ごちゃまぜなぶろぐ(goo Ver.2.0)

灯台・ツーリング・写真など、取り留めのない内容ばっかりです。

'01北海道ツーリング(6月29日~7月2日)

2010-06-22 22:22:15 | ’01北海道ツーリング

【6月29日】 サロベツ原野→支笏湖

この日は支笏湖まで移動する事になる、1週間前に居たのにまた同じ場所に戻る事となる。あしたの城で朝飯を食べ、出発前にオーナーに段取りが付いたら連絡すると伝え、支笏湖に向けて出発した。昨日の関西弁を話す妙なヤツは居なかった、多分。

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あしたの城から道々444号→道々106号(オロロンライン)と走る、海岸沿いのエゾカンゾウがきれいに咲いていたので撮影を行った。

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この頃に音類(オトンルイ)の風車の建設途中だった、たしか3基ほど完成していたっけ、最終的には28基の風車が建つらしい。その後も道々106号を走り、国道232号へと走る。この日は移動日だったのでどこにも寄る事無く走り続ける、国道232号を更に南下し、留萌市に入ってから国道233号へと走る。北竜町に入り国道275号へ、たしか途中の道の駅・サンフラワー北竜で昼飯を食べた。

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昼飯後も国道275号を南下、途中で走行距離が12,345.6Kmになったので記念撮影を行う。雨竜町→新十津川町→浦臼町→月形町→当別町と国道275号を走り、国道337号→道々46号→国道36号と走り千歳市へ。更に道々16号(支笏湖公園線)→国道276号と走り支笏湖に到着した時には夕方だった。

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夕日が差す支笏湖の写真を撮った後、ようやくとほ宿「ラップランド」に到着した。この日は外国人男女のカップルと3人だけ、日本語の上手な人だった。ラップランドのオーナーに、この後にあしたの城でヘルパーをするという話をした。ヘルパーについて色んな事を話してくれた、この出来事を機会に、道内のとほ宿であしたの城とラップランドが大好きな宿になる。こんな事なら、1週間前もライダーハウスの「樽前荘」でなく、ラップランドに泊まれば良かったと。晩飯も、その後の談話も楽しく過ごす事が出来た。

この日の走行距離 サロベツ原野→支笏湖 342.2Km

これまでの走行距離 自宅→支笏湖 3,769.8Km

【6月30日】 支笏湖→小樽

この日は朝からきれいな青空が広がっていた、朝飯前の散歩できれいな支笏湖の写真も撮れた。

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宿に戻り朝飯を食べ、出発前に宿泊客と記念撮影をした。その後に自分だけで撮影をしてもらった、この頃からもあまり自分自身が写真に入ることは無かった。

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記念撮影が終わった後、オーナーにあしたの城でヘルパーが終わったら必ず寄りますと伝えた後に出発した。国道276号を西へ、途中の道の駅・フォーレスト276大滝へ寄った。たしか耳かきを買ったのを覚えている、その耳かきはもう手元には無い。その後も国道276号→国道453号→道々86号と走り三階滝へと向かった。

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今の滝巡りの基礎はこの頃から出来ていたのだろう、滝の写真を数枚撮った後に道々86号→国道453号と走る。壮瞥町に入った辺りで、無料露天風呂の「オサル湯」を探すも全く見つからなかった。場所を聞こうにも周りには誰も居なく、諦めて再び国道453号→道々132号と走り洞爺湖を目指す。

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洞爺湖の真ん中にある中島が見える場所で撮影を行った、その後に道々132号から少し道を外れてキムンドの滝を目指した。

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このキムンドの滝で、やはりこの北海道ツーリングで滝が好きになったと確信。三脚構えてじっくりと絞る現在の滝巡りまで随分と長い期間が開くが、これが自身の滝巡りの始まりだった。

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キムンドの滝から道々132号→国道230号→道々68号→道々97号→道々478号と走り羊蹄ふきだし湧水公園へと行った。ここで昼飯を食べる事に、名物のそばを食べていた時、隣で食事をしていたおじさんがドナルドソン(ニジマス)の刺身や焼魚をくれた。なんで?と思ったが、そこは有難く頂いた。

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羊蹄山は色んな方向から見る事ができた、昼飯後も道々478号を走るが、ここからの眺めが素晴らしかった。

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道々478号→国道5号と走り余市町を目指す。ツーリングマップルに載っていた余市のかきざき商店へと行く予定だったが、あまりの車と人の多さで断念する事にした。撮影だけしてその場を後に、国道5号を走り小樽市を目指した。

