私の思いと技術的覚え書き

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運転中の突然死

2021-01-31 | 事故と事件
 個人的趣味なの読書で、好みの作品としていわゆる時代小説の一種となるのだろうか「仕掛け人・藤枝梅園」(池波正太郎著)などがある。仕掛け人藤枝梅案は青手の顔は優秀な針治療医なのだが、裏の顔は仕掛け人として、得意の針の打ち込みを人間のいわゆる急所を熟知しており例えば「盆の窪」(首の後ろの中央部のくぼんだ部位)の奥には延髄と云われる脳と背骨の中にある中枢神経の束をが集中している部位があり、そこで長さ3寸(約90mm)ばかりの針を埋め込んで、ほとんど即死で、かつ傷跡も残さない仕掛けを行う場面が描かれる。こういう描写において、作者は現代の様な科学捜査が未発達であった200年前の江戸では、ほとんど真実の原因が発見することはなかったのであろうと書き加えている。

 ところせ、日本の治安は世界でもトップクラスと云うことがあり、それは正しいものではあるのだろうが、一方、現代日本人の死亡者7名の内の1人は必ずしも死因が明確でない異常死だと云われてもいる。つまり、死者の14%程度は死因が明確でない異常死だという。このことを生じる要因の一つに、いわゆる犯罪の疑いを持って行われる司法解剖率が地域毎の差もあるようだが、総じて低いことが前々から云われている。

 ここで、必ずしも凶悪犯罪ともいえないが、日常的に生じている交通事故において、その事故形態は単独自損、対歩行者だとか他の車との事故で、必ずしも車両の損傷が大きくなく、運転席の生存空間は十分維持されており、車両外観の車体変形もさほど大きくないにも関わらず運転者などが死亡している事例がある。

 また、必ずしも事故発生までには至らなかったが、十分重大な事故に至る可能性があったインシデントとか、運転者は死亡することはなかったが、いわゆる病変で運転操作不能の状態に陥ってたことが知られる事故がある。

 個人的に事故ニュースは関心高く見つめてきて、その車両の変形状態なども加味しつつ、これでは死亡してもムリはなかっただろうという事故がある一方、こんな小さな車体変形で死亡事故になるのかという事故ニュースに接する場合もある。

 近年、主に世界の先進各国において、交通事故の安全対策として、様々な安全技術が採用されて来たが、まずは最初にいわゆる事故が生じた際に、なるべく生存性を高めるパッシブセーフティ(受動的安全性)が普及し、その後と、主に電子制御機器等の採用により事故が起きないように自動制御を行うアクティブセーフティ(積極的安全性)に分化して対策が行われてきた。

 ここで、具体的にはパッシブセーフティとは、いわゆる衝突安全ボデーとして、車体変形をなるべく限定的な範囲に留め、運転席や乗員の乗るキャビンの変形を少なくすることや、エアバッグ、シートベルトテンショナーおよび過大な過重がシートベルトに作用した場合に過重を制限するフォースリミッターなどが極普通の装備として装着される様になった。エアバッグなどは、前面だけでなく側面衝突などに対応する再度エアバックだとか、従来頭部だけの保護であったのを、事故による極めて短時間の速度変化で体全体が前方へ移動するのに伴って、膝部を保護するニーエアバックだとか、後席乗員の前方への保護を果たす後席用エアバッグも装備される車両もある。

 一方、アクティブセーフティとしては、ABSという車輪がロックしてステアリングでの回避が困難になるのを防ぐための装置だとか、これをさらに発展させて、必ずしもブレーキを踏んでいなくても、車両の運動能力が限界を超えたと検出すると、エンジン出力を絞ったり、個別車輪だけのブレーキを自動作動して、車両安定性を安定側に維持する機能をあたえるVSC等が採用されることが、ほとんど当たり前の装備となった。一方、車体前方を照射するレーダーと前面ガラス上部に装着されたカメラにより、絶えず前方障害物と自車両の速度から演算される最小距離を比較して、危険と判断すると警告し、それでも減速しないと自動ブレーキを行う衝突軽減ブレーキなどの採用車も増加した。また、バスなどで、乗客が運転手の異常な運転動作を認識した場合、客席の特定の位置にあるスイッチを作動させることで、減速する装置などが最新の大型バスなどで採用されだしている。

