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仕事のような仕事でないような用件で,久しぶりに列車で出かけました。
出先のホームで帰りの列車を待っていたら,遠くから汽笛の音が。
そして向かいのホームにいきなりC6120が入ってきました。
嘘のような本当の話。
あわてて携帯で撮影したので,画像のサイズが小さい小さい。
蒸気機関車が現役で走っていたころ,祖母に連れられ小岩陸橋の上からその走る姿を真下に見て,音に驚きスピードに驚き黒い姿に驚いた,遠い記憶がよみがえりました。
そうだ,この煤煙の匂い。epiと一緒に乗車したこともあったなあ。
銭湯の煙突から出る煙とは全然違うこの匂いの記憶は60年近く前の記憶です。
バスタブみたいな乳母車に乳児だった弟と一緒に乗せられて何度も散歩に行った小岩陸橋。あれは間違いなく1950年代の記憶だ。
小岩陸橋は総武線の高架化とともになくなってしまいましたが,柴又街道の上を現在総武線の高架が通っている,あの位置にありました。
総武線の線路が地面にあり,柴又街道はその上を土手のようにまたいでいたわけです。街中の高台みたいな感じでした。
陸橋の上から都心側を見ると,夜のネオンサインがきれいだったなあ。
母の実家である立石への行き帰り,いつもこの陸橋を渡りました。
他県出身の某校長先生(自分の母校の学校長ですね)が,この陸橋脇に寓居されていて,よくお邪魔したりして。
小岩陸橋にはいろんな思い出があります。
現在小岩に住んでいる人でこの陸橋のことを知っている人は,そんなに多くはないと思います。(Take)