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ここ小樽市は17日ぶりとなる、北海道ツーリング最初の街。まずはこの日に泊まるとほ宿「ぽんぽん船」に行き、宿泊の手続きを済ませた。その後は徒歩にて小樽運河を目指した、運河を少し散歩した後に北一硝子に行ったり、小樽の町を歩いたりした。その後にラーメン屋で晩飯を食べ、翌日のフェリー内で食べるパンなどを購入してぽんぽん船に戻った。

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夜にぽんぽん船のオーナーのミニコンサートが行われた、間近で聞く歌とフォークギターに大感動した。1時間ほどコンサートがあった、曲は全てぽんぽん船のオーナーの作詞作曲。旅人の心をつかむ素晴らしい歌でした、コンサートの後に先ほどの歌がはいっているCDを購入した。今でもたまに聞く事がある、CDを聞くと当時の記憶が浮かび上がってくる。

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北海道ツーリング初日から毎晩、就寝前に日記(おこづかい帳+走行距離)を付けていた。これがあるから、10年経った今でも当時の記憶が曖昧でも、これを見れば思い出すこともあるし、忘れていた事でも解る事がある。このぶろぐの更新作業にはなくてはならないもの、写真ももちろん大切な思い出なのだが、この小さなメモも大切な思い出となっているのだ。

この日の走行距離 支笏湖→小樽 207.1Km

これまでの走行距離 自宅→小樽 3,976.9Km

【7月1日】 小樽→小樽港(新日本海フェリー)

宿で朝飯を食べた後に出発、新日本海の小樽港のフェリーターミナルへと向かう。

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手続きなどを済ませ10時に小樽港を出航、今後のヘルパー生活の事を色々考えながらも、これまでのツーリングの事を思い出しながら船内で過ごした。昼飯は昨日に購入したパンなどを食べ、その後もゴロゴロしながら過ごした。混むのを予想して、早めの時間に晩飯を食べた、晩飯を食べた後は甲板で夕日を眺めたりしながら過ごす。早めの就寝い突く事にし、風呂に入った後にすぐ就寝に就いた。

この日の走行距離 小樽→小樽港(新日本海フェリー) 3.6Km

これまでの走行距離 自宅→小樽港(新日本海フェリー) 3,980.5Km

【7月2日】 舞鶴港(新日本海フェリー)→自宅

昨夜は早く寝たので、この日の朝の目覚めは良かった。朝飯は昨日の残りのパンで済ませ、食後は特に何をする訳でもなく船内でゴロゴロしながら過ごした。昼になり食堂がオープンすると船内最後の昼飯を食べ、舞鶴港に着くまで更にゴロゴロしながら過ごした。

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そして16時、遂に舞鶴港にフェリーは到着した。下船後は自宅を目指す、まだこの時は疲れを感じるようなことは無かったな、若さのせいだったのだろうか。

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22日ぶりに自宅に到着した、すでに辺りは暗かった。今まで括り付けていたバッグなどを全て下ろし、久々に身軽になった愛車を撮影した。この後もまた北海道に行くのだが、次は車(ビッグホーン)でのヘルパー生活になる。長い間有難うと、無事故無違反で帰ってこれたと感謝して旅の最後に旅の相棒の撮影を行った。

この日の走行距離 舞鶴港(新日本海フェリー)→自宅 114.8Km

これまでの走行距離 自宅→自宅 4,095.3Km

                                                                    ~ 完 結 ~


'01北海道ツーリング(6月27日~6月28日)

2010-06-10 23:13:06 | ’01北海道ツーリング

【6月27日】 礼文島「愛とロマンの8時間コース」

桃岩荘ユースホステルのヘルパーによって早朝に起こされる、朝飯を食べて、食後に香深港まで送迎してくれた。ここから最北限のスコトン岬までバスで移動することになるのだが、この日は朝から曇っていた。

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朝早い時間でスコトン岬は誰もいない、ここから「愛とロマンの8時間コース」のスタートとなる。「あほ組」と「もも組」それぞれが桃岩荘ユースホステルに向けて出発した。

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スコトン岬からまずはゴロタ岬へ向けて海岸線を歩く、この頃はまだみんな元気だった。

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ゴロタ岬まで来ると、風は強くなり霧も辺り一面に立ち込めてきた。

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ゴロタ岬からも海岸沿いの道を歩く、ようやく霧も晴れてきた。こんな感じで澄海岬を目指す。

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澄海岬には観光客が多かった、ここで小休止も行った。

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澄海岬からも海岸線を歩く、高低差がある道だった。景観も良かったが、もう体力はなくなりつつあった。

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景色の良い場所で昼飯、桃岩荘ユースホステルの8時間用の弁当、その名は「圧縮弁当」と云うそうな。パックに押し込んでる訳ね、味の記憶は残っていない。