 ところで、冒頭に記した、果たして生じた事故もしくはインシデントが、運転者の病変だったのか、もしくは前方不注意とか運転操作の不適切によって生じたのかを吟味することは、事故の責任問題だとか、賠償問題、保険金の適正な支払い問題の関わる問題だから、ないがしろにできない問題となる。例えば、複数車両の関わる事故で、一般的に過失の小さな側が障害や死亡した場合、過失の大きな側は業務上過失致傷という刑法上の処罰を受けることになるのだが、もし死亡した運転者が事故が直接原因でなく、運転者の病変で運転操作が不可能になり事故が生じたとしたら、まるで認定される刑法上の責任は異なるだろう。

 この様な、通常死亡事故になることの不自然を警察は現場検証などにより認識すると、運転者の司法解剖等を通して、なんらかの病変がなかったか確認を行う。ただし、ここで得られた法医学鑑定が必ずしも事故の真実を語るとは限らないことをここでは記して見たい。

 現在、世界各国では自動車安全基準の評価を行っており、わが国でもJNCAPとして、幾つかの種別に分けて評価されるが、何れも運転者の代わりにダミー(人体同様の人形)を乗せ、そのダミー内の各種計測センサーから得られるデータを基に評価している。ここでは、これら計測データ中でもっとも生存率に関わるであろうHIC(頭部障害値)のことに触れてみたい。
 このHICという値は、ダミーの頭部内に設置され、3軸(XYZ9)の合成加速度に特定の係数を与えて算出するが、これが1000を越えると脳震盪を生じる加速度で、生命にも影響があるとして、1000以下を目処にメーカーでは車体やパッシブセーフティを考慮しつつ装備している。そして、ほぼ新発売された全車が55km/hリジットバリア試験でのHIC値は1000以下をクリアしている。自動車事故の近年の死亡者数は往時1万5千名を越えたものが、近年5千名程にまで減じている。この要因のすべてが運転中の車内死亡(いわゆる棺桶型と呼ばれる)ではないが、死亡理由のトップがこの棺桶型であることから、エアバッグが与えた死亡事故減の効果は極めて大きいと感じる。

 さて、事故による車内死亡は、いわゆる車対変形が極めて大きく車内空間が人の生存限界を制限してしまうものもあるが、これは全体の中では少ないと云える。大部分の事故では、自己の特性として、極めて短時間(0.1~0.2sec)における速度変化が大きいことにより、加速度(減速度)が極めて大きくなることで、車内の床上に座る運転者は衝突の減速度により前方に移動し(これをライドダウン効果とも呼ぶ、頭部だとか胸部などを他物に強く衝突することで、受傷し、もしくは死亡にまで至るということなる。

 この加減速度は、α=速度変化/変化時間で算出され、m/sec^2という数値で表されるが、一方これを地球の重力は9.8m/sec^2だが、これを1Gと表すが、他との対比で判り易いので、G値で加減速度を表記する場合が多い。

 人体の対G限界は種々の考察ができるが、同じGでもその持続時間により限界はより少ない値で達する様だ。ジェット戦闘機などで、高速で旋回知る場合、例え5G程度でも持続時間が経過すると、血流が脳まで達すことができずになり、視力を失ったりする場合もあるという。一方、衝突事故の様に極短時間の場合は、結構高いGでも、他物に衝突などしなければ、比較的耐えられるとも云われている。ある実験では、シートに人体をベルトで固定し、極短時間の速度変化に耐えられる限界を調べたところ50Gくらいまでは耐えられるという結果が得られたとのことである。また、遊園地のジェットコースターで、短時間の5G程度を受ける遊具があるが、シートベルトなどの拘束具があればのことであろうが、特別な障害がないことが実績されている。

 これらことを鑑みれば、運転中に死亡したとして、司法解剖所見になんらかの病変の疑いが生じた場合、併せて事故時にどの程度のGが作用したのかを考慮しつつ、相当因果関係を検討してみる必要があるのだろう。
 例えば、司法解剖で「心タンポナーゼ」という、心臓の廻りの層に体液などが集中して圧迫を受け心臓にダメージを与える症例が司法解剖で所見として出されたからといって、事故時の胸部のGをシミュレーションしたところ2Gだったとしたら、必ずしも事故でなくても受ける可能性がある値であり、相当因果関係は否定されると云うことになろう。

【参考ブログ】
この車両損壊状態で死ぬ事故とは思えないが・・・
2019-09-05 | 事故と事件
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/180a14bd461c8cdbf4deabc5145a1d92

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