和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

それじゃ、これから。

2022-02-11 | 本棚並べ
岩波現代文庫に「増補 幸田文対話(下)」。
そこに、西岡常一との対談「檜が語りかける」があります。

うん。読んで、これをどう紹介しようと思っていたら、
中学校の国語教科書にあった木下順三の『夕鶴』が思い浮かびました。

はい。手元にないので、ちょっとうる覚えなんですが、
たしか、つうが、与ひょうの言葉に
『何を喋っているの』とか『聞こえない』とか
いう場面があったような気がします。

なんだろうなあ。幸田文・西岡常一の対談は、
おとぎ話を読んだような。そんな気分にさせてくれるのでした。

西岡氏が
『ボツボツ頭のはげかかるころとなって、
 おじいさんの意図が、ようやくわかったわけです』(p250)

幸田文は
『・・あたしは六十を過ぎてから樹木に心をよせはじめたんです
・・・六十歳になって、娘も結婚し、孫もでき、さて老後へと
一段落したときに、もう一ぺん芽を吹いて、それじゃ、これから
少し木を見てみようかっていうことになったんです。
 ・・・・
一度土におろした種って、相当いのち強く生きていて、
いつか芽になるものなんですね。
それでまあ、ぼつぼつと見始めたところへ、
法輪寺の塔建築があったわけです。それで・・・」(p252~253)

このあとに、檜のくせの話がつづくのですが、
そして重要なのですが、ここでははぶきます。
法輪寺の塔の起工式というのが語られていました。

西岡】 大事ですな。われわれが起工式に祝詞をあげますけども、
これは天地自然を皆、神様と考えて、火の神、山の神、水の神
というものを皆拝んで、ヒノキとして生まれたこの木を
お堂の柱として生まれかわらせていただく、
木の命をお堂の命として賜りたい、そういうことを願うんです。
それが式なんです。
このごろは形だけになってしまいましたけれども、
本来はそうなんです。
  ・・・・・

ええ、法隆寺の大修理は終わりましたけれども、
軸部の木は六割までは残っています。
軒先の風雨にさらされるところはかえましたけれども、
軸部のはりとか、けたとかいう大事なものは全部残っています。
これから千年ぐらいは大丈夫やと思いますな。・・・・


はい。こうして引用していると、
むかし話というよりは、神話に近づいてゆくような
そんな気分に導かれてゆきます。
ここは、引用しておきたいと思ったのは掃除の箇所でした。

幸田】 そうですね。起工式って、さっきおっしゃったけど、
式後、最初の作業が、掃除から始まったのはほんとびっくりしました。
・・塔工事の最初の仕事につながるとは・・・

モウモウと土埃がたって、掃除しましたね。
あたし茫然として見てたら、お寺さんが、
あなたも記念にやってくださいって。
でも、いかんとも驚いて見てたんですわ。

西岡】 まず掃除。神様が降りてくるのやから・・・。

幸田】 それでまた明治の教育ですけど、掃除っていうのは、
きれいにするというより、不潔神を払うことだというんですね。
祖母からも父からも、そう教えられました。  (p262~263)


はい。噛みしめれば味わいがひろがって、
60歳を過ぎた方にお薦めしたいおとぎ話。
夢のような、対談だなあと思えてきます。


最後に、幸田文の年譜を引用しておくことに。

1963年(昭和38年)59歳
   ・・・7月、新潟県松之山の地すべりをニュース番組で
   見て現地に入る。小説化をめざしたが、規模の大きさに
   圧倒され断念。

1965年(昭和40年)61歳
   ・・・7月、三重塔再建をめざしていた斑鳩法輪寺を訪れる。

1971年(昭和46年)67歳
   1月、『学鐙』に『木』を204回連載(昭和59年まで)
   8月、『中央公論』に『法輪寺の塔』を発表。
   この年、各所で法輪寺に関する講演を行う。

1974年(昭和49年)70歳
   11月10日、法輪寺三重塔上棟式に列席。

1976年(昭和51年)72歳
   11月、『婦人之友』に『崩れ』を連載(翌年12月完結)。

1977年(昭和52年)73歳
   1月、西岡常一との対談『檜が語りかける』

1988年(昭和63年)84歳
   5月、脳溢血で倒れ、自宅で療養。
1990年(平成2年)86歳
   10月29日、心筋梗塞の発作を起こし、
     31日午前3時40分、心不全のため死去。

1991年(平成3年)没後1年
   10月、講談社より『崩れ』が刊行され、
      幸田文ブームが起こる。

  ( 「KAWADE夢ムック 幸田文没後10年」の年譜より )


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4 コメント

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Unknown (びこ)
2022-02-11 14:08:26
幸田文さんの『崩れ』は、ずいぶん以前に読みました。年譜を見させてもらっていますと、かなり高齢まで頑張っておられますね。なんだか元気がいただけました。ありがとうございました。
返信する
それじゃ、これから。 (和田浦海岸)
2022-02-11 14:53:36
こんにちは。びこさん。

毎回、コメントをいただき
ありがとうございます。

そうですか、びこさんも
『崩れ』を読んだのですね。
そして『木』もありました。

いまからなら、別の読み方が
できそうな、気がしてきます。
返信する
Unknown (しゃちくん)
2022-02-11 15:42:20
西岡常一棟梁の著作を読んだことがあります。
法隆寺の五重塔を修繕する時に建物の高さについて建設時は現存する建物よりもかなり高かったと学者たちと意見が対立した話が為になりましたね。
返信する
棟梁。 (和田浦海岸)
2022-02-11 15:51:42
こんにちは。しゃちくんさん。

私は西岡常一氏の本は未読です。
しゃちくんさんは、棟梁というと
直接的なイメージを持たれている
のだろうなあ。

これを、キッカケにして。
棟梁ということでつぎの、
ブログの題が決まります。
返信する

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