港にフェリーは到着した。下船後は自宅を目指す、まだこの時は疲れを感じるようなことは無かったな、若さのせいだったのだろうか。

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22日ぶりに自宅に到着した、すでに辺りは暗かった。今まで括り付けていたバッグなどを全て下ろし、久々に身軽になった愛車を撮影した。この後もまた北海道に行くのだが、次は車(ビッグホーン)でのヘルパー生活になる。長い間有難うと、無事故無違反で帰ってこれたと感謝して旅の最後に旅の相棒の撮影を行った。

この日の走行距離 舞鶴港(新日本海フェリー)→自宅 114.8Km

これまでの走行距離 自宅→自宅 4,095.3Km

                                                                    ~ 完 結 ~


南紀 滝・灯台巡りツーリングに行って来ました(6月13日)

2010-06-15 23:09:55 | 灯台巡り

6時過ぎに目が覚めた、昨夜にセットした携帯アラームはまだ鳴る前だった。窓のカーテンを開けなくても、雨音で雨が降っているのは解った。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(40mm)

外に出るとまだ小雨だった、朝飯前にバイクに荷物などを積み込みを行った。海金剛の展望台まで行こうとも思ったが、朝飯を食べてから行く事にした。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

部屋でテレビを観ていたら、7時過ぎに朝飯の用意が出来たと声をかけてくれた。朝飯も大変美味しゅう御座いました、食後に宿泊代を支払いすぐに宿抜けをした。出発前にカッパを着込む、雨の中を走るのは久しぶりだ。取りあえずは海金剛の展望台へ向かう、雨は朝より少し降りが強くなっていた。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

残念ながらの雨と曇り空だったが、やはりここからの海金剛と樫野埼灯台の景観は見応えがあった。せっかくなので灯台まで行く事にした。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(60mm)

檻に入れられた愛車アフリカツイン(笑)、この後に灯台手前の駐車場まで行き、カメラを持って灯台まで向かう。樫野埼灯台は約10ヶ月ぶり、雨は相変わらず降り続いていた。灯台に到着すると、前回来た時と違っていることに気がついた。

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2010/6/13 EOS  5D/EF24-105mm(32mm)

なんか立ってる、前回着た時にはなかったよな。近づいてみると、先日の6月3日にトルコ友好120周年事業のイベントがあり立てられた、トルコの英雄のムスタファ・ケマル・アタテュルクの騎馬像だった。う~~ん、なんとも云い難し。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

雨の降りは先ほどよりも強くなる、灯台周辺の撮影を行いその場を後にする。帰りにトルコの民芸品をお土産に購入、店主(店員?)のトルコ人のおじさんと話をしていると、近々に樫野埼灯台の旧官舎を立替(リフォーム?)する計画もあると聞いた。他の土産物屋の人に聞いても、噂には聞いているとか、詳しい事情は解らないとかで話は半信半疑。念の為に再度灯台まで行き、旧官舎の撮影を行う事にした。

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2010/6/13 EOS  5D/EF24-105mm(24mm)

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(74mm)

旧官舎の撮影も一通り行い、次は潮岬灯台へ行く事にした。県道40号→くしもと大橋→県道41号と走り潮岬灯台へ、せっかく来たついでなので「本州最南端」の石碑まで行ってみた。

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2010/6/13 Nikon COOLPIX P5100(87mm)

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2010/6/13 EOS  5D/EF24-105mm(80mm)

やはり石碑や看板より、岬には灯台っすね。その後は潮岬灯台の遠景撮影だけを行い、この後の予定は無計画のまま岐路に着く事にした。潮岬から県道41号→国道42号を走る、雨の降りは強くなり視界も少し悪くなった。その頃からか、カッパを着ている筈なのに両腕の肘辺りが濡れているような感覚を覚えた。気のせいかとも思い、そのまま国道42号を走り阪和道の南紀田辺ICを目指す。

高速のIC近くの電光掲示板には、御坊南ICから渋滞7Kmと表示。またすり抜けするかと、そのまま南紀田辺ICから高速へ、やはり渋滞情報は正しかった。申し訳ないが、今回もすり抜けしながら進む。広川南ICでようやく渋滞は解消、暫く走っていると今度は事故渋滞5Kmと。またここでもすり抜け、事故付近まで差し掛かるとニッサンのZが大破していた。ドライバーは逝っちゃったかな~とか思っていると、大破した車の横で呆然としていた。テメェのせいで大渋滞だろが!頭の一つでも下げやがれ!!とか心で思いながらそのまま高速を走り、紀ノ川SAで昼飯を食べる事にした。

