Natural Mystic ~ナチュラルミスティック~

There's a natural mystic blowing through the air

マヨヒガ

2005-10-20 20:33:08 | 登山・アウトドア
13:00 剱沢にかかる吊り橋を越え十字峡を後にした。


【十字峡・剱沢にかかる吊り橋】

更に進むこと50分、突然対岸の山肌の高みに巨大なトンネルが2本姿を現した。トンネルからは送電線が延びている。黒部第四地下発電所である。この右下はS字峡である。トンネルから延びた送電線は我々の山肌の方に続いていた。しばらく進むと登山道の上部にある鉄塔に続く道が現れ、看板が立っていた。『新北陸幹線第1号』ノサカさん曰く、我が国初の27万5000ボルト線路の記念すべき第1号鉄塔との話だった。


【山中に突如現れた送電トンネル・手前は東谷吊橋】

14:45 急な斜面を一気に下り東谷吊橋を渡った。関電の作業小屋があり、黒四ダムからの関電専用道路(トンネル)を抜けてきたと思われるトラックが一台止まっていた。空は徐々に曇り始めていたが、この山奥に一般人は通行できないとはいえ車が来れる程のトンネルがあるのかと思うと妙な安心感が仲間内に漂った。

林道を少し進むと暗いトンネルを抜け仙人(黒部第三)ダムが見えてきた。黒四ダムから始まる『旧日電歩道』と呼ばれる部分はこれで終了となる。ここから先、欅平までは『水平歩道』となる。

ダムの近くでは関電の人が数人作業をしていた。誰もが我々に挨拶してくれて親切に声をかけてくれた。歩道はこのダムの上を横切る。ダムの階段を下りて驚いた。何と歩道はダムの建物の中に進み、斜面をくり貫いた灯りが延々と続くトンネルとなっていた。今までさんざん深い谷を歩いてきた我々にとってこの施設はあまりにも想像からかけ離れていて、まるで異空間に入り込んだような不思議な錯覚に陥った。


【建物の中からのトンネル・まるでショッカーのアジトに忍び込む気分である】

トンネルを抜けると突然電車注意と書かれた看板があった。こんな所にと驚いたがこれが、昭和初期ダム建設のために造られたという関西電力のトンネルであった。通路とは直角にこのトロッコ列車のトンネルが左に延びていた。トンネルの中からはもの凄い湿度を帯びた熱風が流れ出ている。写真を撮ろうとした仲間のカメラのレンズ部分はたちまち曇っていた。このトンネルこそ、吉村昭の小説『高熱隧道』のモデルである。妙な静けさと熱気が得もいえぬ雰囲気を醸しだし、誰が言うともなく足早にそこを立ち去った。


【突如現れたトロッコ軌道・高熱隧道である】

通路を抜けるとグリーンの芝が整備された空間に出た。池があり30cmを越える巨大岩魚が数匹泳いでいた。左側の四階建ての建物は古いがきれいなもので関電の宿舎になっていた。奥の森では関電の人がキノコをはじめとする山菜採りをしていた。まるで『遠野物語』のマヨヒガにいるような妙な感覚である。

そこを過ぎると一気に樹林帯になり今度は急な登りとなった。一体この登りがどれくらい続くのかと汗まみれになりながら登った。20分ほどでまた平坦な山道になった。それまでのような絶壁ではないため気は楽であった。やがてまた急な下りとなる。ここが阿曽原峠である。どうにか保っていた空からとうとう雨が降り出した。下ること30分、ようやく今日の目的地、阿曽原温泉小屋に辿り着いた。17:10着。移動時間は8時間を超えていた。


マヨヒガ(迷い家)
深い山奥に現れるしっかりした門構えのある立派な家。庭は広く花が咲き乱れ、鶏や牛馬などの家畜がたくさんいるが人の姿は全くない。玄関から上がると、部屋には朱と黒のお椀がたくさんあったり、奥座敷に鉄瓶の湯が沸いていたりするという。やはり人の姿はない。
この山中の不思議な家に迷い込んだ人は何か一つその家から持ち出せば幸せになれる。また人を幸せにするためにこのマヨヒガは現れる。何も持ち帰らないと不思議な経路で幸せになれる何かしらの贈り物がマヨヒガから届く。
柳田国男 著・遠野物語に記述される民話である。