和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

かくしていた。

2007-07-06 | Weblog
ブログ「書迷博客」は、ほんねこさんが書いております。
2007年7月5日の書き始めはこうでした。「今回はあまり趣味のよい話ではないので、グロテスクなことの苦手な方は読まないがよいかと思います」。うんうん。私はかえって読む気分になりました(笑)。そこでは、関東大震災のあとに、うまいエビを食べたという記述から、それは車エビじゃなくて上海蟹のことじゃないかと、つなげてゆく展開での引用が魅力です。まあ、それは読んでのお楽しみということで、ここでは、私が思い浮かんだことを引用しておきます。

思潮社の現代詩文庫60「会田綱雄詩集」に伝説という詩が載っております。
そこには会田さんの文章も載っていて、題して「一つの体験として」。
そこに上海蟹のことが登場しておりましたので、ここに引用したいと思ったわけです。「昭和15年の暮、私は25歳だったが、志願して、南京特務機関という、軍に直属した特殊な行政機関にはいった。・・・その特務機関には、日本が南京を攻撃したときに参加した兵隊も、特務機関の前身だった宣撫班の班員もいた」そこでの同僚が教えてくれたという話があるのでした。
「戦争のあった年にとれるカニは大変おいしいということ。・・これは・・民衆の間の、一つの口承としてあるということ。・・カニが戦死者を食うという口承は、私の頭の中にこびりついたが、南京ではカニにお目にかからなかった。特務機関から解放されたあと、上海へ行って、はじめて中国のカニを食べた。上海のうすぎたない通りに、うすぎたない小料理屋がたくさんあった。中国人の経営である。小料理屋といっても居酒屋のようなものだが、そのうすぎたない居酒屋のある通りには、季節になると、秋の終わりから冬の初めにかけてだが、カニ売りが出てくる。どこから獲って来るのかよくわからない。揚子江のそばだから、揚子江から直接獲るのか、あるいは揚子江の支流か、あるいはそれにつながる沼などから獲って来るのだろうと思うが、大きなカニで、食べてみるとたしかにおいしい。私の尊敬している豊島与志雄さん、彼は詩人の魂を持った立派な作家だったが、酒が好きで、時々上海へいらしていたようだが、それは戦前からのことで、上海になぜ来られるのかというと、酒もうまいが、何といっても季節のカニがおいしいので、それを食べに来るのだと、冗談のように私に打ちあけられたことがある。それほど上海で食べるカニはおいしい。」
次に池田君が登場します。
「池田克己が上海にいた。・・池田君は私と初めて会った日に、うすぎたない路地の小料理屋へ私を連れて行ってくれた。その途中で、池田君がカニ売りからカニを買った。カニ売りといっても、道ばたに立っていて、生きたままのカニを一匹づつ縄にしばってよこす。池田君は私よりも前から上海にいたので、非常になれたもので、カニを四匹ばかり買って小料理屋にはいり、その店でゆでてもらって、のみながら食った。池田君は、私が南京で聞いた、戦争の年のカニはおいしいという口承を知らなかったと思う。私はそのことを池田君にはかくしていた。」
そうして詩「伝説」の話がでてきます。
「日本へ帰ってきて、昭和30年、終戦から10年たったわけですが、ある日不意に『伝説』のイメージが生まれた。・・私としてはそういう戦争中の体験がなければこの詩はできなかったと思う・・」

さてそれでは、詩「伝説」を以下に引用してみたいと思います。

  湖から
  蟹が這いあがってくると
  わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
  山をこえて
  市場の
  石ころだらけの道に立つ

  蟹を食うひともあるのだ

  縄につるされ
  毛の生えた十本の脚で
  空を搔きむしりながら
  蟹は銭になり
  わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
  山をこえて
  湖のほとりにかえる

  ここは
  草も枯れ
  風はつめたく
  わたくしたちの小屋は灯をともさぬ

  くらやみのなかでわたくしたちは
  わたくしたちのちちははの思い出を
  くりかえし
  くりかえし
  わたくしたちのこどもにつたえる
  わたくしたちのちちははも
  わたくしたちのように
  この湖の蟹をとらえ
  あの山をこえ
  ひとにぎりの米と塩をもちかえり
  わたくしたちのために
  熱いお粥をたいてくれたのだった

  わたくしたちはやがてまた
  わたくしたちのちちははのように
  痩せほそったちいさなからだを
  かるく
  かるく
  湖にすてにゆくだろう
  そしてわたくしたちのぬけがらを
  蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
  むかし
  わたくしたちのちちははのぬけがらを
  あとかたもなく食いつくしたように

  ・・・・・
  ・・・・・

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2 コメント

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「かくしていた」ということは (ほんねこ)
2007-07-07 13:51:40
拙ブログを取りあげてくださりありがとうございました。
私のブログで足りなかったところを、ド真ん中から撃ち抜かれたような思いです。
「かくしていた」ということは口にするのがはばかられたということですが、それは日本人の間でのことで、これが中国人どうしだと大して気にもとめず「戦争の年のカニはうまい」と平気でむしゃむしゃやってそうです。そのあたりの相違をちょっと考えました。
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ときどき。 (和田浦海岸)
2007-07-07 18:41:44
本来なら「書迷博客」へとコメントしておけばよいのでしょうが、引用が長くなりそうなので、こちらに書きました。それにしても、関東大震災から上海蟹までつながるという、ほんねこさんの筋道、堪能しました。この楽しみは、何だかレビュージャパンの総合掲示板(BBS)に書き込みをしていた時のことを、ちらりと思い浮かべたりしました。
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