二輪用駐車場にバイクを止め、カッパとジャケットを脱ぐ。もうこの時には雨水がジャケット内に浸水していることは解っていた、思ったとおり両腕と背中は雨で濡れてベタベタだった。念のために持っていっていたパーカー付きの長袖を着てからSAにて昼飯、食後は給油した後に再び高速を走った。

阪和道から近畿道へ、吹田JCTを通過した時にやっと帰ってこれたと実感。ここからだと1時間以内には自宅に帰ることが出来る、中国道から山陽道を走り、三木小野ICで高速を下りた。そして自宅には15時過ぎに到着した。

この日の走行距離 隠岐→自宅 318.4Km

これまでの走行距離 783.9Km


南紀 滝・灯台巡りツーリングに行って来ました(6月12日)

2010-06-14 23:50:53 | 灯台巡り

2009年には白馬へと行った誕生日直前の泊まりツーリング、2010年の今年は南紀へと行く事にした。滝巡りをメインとして、数箇所の灯台(再訪)も行う予定。そして今回のツーリングの一番のメインは、海金剛展望台からの樫野埼灯台の夜景撮影を行うこと。

朝5時に起床、歯磨き→洗顔と済ませ朝飯を食べようとしたがご飯が炊けていなかった(泣)仕方なく朝飯は諦めて出発の用意を行う、バイクを出したり荷物を積んだりした後の6時に自宅を出発した。

まずは高速へと向かう、山陽道の三木小野ICから中国道→近畿道→阪和道とバイクをぶっ飛ばす(笑)阪和道はトンネルが多くバイクには辛い、更に広川ICから5Kmほど渋滞していた。ここではすりぬけを行い難なく渋滞をクリアー、本当はやっちゃいけないんですが。そして南紀田辺ICで高速を下り、国道42号を走る。途中のコンビニでようやく朝飯に有り付く、その後も国道42号を走り、日置に入った辺りから県道37号へと走る。まずは八草の滝(滝100選)を目指した。

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

県道37号を走っていると、あっさりと八草の滝の看板を発見。バイクを止めカメラを持って滝に出かけようとするが、この看板の手前の道は少し進むと寸断されていた。崖崩れなのか、滝へと続く道は整備されているだろうと思い、詳しく調べていなかった。滝巡り1発目から挫折、誰かに尋ねようにも周りに民家もなければ人も居ない。仕方なしに次の雫の滝へと向かう事に、県道37号から県道36号→県道225号→県道38号へと進む。今回も県道沿いに看板を発見、今回はしっかりと滝の音も聞こえた。

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

今回は看板から滝へと続く道がしっかりと延びている、5分ほど進むと雫の滝へと到着した。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(40mm) f22・1/6s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(40mm) f4・1/200s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用) 

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(28mm) f22・1/5s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

長居したかったが、20分ほど撮影を行い次の那智の滝(滝100選)を目指す事に。県道38号→国道371号→県道39号→国道42号と走る。那智の滝へと向かう途中に袋港導灯(前・後)を再撮する事にした。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(32mm)

ついでに前・後灯とアフリカツインも記念撮影しておいた。この後に潮岬灯台経由で那智の滝に行くか迷ったのだが、意外と時間が押していたので今回は潮岬灯台は諦める事に。国道42号を走り、これも立寄りたかった橋杭岩も横目で見ながらスルーした。そして更に、再撮しようとした古座川口灯台→浦神港導灯(前・後)も泣く泣くスルーし、国道沿いの「まいどおおきに食堂・新宮佐野食堂」にて遅めの昼飯を食べた。食後も国道42号を走るが、気がつくと遥かに那智の滝を通り過ぎていた事に気が付いた。引き返すのも面倒臭かったので桑ノ木の滝(滝100選)に行く事に決め、国道42号→国道168号→県道230号と走るが桑ノ木の滝がまた見つからない。偶然歩いていた地元の方に訪ね、滝までの道のりを教えてもらった。教えてもらった通りに進む、相賀地区に1件の商店があり、その横に高田川に掛かる橋があり、それを進むとお墓の横に桑ノ木の滝の看板を発見した。