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海岸線から山手の方へと進む、愛とロマンの8時間コースのメインとなる急な崖を下る場所がある。そこを下りるのに男女が手に手をとって下りる、そこに「愛」が生まれるとか言ってたな。当時は既に雨が降っていて、それどころではない状態、全員が一応に早く帰りたいと。

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途中からコースは礼文林道へと入る、足はすでに棒の様。ゴールの桃岩荘ユースホステルを目指して皆必死、雨で濡れて体力も奪われていた。

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スタートしてから9時間以上経ってようやくゴール、ユースの前で出迎えの儀式をヘルパー達がやっていた。疲れていてそれどころではなかった、この後に風呂に入ったり晩飯を食べたりした筈なのだが、そのときの記憶も曖昧だ。

ただ一昨日のあしたの城で一緒だった「め〇ま氏」とは色んな話をしたり、2回目となるミーティングも一緒に楽しんだ。だが疲れていたので、早めに就寝に就くことにした。

【6月28日】 稚内→サロベツ原野

朝起きたけど、やはり昨日の疲れが残っていた。朝飯を食べた後に宿抜け、フェリー乗り場のある香深港まで送迎もしてくれるのだが、め〇ま氏と宿から歩いて向かう事にした。フェリー乗り場まで距離はあったが、色んな話をしながら歩いていたので、それほど苦にはならなかった。

同時に今後の予定をどうするか迷っていた、正直この後にどこへ行くか全く決めていなかった。道内をもう1周しようかなとか、北海道を出て沖縄にでも行ってみようかとか。明日の予定が決まらないまま香深港に到着、め〇ま氏とフェリーのに乗り込んだ。船内でも色々と迷うが、とりあえず今夜はもう一度サロベツのあしたの城に泊まる事に決めた。

フェリーが稚内港に到着、下船後にバイクを止めた駐車場に向かう。近くのラーメン屋で昼飯を食べ、その後はサロベツを目指し国道40号を走る、途中まで一緒だっため〇ま氏は浜頓別へと行くとの事でお別れをし、そのまま国道40号を南下した。時間もまだ早かったので豊富温泉に行く事にした。国道40号から道々84号へ走り豊富温泉へ、初めて入った時は石油温泉にびっくりした。

温泉を出た後にあしたの城に行く事に、道々84号→道々444号と走り3日ぶりに出戻りした。宿に着いた時間が早かったが、すでに1人客が居た。関西弁を話す妙なヤツ、ガタイが良くオーナーと話をしている様子を見ると顔見知りのようだった。談話室でテレビを観ているとオーナーがやってきて、ここでヘルパーをしないかと話を持ちかけてきてくれた。今後の計画を見失っていた時に降って沸いたような話、迷う事無くお願いしますと即答した。この時奥で、関西弁の妙なヤツとオーナーの奥さんと色々話していたようだが、最終的にヘルパーをさせてもらうことになった。オーナーは忙しくなる7月中旬くらいから頼むとの事だったので、一旦自宅に戻り準備をし、今度は車で来る事に決めた。

そしてこの時、当時はまだ小学2年生だったオーナー夫妻の長女が一言、「ここでヘルパーするの?」と。この時まで小さい子供は少し苦手だったが、このヘルパー生活で長女と当時保育園の年長だった長男とのふれあいで苦手だった子供とのふれあいも克服できた。

そしてもう1人関西弁の妙なヤツ、名寄市在住の営業マンだった。この近くに営業に来て、あしたの城で泊まっている。ヘルパー生活の中でもよく泊まりに来ていた、同じ関西という事もあり距離は近くなったが、この時はまだ嫌っていた。

その後すぐに帰りのフェリーを手配した、7月1日の予約が取れたので小樽に徐々に近づくように計画を立てた。明日はとりあえず千歳まで移動しようと、1週間前に泊まったライダーハウスの横にあったとほ宿「ラップランド」がかなり気になっていたので、ラップランドにも宿泊予約を入れた。

この日は劇的な出来事が多く、正直なところ記憶も曖昧になっているが、ヘルパーの話を持ちかけてくれたオーナーの話のところの件は、今でも鮮明に覚えている。

この日の走行距離 稚内→サロベツ原野 78.7Km

これまでの走行距離 自宅→サロベツ原野 3,427.6Km


'01北海道ツーリング(6月24日~6月26日)

