和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

吾輩。

2010-06-18 | 短文紹介
古本屋に注文してあった
内田百門(門の中は月)著「贋作吾輩は猫である」(旺文社文庫)が届きました。
とりあえず、さっそく最後にかかれている平山三郎氏の雑記を読んでみました。

そこに、昭和22年の対談が引用してあります。
内田氏と辰野隆氏。あとは司会進行の河盛好蔵氏。

【司会】 若いときいちばん愛読されたものは・・・。
【内田】 それは「猫」だ。
【辰野】 ぼくは「猫」はいまでも読んでおもしろいね。
【内田】 そうだ。

「さて、ヒャッケン先生の贋作「猫」は漱石の真作「猫」十一章の終ったところから始まる。」
    こんな指摘も拾い上げておりました。

「森銑三氏は『明治東京逸聞史』中「吾輩」という項で漱石の「猫」についてこう書いていられる。
『書名に用いられた「吾輩」の語は、政談演説に大勢に呼びかける演説家の匂いが多分にする。それだけに明治も三十年台の末頃には、その語も下火になりかけていたろうと思われるが、その「吾輩」を名なしの猫が使って、自ら高く標榜したところに、いうべからざるおかしみがある。』

   ちなみに、私が気になったのは、この箇所。

「自刻自刷の版画家・風船画伯。・・・・
風船画伯が版画の谷中安規であることは云うまでもない。『例の通り、地獄から火を取りに来た様な顔をして』とか、『蝋燭が消えかかつた様な声』とか、まったくタニナカ安規を彷彿と思い出させる。安規画伯は二十一年秋に急逝したが、百鬼園先生のなかでいきいきと喋っている。『贋作・猫』のなかでもっとも生彩をはなっているのは五沙彌入道とその風船画伯の会話・問答ではないかとわたしは思うのだ。」

   うん、これは読むのが楽しみになってきました。
   
ところで、平川祐弘氏の本が、本棚にありました。
「日本をいかに説明するか 文化の三点測量」(葦書房)。
そこを何気なく、ぱらぱらめくると、夏目漱石の「吾輩は猫である」についての文が載っている。そのはじまりは

「漱石で好きなのは『坊つちやん』『吾輩は猫である』小品・手紙の類だ。・・・実人生をよく生きた人間・・を描けなかったという気がしてならない。『猫』で実業家非難の気焔をあげているうちは御愛嬌だが、後年の小説中に実の人がきちんと描けていないのは国民作家として物足りない。年配の読者が漱石より鴎外を好む所以もそこにある。『猫』ははじめ円本に収められた三章まで読んだ。小学四年に読み出した時も、中学生の時も、高校生の時も、大学生の時も、読むたびに新発見があって愉快だった。漱石は頭の回転が速くて自在だから、文章が躍動していて楽しい。・・・」(p338~341)

「実は私は漱石の夫婦愛が出ている作品は『猫』が一番ではないかと思う。主人が悪寒(おかん)がして妻君を歌舞伎座へ連れて行き損ねた話は妻君を笑い物にしているようで、どうして愛情がある。夏目鏡子述『漱石の思ひ出』も『猫』執筆時を語るあたりは、家で起きたある事ない事を作中に書きこんでいった夫を伝えて語りやはり情愛がある。それに作中の『吾輩』の三毛子に対する愛情にもいかにも人情がこもっている。・・」


 とりあえず、犬もあるけば『猫』にあたるような引用となりました。
コメント
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