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

駐車スペースがあるのでそこにバイクを止め、カメラや三脚を持って滝へと向かう。

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

20分ほど歩いて滝へ到着、桑ノ木の滝を見た瞬間に感動、滝つぼ周辺には先客が3人居た。1人はちょうど入れ替わりで去っていったが、残りの2人(老夫婦)はまだ撮影を行っていた。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(24mm) f22・5s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

まずは少し離れた場所から撮影を行った、滝も去ることながら岩の苔がとても良い感じだった。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(96mm) f22・2s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

老夫婦のお父さんの方は滝つぼの手前で撮影を行っていた、暫くするとカメラチェンジで戻ってきた。少し話をすると、虹が掛かっていると教えてくれた。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(35mm) f22・5s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

先ほどの位置から移動して別角度で滝を撮影した、そうしていると老夫婦は撮影を終えて帰っていった。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(55mm) f22・2s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

滝つぼの虹を撮るために更に移動、本当はもっときれいに虹が出ていたが、今の自分自身にはこれが精一杯だった。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(84mm) f22・2s(PLフィルター・三脚・レリーズ使用)

40分ほど撮影を行い滝を後にする、来た道を戻りバイクを止めてある場所まで戻った時には疲労度はピークに達していた。この時すでに16時30分を過ぎていた、宿泊予定の民宿のある紀伊大島まで結構な距離を残していた。18時までには到着して欲しいと言われていたのだ。

桑ノ木の滝から県道230号→国道168号→国道42号と走る、先ほどスルーした浦神港導灯(前・後)→古座川口灯台に寄りたかったが、ここで止まると完全に18時には間に合わない。ひたすら紀伊大島を目指し国道42号を南下し県道41号へと走り、くしもと大橋を渡って紀伊大島へ。またここでも苗我島灯台→鵜島灯台→串本トウジロ鼻灯台も泣く泣くスルーして、宿泊先の「民宿わだ家」には17時55分に到着した。ここは以前に、海金剛展望台から樫野埼灯台を撮影しに来たときに目星をつけていた。ドアのチャイムを鳴らすとオーナーの奥さんが出てきた、受付は特にないとの事だった。

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2010/6/12 Nikon COOLPIX P5100(35mm)

部屋に案内してもらった後に風呂に入った、この日は自身1人だけしか泊り客は居ないとの事だった。風呂の後は晩飯、大変美味しゅう御座いました。食後は部屋に戻ってテレビを観た、天気予報を観ると明日はやっぱり雨だって。20時前にカメラや三脚を持って夜景撮影に出かけた、民宿から歩いて5分ほどで海金剛の展望台に到着。以前に訪れたときから、ここで夜景撮影を行おうと思っていたので、ようやく念願が叶った事になる。

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(58mm) f8・120s(バルブ)・ISO100

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(58mm) f8・800s(バルブ)・ISO100

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2010/6/12 EOS  5D/EF24-105mm(50mm) f4・101s(バルブ)・ISO400

思っていた通りの撮影が出来た、漁に出ている漁船も数多く漁火も良い感じになった。同時に樫野埼灯台と梶取埼灯台を望遠撮影も行ったが、三脚が小さすぎて望遠の写真はブレまくりで全滅だった。近い内に今度は、車で再撮に来ようと思った。今度はでっかい三脚で、中判(645)とデジ1眼の2台体制で挑む予定だ。

22時過ぎまで撮影を行い、その後は民宿に戻り、テレビを観たりしながら過ごす。23時過ぎ、朝も早かったのと疲れで一気に睡魔が襲う、どうせ明日は雨だと予定も立てずに就寝に就いた。

この日の走行距離 自宅→紀伊大島 465.5Km


'01北海道ツーリング(6月27日~6月28日)

2010-06-10 23:13:06 | ’01北海道ツーリング

【6月27日】 礼文島「愛とロマンの8時間コース」

桃岩荘ユースホステルのヘルパーによって早朝に起こされる、朝飯を食べて、食後に香深港まで送迎してくれた。ここから最北限のスコトン岬までバスで移動することになるのだが、この日は朝から曇っていた。

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朝早い時間でスコトン岬は誰もいない、ここから「愛とロマンの8時間コース」のスタートとなる。「あほ組」と「もも組」それぞれが桃岩荘ユースホステルに向けて出発した。

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スコトン岬からまずはゴロタ岬へ向けて海岸線を歩く、この頃はまだみんな元気だった。

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ゴロタ岬まで来ると、風は強くなり霧も辺り一面に立ち込めてきた。