2010-06-09 23:06:26 | ’01北海道ツーリング

【6月24日】 中富良野→美瑛

朝目が覚める、これまでの疲れも感じなくなっていた。久しぶりに良い朝、宿で朝飯を食べた後に出発した。

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この日は美瑛町に宿を予約してある、せっかく北海道に来たのだから、富良野・美瑛に行ってみようと思ったのだ。

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まずは十勝岳へ、国道237号から道々291号へ走り十勝岳温泉へと向かう。温泉に入ったかどうか記憶は残っていないが、この場所でバイクのエンジンが掛かりにくかったのを覚えている。高所で酸素も薄く、空冷のバイクにはご法度な場所だった。

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その後は「北の国から」で有名になった吹上露天の湯へ向かう、この時もかなり人が多かった。確か2個浴槽(風呂)があった、かなり湯温が高かった記憶がある。

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どうせだから十勝岳の展望台にも行ってみた、山頂はガスっていたが残雪の残る十勝岳は雄大だった。

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十勝岳から道々966号→国道237号と走り旭川市を目指す。途中のカメラのキタムラでAPSのフィルムを購入し、ツーリングマップルに載っているラーメン屋に向かうが、散々迷った挙句に到着出来ずだったので、近くのラーメン屋に入った。かなり美味いラーメンだった、もう一度このラーメンを食べようと思い、翌年以降何回かこの店を探したが、当時の記憶も曖昧でこのラーメン屋には未だに行けず仕舞いだ。

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食後にJRの旭川駅へ行き、国道12号を走りその後に神威古潭へ向かう。蒸気機関車が展示してある、今は廃線だが駅があった場所だった。

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神威古潭を後にし、国道12号から旭川市内を通り国道237号を南下し美瑛町へ。空は曇ったままだった、まずは北西の丘へと向かった。富良野や美瑛はやはり人が多かった、大型バスなんかも多かった。

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今度は近くのケンとメリーの木へと向かう、人の多さは相変わらずだった。

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どうせだからとセブンスターの木へも行ってみたが、ここも観光客だらけ。遠目に撮影だけを行い、後は周辺をぶらぶらと走り、この日に予約してある「美馬牛リバティーユースホステル」へと向かった。

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道内でユースホステルに泊まったのはここで2箇所目、手続きを済ませ部屋へと案内された。これまで泊まってきた宿(とほ宿)とは全くの別世界、バイクで一人旅は自身だけだった。他はでっかいスーツケースを持って旅行に来ている女の子や、着飾った服を着て旅行している野郎共ばっかり。えらい場違いな所へ来てしまったと後悔、話などもしたが会話は常に平行線と。

晩飯の後は部屋にこもり、明日の計画だけを立ててこの日は早々と寝る事にした。

この日の走行距離 中富良野→美瑛 187.1Km

これまでの走行距離 自宅→美瑛 3,016.8Km

【6月25日】 美瑛→サロベツ原野

この日は朝飯を食べた後すぐに出発した、この日は道内で初めて泊まったとほ宿「あしたの城」まで移動する事にした。翌日に礼文島に渡る予定にしていたので、少しでも稚内に近づこうと思っていたのだ。

美瑛からは国道237号から国道40号を北上、士別市に入った辺りから道々976号へと走り朱鞠内湖を目指す事にした。道々976号→道々729号と走っていたが、途中で道路が封鎖されていたので、来た道を戻り再び国道40号へと戻った。名寄市内を抜け更に国道40号を北上する。美深町に入り、道の駅・びふかでようやく昼飯と休憩をする事にした。

道の駅で昼飯を食べバイクまで戻ると男女カップルのライダーが居た。話をすると、彼らも明日に礼文島に渡るとの事だった。その後も少し話をし、再開を願って道の駅を後にした。美深町→音威子府町→中川町と国道40号を走り続け、天塩町から道々444号へと走った。サロベツは2週間ぶり、まさかこの場所にもう一度来るとは思わなかった。レストハウスサロベツで小休止、いももちを食べた。

その後に「あしたの城」に到着、この日はライダーが多く話も盛り上がった。この時に泊まり合わせたライダー「め〇ま氏」とは、翌々日に礼文島で再開をする事になる。そのライダーとは今でも年賀状のやり取りは行っている。多くのライダー、JRでの旅人、車で旅をしている人など、これまで泊まってきた宿の中で、1番楽しい日だった。

※この日は移動日だったので、写真を1枚も撮ってはいなかったが、1番思い出のある日でもあった。

この日の走行距離 美瑛→サロベツ原野 278.8Km

これまでの走行距離 自宅→サロベツ原野 3,295.6Km

【6月26日】 サロベツ原野→礼文島

昨日の勢いで、この日も客同士で朝からワイワイと賑やかだった。朝飯を食べた後に宿の玄関前で記念撮影を行った、その後に自分の礼文島に行くのに稚内港まで一緒に行こうという事になった。ライダー以外にもJRで旅をしていた女の子もバイクの後ろに積んで同行。残念ながら自身のバイクではなく「め〇ま氏」のバイクへ、因みに「め〇ま氏」は同じバイクに乗っていた。

