和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

本泣く・泣きたし。

2007-07-22 | Weblog
東京新聞(2007年7月22日)サンデー版の東京歌壇。
そこを読むのが楽しみです。選者は岡野弘彦・佐々木幸綱のお二人。
さて、今日の佐々木幸綱選の最初の歌を紹介したくなりました。
歌壇では、ときに学校の教師の歌が載ることがあります。

 文法も発音も訳もまちがえる実習生とともに泣きたし  千葉市・石橋佳の子

【評】五月から六月にかけては教育実習の季節。出来の悪い実習生が来て困っている教師の歌である。「ともに泣きたし」に実感がこもる。

以上が、歌と選評でした。こうした歌を作る教師の授業というのは、どんな人なのでしょうね。ちょいと授業風景を覗いてみたくなるような歌でもあります。

ところで、思いもしなかった「泣きたし」という言葉に出会うと、また思いもしなかった「泣く」に結びつけたくなる私がおります。

谷沢永一著「私はこうして本を書いてきた 執筆論」(東洋経済新報社)に「本が泣いている」という言葉があるのです。その箇所をちょっと引用してみましょう。

「世に愛書家伝説は数多いけれど、本来は、それが誰によってどのような方向で有効に利用されたかを論評するべきであろう。・・・・坂田三吉は、銀が泣いている、と活用されない駒の嘆きを痛烈に代弁した。我が家の書庫でもまた、今になってもまだ仕事に用いられない多くの本が泣いている。他人(ひと)のことをとやかく言う資格が私にはない。」(p218)

谷沢さんの新刊に「読書通 知の巨人に出会う愉しみ」(学研新書)があります。物故者に限りながら「尊敬し愛読する12人の著作家を選び」。新書のスペースで紹介・解説をしているのでした。

そのなかでたとえば、石川準吉についての文の最後にはこうあります。

「石川準吉の『国家総動員史』全13冊は、一個人によって博捜を極めた資料探索であるのみならず、すべて自費出版の壮挙であることに驚嘆を禁じえない。第一次世界大戦後における我が国の陸海軍および官僚組織の軌跡を考えるために必須の基礎資料として、今後さらに活用されなければならないのである。」(p121)

たとえば「瀧川政次郎」では、「泣いている」本をこう取り上げます。

「『東京裁判をさばく』・・・は、彼が見るところの、久しきに亘る軍部の圧制によって卑屈にされた日本人、に向けて初めて発せられた、悲痛なる警世の訴えである。」(p122)
「独立した民主主義の民族国家に相応しい日本史を作りあげるべく努めたのが『日本人の歴史』であり、戦後の日本史研究は本書を出発点とすべきであったにもかかわらず、この史観が十分に顧(かえり)みられることなく、あたかも埋没されているかのごとき現状は遺憾(いかん)に堪えない。国民に共通の常識として定着すべきであった瀧川史観は、その後も評価されること乏しく今日に至っている。しかし本書は最も堅実な日本通史として創見に充ち、古代より明治維新まで確実に歩みを続けた日本民族の足跡を、いちいち実証に徹して照明した記念碑と目されるべき簡明な叙述である。その一行一章ごとに刮目(かつもく)すべき指摘が続くこの一冊は、われわれが襟を正して学ぶべき史観の精髄ではあるまいか。これだけの名著が然るべき評価を受けないでいる現状を惜しむ・・・」(p123)

谷沢永一氏の専門は、書誌学、近代日本文学でした。
それに関係する人もでてきますが、ここでは省いて、
ひとつこれだけは、引用しておきたいと思う箇所を孫引きしてみます。


「書誌学とは存在する本そのものを手にとって数量化し、記号化する作業、当節流行の言い方をすれば、実在の物を『情報』に数える技術そのものである。しかし、『情報』というものは、実をいうとそれを作った本人にしか、その十全な意味は探り出せないのであって、従って書誌的『情報』を真に必要とする人は、必然的に書誌学の技術を自ら体得しなければならないことになる。他人の作った書誌情報は、ほんの目安にしかならないことを銘記すべきであろう。人文科学であれ自然科学であれ、本来の『情報」というものの本質はこのようなものであろう。昨今の『情報』ばやりの風潮は、そうした『情報』の受け手になるだけで何かが摑めたような幻想を持つことによって成り立っているような気がしてならない。確かな手ざわりを忘れてはならないはずである。」(p197)

谷沢永一氏は「他人の作った書誌情報は、ほんの目安にしかならない」と知りながら、その書誌情報をおしみなく同時代へと発信しているのでした。こうして、私みたいに本の紹介文をただ引用して、そこに紹介されている本には、触れもしない読者がいることを知ったら、「泣きたし」と思うんだろうなあ。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 震災と戦災。 | トップ | 追悼河合隼雄。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事