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ゴロタ岬からも海岸沿いの道を歩く、ようやく霧も晴れてきた。こんな感じで澄海岬を目指す。

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澄海岬には観光客が多かった、ここで小休止も行った。

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澄海岬からも海岸線を歩く、高低差がある道だった。景観も良かったが、もう体力はなくなりつつあった。

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景色の良い場所で昼飯、桃岩荘ユースホステルの8時間用の弁当、その名は「圧縮弁当」と云うそうな。パックに押し込んでる訳ね、味の記憶は残っていない。

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海岸線から山手の方へと進む、愛とロマンの8時間コースのメインとなる急な崖を下る場所がある。そこを下りるのに男女が手に手をとって下りる、そこに「愛」が生まれるとか言ってたな。当時は既に雨が降っていて、それどころではない状態、全員が一応に早く帰りたいと。

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途中からコースは礼文林道へと入る、足はすでに棒の様。ゴールの桃岩荘ユースホステルを目指して皆必死、雨で濡れて体力も奪われていた。

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スタートしてから9時間以上経ってようやくゴール、ユースの前で出迎えの儀式をヘルパー達がやっていた。疲れていてそれどころではなかった、この後に風呂に入ったり晩飯を食べたりした筈なのだが、そのときの記憶も曖昧だ。

ただ一昨日のあしたの城で一緒だった「め〇ま氏」とは色んな話をしたり、2回目となるミーティングも一緒に楽しんだ。だが疲れていたので、早めに就寝に就くことにした。

【6月28日】 稚内→サロベツ原野

朝起きたけど、やはり昨日の疲れが残っていた。朝飯を食べた後に宿抜け、フェリー乗り場のある香深港まで送迎もしてくれるのだが、め〇ま氏と宿から歩いて向かう事にした。フェリー乗り場まで距離はあったが、色んな話をしながら歩いていたので、それほど苦にはならなかった。

同時に今後の予定をどうするか迷っていた、正直この後にどこへ行くか全く決めていなかった。道内をもう1周しようかなとか、北海道を出て沖縄にでも行ってみようかとか。明日の予定が決まらないまま香深港に到着、め〇ま氏とフェリーのに乗り込んだ。船内でも色々と迷うが、とりあえず今夜はもう一度サロベツのあしたの城に泊まる事に決めた。

フェリーが稚内港に到着、下船後にバイクを止めた駐車場に向かう。近くのラーメン屋で昼飯を食べ、その後はサロベツを目指し国道40号を走る、途中まで一緒だっため〇ま氏は浜頓別へと行くとの事でお別れをし、そのまま国道40号を南下した。時間もまだ早かったので豊富温泉に行く事にした。国道40号から道々84号へ走り豊富温泉へ、初めて入った時は石油温泉にびっくりした。

温泉を出た後にあしたの城に行く事に、道々84号→道々444号と走り3日ぶりに出戻りした。宿に着いた時間が早かったが、すでに1人客が居た。関西弁を話す妙なヤツ、ガタイが良くオーナーと話をしている様子を見ると顔見知りのようだった。談話室でテレビを観ているとオーナーがやってきて、ここでヘルパーをしないかと話を持ちかけてきてくれた。今後の計画を見失っていた時に降って沸いたような話、迷う事無くお願いしますと即答した。この時奥で、関西弁の妙なヤツとオーナーの奥さんと色々話していたようだが、最終的にヘルパーをさせてもらうことになった。オーナーは忙しくなる7月中旬くらいから頼むとの事だったので、一旦自宅に戻り準備をし、今度は車で来る事に決めた。

そしてこの時、当時はまだ小学2年生だったオーナー夫妻の長女が一言、「ここでヘルパーするの?」と。この時まで小さい子供は少し苦手だったが、このヘルパー生活で長女と当時保育園の年長だった長男とのふれあいで苦手だった子供とのふれあいも克服できた。

そしてもう1人関西弁の妙なヤツ、名寄市在住の営業マンだった。この近くに営業に来て、あしたの城で泊まっている。ヘルパー生活の中でもよく泊まりに来ていた、同じ関西という事もあり距離は近くなったが、この時はまだ嫌っていた。

その後すぐに帰りのフェリーを手配した、7月1日の予約が取れたので小樽に徐々に近づくように計画を立てた。明日はとりあえず千歳まで移動しようと、1週間前に泊まったライダーハウスの横にあったとほ宿「ラップランド」がかなり気になっていたので、ラップランドにも宿泊予約を入れた。