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あしたの城から道々444号→道々106号(オロロンライン)と走る。この日は霧が発生していて視界が非常に悪かった、途中にあしたの城のオーナーに教えてもらった海岸沿いにある花が咲いているスポットへ寄ってみた。この時は海岸沿いにエゾカンゾウが多く咲いていた。その後も海岸沿いの道々106号を走り、途中から道々254号へと入りノシャップ岬を経由して礼文・利尻行きのフェリー乗り場がある稚内港へと到着した。

ここで皆とお別れをし、フェリー乗り場の前にある駐車場(屋根付き)にバイクを止めた。必要な荷物だけを持ち待合室へ向かい乗船券を購入、暫くしたら昨日美深町であったカップルライダーと合流した。彼らはバイクで礼文島に行くとの事だった。そしてフェリーは出航、約2時間の船旅だった。

この日は桃岩荘ユースホステルに泊まる、この前に泊まったえりも岬ユースホステルと併せて、北海道の「3大きちがいユース」の内に2箇所に泊まる事になる。ここに来るまでの間に、色んな場所で桃岩荘ユースホステルの噂は聞いてきた。昨日のあしたの城でもライダーに聞いていた、不安よりは楽しみのほうが強かった。

フェリーが香深港(礼文)に到着すると、旗を振ったり踊ったりしている連中が居た。これが桃岩荘ユースホステルのヘルパー連中の見送りと歓迎の儀式らしく、それは賑やかなものだった。到着後すぐに送迎してくれるとの事だったが、昼飯を食べるためにもう一便遅らすことにした。香深港の近くにあった「千鳥」、ここも昨日あしたの城で聞いていた食堂。ホッケのチャンチャン焼きが美味しいと、注文して食べてみたが情報通りかなり美味しかった。

食後にフェリー乗り場に戻ると、先ほどの桃岩荘ユースホステルのヘルパー連中が居た。フェリーの到着を暫く待った後に送迎してもらえる事に、たしか「ブルーサンダー号」とか云う幌付きのトラックの荷台に乗せられたな。

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ユースに着くと更に歓迎の儀式があった、ここは昔の鰊番屋だった跡がユースホステルになっている昔ながらのユースホステル。まず受付でユースの会員証を預けた、帰る時にシーツと枕カバーと交換、ホステル内は禁酒だそうだ。携帯も同様で、晩飯を食べた後の食器は各自で洗う。極めつけは晩飯の後のミーティング、関西人の我われにはそれほどではなかったが、合う人と合わない人の差は大きいだろう。昔ながらのミーティング、全員で歌って踊る。ミーティング終了後は、桃岩荘ユースホステルの「愛とロマンの8時間コース」の説明が行われた。これに参加する予定で来た礼文島、この時は参加人数が多く2つの班に分けられた。確か「あほ組」と「もも組」だったかな、各班毎にリーダーを決めて、礼文島の最北端のスコトン岬から南にある桃岩荘ユースホステルまで歩く訳である。

明日に備えて早めに寝る事にしたのだが、昔ながらのユースはきちっと就寝時間には全ての電気が消された。

この日の走行距離 サロベツ原野→稚内 53.3Km

これまでの走行距離 自宅→稚内 3,348.9Km


'01北海道ツーリング(6月22日~6月23日)

2010-06-08 20:55:54 | ’01北海道ツーリング

【6月22日】 襟裳岬→支笏湖

この日は朝から大賑わい、チャリダー少年はようやく風邪も治り絶好調。そこに女性ライダーも加わり、北海道に入って久々に同世代の旅人と楽しく話が出来た。朝飯後に宿泊客一同で玄関前で記念撮影を行い、みんなの旅の無事を祈りつつそれぞれが各方面に出発した。

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えりも岬ユースホステルから道々34号→県道336号と走る、途中の親子岩の前でお決まりの撮影を行った。出発したときは曇っていたが、この頃から空は晴れだした。この後も国道336号から国道235号へ走り様似町→浦河町→三石町→静内町→新冠町→門別町→鵡川町→厚真町とほとんどノンストップで走り続ける。苫小牧市内に入り昼飯を食べた後、国道276号を走り支笏湖へと向かう。まずは支笏湖の北側へ、国道453号を走り途中から道々78号を走りオコタンペ湖へ向かった。

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ここに来て空が曇る、そのせいかあまり感動は無かった。ツーリングマップルには「北海道3大秘湖」とは書いてあった、ちょっと残念だった。

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オコタンペ湖から道々78号→国道453号と走り、久しぶりに林道を走る事にした。その前に、この旅で初めて泊まるライダーハウス「樽前荘」に行き、荷物を全て外して部屋に入れ、身軽になってから近くの北五条林道へと向かった、今にも熊が出てきそうな雰囲気にビビリ、ちょろっと走った後に晩飯を食べに支笏湖畔に向かった。

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支笏湖名物のチップ(姫鱒)をたべようと店を探す、店の外にあった看板に「チップ天丼 997円」を見て店に入る。美味かったです、店主のおじさんも飯は大盛にしてくれました。

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食後は「樽前荘」に戻る、以前に道内のライダーハウスの中で1番きれいだと聞いていた。「樽前荘」の隣にはとほ宿の「ラップランド」があるのだが、やはり自分にはライダーハウスの雰囲気には馴染めなかった。宿泊費は1,000円(素泊まり)と安かったが、今後はとほ宿かユースホステルに泊まろうとこの時に思った。

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風呂(シャワー)に入ったり洗濯をした後に外を散歩、その後は部屋に戻って早々と寝ることにした。

この日の走行距離 襟裳岬→支笏湖 293.2Km

これまでの走行距離 自宅→支笏湖 2,547.8Km

【6月23日】 支笏湖→中富良野

この日は朝起きた後にすぐに出発した、まずは朝飯を食べるために支笏湖畔に向かう。ログハウスの喫茶店に入りモーニングを食べる、1,000円とちょっと高めだったが美味しかった。食後に国道453号から道々16号(支笏湖公園線)へと進み、千歳市内から国道337号へと走る。

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国道337号の途中で休憩と撮影を行い、道々226号→道々462→国道274号→国道452号と走り夕張市へと向かう。

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最初にまず、過去に映画で見たことがある幸せの黄色いハンカチの想い出広場に向かった。正直ほとんど記憶は無かったが、目印となっている黄色いハンカチを見たときに、映画のワンシーンを思い出すことは出来た。土産に黄色いハンカチも購入したが、そのハンカチもどこかで紛失してしまった。

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夕張と言えば炭鉱跡、国道452号沿いに遠目で炭鉱の街跡を見ながら走った。途中で止まろうと思ったが、そのまま国道452号を走り三段滝パーキングへで休憩する事にした。

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三段滝から国道452号を少し走り道々135号へと進む。途中にあった林道へと入るが、少し走ると行き止まりになっていた。残念だがUターンして道々135号に戻り、国道38号→国道237号と走り中富良野町に行き昼飯を食べることにした。

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まずはJRの富良野駅に行き、売店で売っていたラベンダーソフトを食す。その後にパンフレットで見かけたそば処小玉家に行き、なっとうそば+おにぎりを食べた。食後も中富良野の町を少し散策し、「北の国から」のロケ地へと行く事にした。

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麓郷の森へ行き、まずは五郎の石の家へ向かった。当時はまだ「2002遺言」の撮影が行われる予定で立入禁止になっていたので、遠目での見学しか出来なかった。

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一方の木の家の方は見学が可能だったが、当時の記憶は全く残っていない。

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その後も麓郷の森を散策し、この日に泊まるとほ宿「いもやらだいこん」に向かう事に。いもやらだいこんには迷わずに到着、宿に着くとこの日はライダーが1人居た。それ以外にJRで旅をしている旅人が1人、残念ながら自身を含め全員男と。宿は昔の小学校を民宿にしてあり、かなり趣のある宿だった。晩飯は近くの寿司屋に行こうとオーナー、ヘルパーが居ないからだって。途中に温泉に入る、浴槽の中で眼鏡のレンズを止めてあるネジが外れたのを覚えている。仕方なしに近くの眼鏡屋へ、眼鏡屋のおじさんは快く修理してくれたが、200円と行った瞬間に「高いんぢゃないの?」と心の声。

そしてようやく寿司屋に到着、オーナーと寿司屋と知り合いらしく、客の単価を3,500円に設定してくれたが、内容は単価以上の料理が出てきた。全員満足・満腹状態で宿に戻る。その後も客同士で話は盛り上がったが、連日の疲れで先に就寝の就く事にした。

この日の走行距離 支笏湖→中富良野 281.9Km

これまでの走行距離 自宅→中富良野 2,829.7Km


'01北海道ツーリング(6月20日~6月21日)