この日は劇的な出来事が多く、正直なところ記憶も曖昧になっているが、ヘルパーの話を持ちかけてくれたオーナーの話のところの件は、今でも鮮明に覚えている。

この日の走行距離 稚内→サロベツ原野 78.7Km

これまでの走行距離 自宅→サロベツ原野 3,427.6Km


'01北海道ツーリング(6月24日~6月26日)

2010-06-09 23:06:26 | ’01北海道ツーリング

【6月24日】 中富良野→美瑛

朝目が覚める、これまでの疲れも感じなくなっていた。久しぶりに良い朝、宿で朝飯を食べた後に出発した。

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この日は美瑛町に宿を予約してある、せっかく北海道に来たのだから、富良野・美瑛に行ってみようと思ったのだ。

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まずは十勝岳へ、国道237号から道々291号へ走り十勝岳温泉へと向かう。温泉に入ったかどうか記憶は残っていないが、この場所でバイクのエンジンが掛かりにくかったのを覚えている。高所で酸素も薄く、空冷のバイクにはご法度な場所だった。

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その後は「北の国から」で有名になった吹上露天の湯へ向かう、この時もかなり人が多かった。確か2個浴槽(風呂)があった、かなり湯温が高かった記憶がある。

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どうせだから十勝岳の展望台にも行ってみた、山頂はガスっていたが残雪の残る十勝岳は雄大だった。

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十勝岳から道々966号→国道237号と走り旭川市を目指す。途中のカメラのキタムラでAPSのフィルムを購入し、ツーリングマップルに載っているラーメン屋に向かうが、散々迷った挙句に到着出来ずだったので、近くのラーメン屋に入った。かなり美味いラーメンだった、もう一度このラーメンを食べようと思い、翌年以降何回かこの店を探したが、当時の記憶も曖昧でこのラーメン屋には未だに行けず仕舞いだ。

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食後にJRの旭川駅へ行き、国道12号を走りその後に神威古潭へ向かう。蒸気機関車が展示してある、今は廃線だが駅があった場所だった。

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神威古潭を後にし、国道12号から旭川市内を通り国道237号を南下し美瑛町へ。空は曇ったままだった、まずは北西の丘へと向かった。富良野や美瑛はやはり人が多かった、大型バスなんかも多かった。

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今度は近くのケンとメリーの木へと向かう、人の多さは相変わらずだった。

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どうせだからとセブンスターの木へも行ってみたが、ここも観光客だらけ。遠目に撮影だけを行い、後は周辺をぶらぶらと走り、この日に予約してある「美馬牛リバティーユースホステル」へと向かった。

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道内でユースホステルに泊まったのはここで2箇所目、手続きを済ませ部屋へと案内された。これまで泊まってきた宿(とほ宿)とは全くの別世界、バイクで一人旅は自身だけだった。他はでっかいスーツケースを持って旅行に来ている女の子や、着飾った服を着て旅行している野郎共ばっかり。えらい場違いな所へ来てしまったと後悔、話などもしたが会話は常に平行線と。

晩飯の後は部屋にこもり、明日の計画だけを立ててこの日は早々と寝る事にした。

この日の走行距離 中富良野→美瑛 187.1Km

これまでの走行距離 自宅→美瑛 3,016.8Km

【6月25日】 美瑛→サロベツ原野

この日は朝飯を食べた後すぐに出発した、この日は道内で初めて泊まったとほ宿「あしたの城」まで移動する事にした。翌日に礼文島に渡る予定にしていたので、少しでも稚内に近づこうと思っていたのだ。

美瑛からは国道237号から国道40号を北上、士別市に入った辺りから道々976号へと走り朱鞠内湖を目指す事にした。道々976号→道々729号と走っていたが、途中で道路が封鎖されていたので、来た道を戻り再び国道40号へと戻った。名寄市内を抜け更に国道40号を北上する。美深町に入り、道の駅・びふかでようやく昼飯と休憩をする事にした。

道の駅で昼飯を食べバイクまで戻ると男女カップルのライダーが居た。話をすると、彼らも明日に礼文島に渡るとの事だった。その後も少し話をし、再開を願って道の駅を後にした。美深町→音威子府町→中川町と国道40号を走り続け、天塩町から道々444号へと走った。サロベツは2週間ぶり、まさかこの場所にもう一度来るとは思わなかった。レストハウスサロベツで小休止、いももちを食べた。