2010-03-31 22:35:22 | ’01北海道ツーリング

【6月20日】 摩周湖→池田町

この頃から少し、朝起きたときに疲れが出始めていた。自宅を出てちょうど10日目、しかも昨日は1日雨の中の走行だった。何もかもが初めての経験、1週間以上毎日バイクで走るのも、1日中雨の中を走るのも初めてで疲れも出てきてはいたが、それ以上に楽しい毎日を過ごしてもいた。

朝起きて外に出てみる、雨は止んではいたが空は曇り空だった。朝飯を食べた後にバイクに荷造りを行い出発準備を行う、この日は池田町に行く予定をしていた。

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とほ宿「ましゅまろ」から国道391号→国道241号と走り、まずは途中の双湖台に立寄る。ツーリングマップルに、ペンケトー(湖)の形が北海道に見えると書いてあった。似ているとも言えるし、そうでないとも言える形の湖だった。写真を撮った後くらいからポツポツと雨が降り出したので、レインコートを着てから次の阿寒湖を目指して出発した。

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国道241号の途中で雄阿寒岳が姿を見せた、先ほどまで雲に隠れていたのだ。途中でバイクを止めて写真を取り、撮影後に阿寒湖を目指した。

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ここに来る前の事、開陽台のとほ宿「ミルクロード」に泊まった時に、阿寒湖に行くのならば太郎湖と次郎湖を見ると良いと言われていて、阿寒湖に到着後に訪ねてみた。遊歩道のような道を歩いていったのは覚えている、太郎湖・次郎湖らしきところには到着したが、看板などもなくそれが正しいのかも分からなかった。阿寒湖では遊覧船などもあったが乗る事もなく、土産物屋もあったが寄ることもなく、阿寒湖の写真だけを撮っただけでその場を離れた。

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阿寒湖から国道241号(足寄峠)を走り、途中から道々949号を走りオンネトーへと向かった。先ほどまで止んでいた雨が再び降り出したが、レインコートは来たままだったのでそのまま走り続けた。暫くしてオンネトーに到着、駐車場から1Kmほど歩いた場所にオンネトー湯の滝(温泉)があったのだが、雨のために断念した。オンネトーはきれいな湖で湯気も上がっていた、雨の降りも更に強くなってきたので早々と撮影だけをして、池田町を目指す事にした。道々949号を戻り国道241号を走る、足寄町から国道242(274)号を南下し本別町から池田町へと進む。

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ツーリングマップルに載っていた「ハッピネスデーリィ」へと向かい、手作りのイタリアンジェラート(ブランデーケーキ+ブルーベリーマーブル)を食べた。なぜこの組み合わせになったかは覚えていない、食後に地元の消防団でお世話になっている方にお土産としてここのジェラートを送った。

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「ハッピネスデーリ」から少し走り今度はワイン城に向かう、今もそうだけどこの頃も酒は飲まない「下戸」でした。屋上に上がり池田町の町並みを見たくらいしか記憶が残っておらず、ここは早々と退散した。

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ワイン城を出た後くらいからまた雨が降り出した、このままとほ宿「ワインの国」へ行こうとしたのだが、チェックインの時間までまだ早かったので時間潰しをする事にした。ワイン城から道々73号を南下し国道38号へと進み、豊頃町にある「ハルニレの木」へと向かった。豊頃町の指定文化財だそうなのだが、まだ雨が強く写真だけを撮った後に引き上げた。

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時計を見ると16時を過ぎていたのでとほ宿「ワインの国」に向かう事にし、国道38号→道々73号と走り「ワインの国」に向かった。ハルニレの木に向かう途中に「ワインの国」の場所は確認できていた。宿に到着すると見たことのあるバイク(オフロード)が止まっていた、手続きを済ませて宿に入ると、そこには昨日の宿「ましゅまろ」に泊まっていた女の子だった。他にもう1人、JRで旅行している女の子も居た。「ワインの国」は夕食にワインとステーキが付く宿で、ワインはほとんど飲まなかったが、ステーキは美味しく食べました。食後も話は盛り上がったが、連日の雨の走行でこの日も疲れいたのですぐに寝てしまった。

この日の走行距離 摩周湖→池田町 207.3Km

これまでの走行距離 自宅→池田町 2,036.3Km

【6月21日】 池田町→襟裳岬

この日も朝起きると疲れが残っていた、歯磨き→洗顔と済ませる。朝飯は時間が遅いと聞いていたので先にバイクの荷造りを済ませる事にし、その後にこの日の目的地を調べた。まずは近くの帯広市に行こうと、お菓子の町だと聞いていたので、柄にもなく甘いものでも食べてみようと。

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「ワインの国」で朝飯を食べた後に出発、昨日まで降っていた雨は止んでいた。宿から道々37号を走り国道242号→国道38号と走り帯広市へ。まずは高橋まんじゅう屋へと行き、回転焼き(チーズ)と蒸しパンを食べたが味は覚えていないのだが、場違いだなとは思った事は覚えている。

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「ワインの国」で聞いていた、クランベリーのスイートポテトがひじょうに美味しいと。だから行ってみたものの、ここでもやっぱり場違いでした。回りはカップルや女の子だらけの中を、バイクのジャケット着た男がスイートポテトを頬張っている。しかも相当甘かった記憶がある、早々とたいらげて店を後にした。事前に調べていた、帯広市にある元祖豚丼の「ぱんちょう」にも寄ろうと思っていたのだが、さすがに腹が一杯だったので「ぱんちょう」はパスをした。

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この後に旧愛国駅に向かう事にし、国道236号を南下した。途中のスタンドで給油していたとき、まだストーブで暖を取っていた店員が居た。この時期にまだストーブを使っていることに驚いた、店員に聞くとまだ寒いでしょう!と。ついでに旧愛国駅の場所を聞き、給油後に迷う事無く旧愛国駅に到着した。SLが展示してあったが「鉄」ではなかったので、写真だけを撮って次の目的地の旧幸福駅に向かった。

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旧愛国駅から国道236号を南下し旧幸福駅へ、ここも「鉄」ではなかったのでそれほど興味はなかった。土産として、訪れた日の刻印とが入った切符(愛国から幸福ゆき)のキーホルダーを購入した。ここも先ほどの旧愛国駅と同様に、数枚ほど写真を撮っただけだった。

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旧幸福駅から国道236号を更に南下し帯広市から中札内村へ、途中から農免農道を走り花畑牧場に向かう。今のように生キャラメルがある訳でなく、当時は店内にカントリー娘の写真が多く展示や販売していたな。ここもすぐに立ち去った、国道236号から花畑牧場までが遠かった記憶はしっかりと残っている。

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花畑牧場から農道を走り国道236号に戻り、お次は襟裳岬を目指して南下する。国道236号から国道336号へ、広尾町へと進み国道336号から海沿いの道へと続く。途中にフンベの滝があったので、滝とバイクのお決まりの撮影を行った。

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撮影だけを済ませてフンベの滝を後にする、国道336号を南下し広尾町からえりも町へ。途中から猿留川林道を走り豊似湖を目指す、ツーリングマップルには豊似湖はハートの形をしていると書いてあり、実際行っては見たが目線の高さではハートには見えなかった。後で聞いた話だと、上空から見ないとハートに見えないと聞いた。ただ豊似湖までの林道はダートだったので、生き返りは楽しかった。

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国道336号(黄金道路)まで戻り再び南下する、途中で撮影しつつ海沿いの道を快走する。途中で小休止をしていると、反対方向からライダーがやってきた。そこで少し話をすると、そのライダーは帯広市方面に行くといっていた。10分ほど話をしてライダーと別れ、国道336号から道々34号と走り襟裳岬に到着した。

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まずは風の館に向かった、風速25m/sを体験した。その後に辺りを散策、襟裳岬灯台の写真も撮ってはいるが、この時の記憶が全くないのがひじょうに残念である。この後に近くのえりも岬ユースホステルへと移動した。

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今はユースホステルではないらしく、民宿に変わったらしい。北海道の「3大きちがいユース」の一つ、道内で初めて泊まったユースホステルだった。受付をしようとバイクから下りると、中からヘルパー(中高年のおじさん)が出てきた。ガレージ(物置)の扉を開けてくれたのでバイクを止め荷物を降ろしていると、女性ライダーがやって来た。たしかスズキのボルティーに乗っていた。この日は他にも数人の客が居たが、その中でも特に印象に残っているのは京都から来ていると言うチャリダーの少年。数日前に風邪を引いて、この日で3連泊していた。自身とライダーの女の子とチャリダー少年と、年齢も近く話は盛り上がり、この日も楽しい時間は過ぎていった。

この時に泊まり合わせたライダーの女の子は、後に浜頓別町にあるとほ宿「トシカの宿」でヘルパーなっていた。自身がちょうど豊富町にあるとほ宿「あしたの城」でヘルパーをしている時期と同じで、当時は噂で「トシカの宿」には可愛いヘルパーが居ると聞いていた。その事実を知るのはもっと後のこと、彼女が客として「あしたの城」に泊まりにきた時の事だった。

この日の走行距離 池田町→襟裳岬 218.3Km

これまでの走行距離 自宅→襟裳岬 2,254.6Km