その後に「あしたの城」に到着、この日はライダーが多く話も盛り上がった。この時に泊まり合わせたライダー「め〇ま氏」とは、翌々日に礼文島で再開をする事になる。そのライダーとは今でも年賀状のやり取りは行っている。多くのライダー、JRでの旅人、車で旅をしている人など、これまで泊まってきた宿の中で、1番楽しい日だった。

※この日は移動日だったので、写真を1枚も撮ってはいなかったが、1番思い出のある日でもあった。

この日の走行距離 美瑛→サロベツ原野 278.8Km

これまでの走行距離 自宅→サロベツ原野 3,295.6Km

【6月26日】 サロベツ原野→礼文島

昨日の勢いで、この日も客同士で朝からワイワイと賑やかだった。朝飯を食べた後に宿の玄関前で記念撮影を行った、その後に自分の礼文島に行くのに稚内港まで一緒に行こうという事になった。ライダー以外にもJRで旅をしていた女の子もバイクの後ろに積んで同行。残念ながら自身のバイクではなく「め〇ま氏」のバイクへ、因みに「め〇ま氏」は同じバイクに乗っていた。

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あしたの城から道々444号→道々106号(オロロンライン)と走る。この日は霧が発生していて視界が非常に悪かった、途中にあしたの城のオーナーに教えてもらった海岸沿いにある花が咲いているスポットへ寄ってみた。この時は海岸沿いにエゾカンゾウが多く咲いていた。その後も海岸沿いの道々106号を走り、途中から道々254号へと入りノシャップ岬を経由して礼文・利尻行きのフェリー乗り場がある稚内港へと到着した。

ここで皆とお別れをし、フェリー乗り場の前にある駐車場(屋根付き)にバイクを止めた。必要な荷物だけを持ち待合室へ向かい乗船券を購入、暫くしたら昨日美深町であったカップルライダーと合流した。彼らはバイクで礼文島に行くとの事だった。そしてフェリーは出航、約2時間の船旅だった。

この日は桃岩荘ユースホステルに泊まる、この前に泊まったえりも岬ユースホステルと併せて、北海道の「3大きちがいユース」の内に2箇所に泊まる事になる。ここに来るまでの間に、色んな場所で桃岩荘ユースホステルの噂は聞いてきた。昨日のあしたの城でもライダーに聞いていた、不安よりは楽しみのほうが強かった。

フェリーが香深港(礼文)に到着すると、旗を振ったり踊ったりしている連中が居た。これが桃岩荘ユースホステルのヘルパー連中の見送りと歓迎の儀式らしく、それは賑やかなものだった。到着後すぐに送迎してくれるとの事だったが、昼飯を食べるためにもう一便遅らすことにした。香深港の近くにあった「千鳥」、ここも昨日あしたの城で聞いていた食堂。ホッケのチャンチャン焼きが美味しいと、注文して食べてみたが情報通りかなり美味しかった。

食後にフェリー乗り場に戻ると、先ほどの桃岩荘ユースホステルのヘルパー連中が居た。フェリーの到着を暫く待った後に送迎してもらえる事に、たしか「ブルーサンダー号」とか云う幌付きのトラックの荷台に乗せられたな。

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ユースに着くと更に歓迎の儀式があった、ここは昔の鰊番屋だった跡がユースホステルになっている昔ながらのユースホステル。まず受付でユースの会員証を預けた、帰る時にシーツと枕カバーと交換、ホステル内は禁酒だそうだ。携帯も同様で、晩飯を食べた後の食器は各自で洗う。極めつけは晩飯の後のミーティング、関西人の我われにはそれほどではなかったが、合う人と合わない人の差は大きいだろう。昔ながらのミーティング、全員で歌って踊る。ミーティング終了後は、桃岩荘ユースホステルの「愛とロマンの8時間コース」の説明が行われた。これに参加する予定で来た礼文島、この時は参加人数が多く2つの班に分けられた。確か「あほ組」と「もも組」だったかな、各班毎にリーダーを決めて、礼文島の最北端のスコトン岬から南にある桃岩荘ユースホステルまで歩く訳である。

明日に備えて早めに寝る事にしたのだが、昔ながらのユースはきちっと就寝時間には全ての電気が消された。

この日の走行距離 サロベツ原野→稚内 53.3Km

これまでの走行距離 自宅→稚内 3,348.9Km