ruruBの極楽な日々

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特別展「龍馬伝」

2010-05-27 22:06:57 | 展覧会


両国の江戸東京博物館でやっている「龍馬伝」に行ってきた。

テレビはあまり見ないのでのだけど、NHKでやっている龍馬伝だけは毎週欠かさず観ている。
おもしろいよね!

友達Hと両国駅で待ち合わせて特別展の会場に着くと、平日の昼間だっていうのにすごく混雑していて
ビックリ。やっぱり人気なんだね。年齢層はかなり高めだ。

龍馬の刀や数々の手紙、写真、それに暗殺された「近江屋」の部屋が再現されていたり、となかなか見応えがあった。

それから、先週、収二郎さんの切腹が放映されたが、その辞世の句もあった。

展示物は、ガラスのショーケースに入った手紙類が多かったので、混雑している中でひと通り見るのには
けっこう時間がかかった。出口まで来て「2時間くらいは会場にいたかな」と思ったら、いつのまにか
3時間も経過していた。ひえぇ~~

でもホント、色々興味深かったし、おもしろかった。

友達Hも言っていたけれど、架空の人ではなく、現実に存在した人であり、その人のものが残っているというのは
いいね。かえって、想像力が刺激されて興味が尽きない。

平日でこれほど混んでいるのだから、週末は大変だろうな~

今日の龍馬伝では(5/30)、お龍さんが初登場していたけれど、そのお龍さんのことを土佐の乙女姉さんに
長々と紹介する手紙も展示されていた。

この時期に龍馬伝って、今の日本という国にとてもタイムリーなのではないかと思う。

日本人でありながら、日本をないがしろにする、愛国心に乏しい、???な人が政界でも幅をきかせている昨今、
「目覚めよ、日本人」というメッセージが込められている気がする。

龍馬のような日本人そのもののメンタリティー、大和魂を思い出せ、とね。




まん中が龍馬


左から3人目







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マネとモダン・アート展

2010-04-24 21:36:52 | 展覧会


友達Pちゃんに誘ってもらって「マネとモダン・アート展」に行ってきた。

JR有楽町で待ち合わせて国際フォーラムの中でランチを食べ、有楽町駅から5分くらい歩いて、
美術館のある丸の内ブリックスクエアに着いた。



三菱一号館美術館は、1894年に丸の内に建造されたのイギリス建築のオフィスビルを復元して作られている。

外観がカッコよくていい感じ。背景に近代的な高層ビルが並んでいるのもなかなかおもしろい。

建物の中庭は緑あふれる庭園になっている。






美術館の入り口も中庭にあった。




美術館2階の窓から中庭を見下ろしたところ。




イギリス風~~


そしてマネの絵。




スペインの踊り子。

マネは良家のボンボンとして生まれ、それまでの美術界の常識をくつがえす革命児となった。
ただ、当時の美術界においては風当たりが強く、ボロクソにけなされていたらしい。
この作品は「色のごった煮」と言われていたそうだ。



小説家エミール・ゾラ。バックに日本の絵、自分の絵(右上)を描いている。




この絵もかなりたたかれたらしい。それまでは裸体は神的な存在としてだけ描かれ、こんなふうに生身の人間として
描くのはタブーだったそうだ。
でもまぁ、ピクニックしながら女性だけ裸って、なんかヘンよね。






“すみれの花束をつけたベルト・モリゾ”

この絵のモデル、ベルト・モリゾはのちにマネの弟と結婚した。
妻子持ちのマネとの間に秘められた恋があったかもしれない…そうだ。




“ラテュイユ親父の店”

Pちゃんが「この人がラテュイユ親父かな?」って言ったけど、違うと思う。向こうに立ってるのは
ウェイターだろうし、主の親父はここにはいないのでは?




“秋(メリーローランの肖像)”

バックにあるのは日本の着物だそうだ。たしかに菊の花やツクシなどの植物が描かれていた。




“浜辺にて”


マネの絵もすごくよかったけれど、その絵をさらに引き立ててくれたのが三菱一号館美術館というロケーション。

1~3階までの小部屋に分かれて展示されていて、その各部屋にマントルピースがあったり
床が
落ち着いたこげ茶色のフローリングだったり、なんとも雰囲気がいいのだ。

この美術館、いいね、気に入った~


Pちゃんは着物を着てきていて、すごくステキだった。え~な~。着物も。


絵を観たあと、1丁目のほうまで歩いて、久しぶりにアンティークモールへ行った。

まず地下のカフェでお茶を飲み、アンティークモール内のお店をブラブラして、さらに有楽町で
お茶を飲んで帰ってきた。

今日も充実した一日だったな。




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土偶展

2010-02-05 23:00:55 | 展覧会


土偶展に行って来た。

数日前、上野の国立博物館で12月から土偶展をやっていることを初めて知った。
昨年の秋、日本中から集められた国宝3体を含む67体の土偶が、イギリスの大英博物館で
「The Power of Dogu」というイベントをこなし、8万人が観たという。その帰国記念の展覧会である。

私は昔から遮光器土偶が好きだったが、実物は観たことがなかった。
前に一度、国立博物館へ行き、遮光器土偶が常設されていると知らずに帰ってきたことがあった。
そして昨年、伊勢神宮展へ行ったときに尋ねると「展示されていない」とのことだった。きっと渡航の準備中だったのね。

そんな私がこの土偶展の情報はまったく知らずにいた。でも開催中に知ってよかった。

土偶は、今から1万3000年~2300年くらい前の縄文時代に作られ、これまでに17000~18000体発掘されているそうだ。
その土偶のスターちゅうのスター、スーパースターが勢ぞろいしているのだ。これは観に行かねば!

そもそも1万3000年前って…、クラクラするくらい大昔だよね、古代エジプトより古い。

先に土偶展に行った人たちは「どの土偶もオーラが半端ない」「元気をもらった」と絶賛していた。

かなり人気で土日は並ぶというし、平日も午後は混むというので「どうかな」と思ったのだが
私の行った3時ごろでもほどほどの混み具合で快適に見られた。



最初にあった土偶。逆三角形の防具みたいな仮面をつけ、頭には鋼鉄製のような模様のある帽子をかぶっている。




入り口からしばらく行ったところにあったみみずく土偶。この土偶を最初に観たとき、子どものようなキンキン声で
「ボクちゃんね~、ペラペラ…」とまくしたてるように話しかけてきた気がした。




千葉で出土された手首を反らせている小さな土偶。かわいいっ!
この土偶と同じケースにハート型の顔をした土偶があったのだけど(ネットで写真を探したけど見つからなかった)
その土偶を見たとき、不思議な感覚に襲われた。

そのとき私は、ほかの見学客(年配のおばあさんが多かった)数人で無言でじろじろと土偶を見ていたのだが
その瞬間、土偶と私たちの立場が入れ替わった気がした。
土偶が、実は大きなショーケースに入った私たちをジーッと観ているように感じたのだ。
つまり見られているのは土偶ではなくて私たちなのだという感覚。
まぁ、土偶にしてみれば「色んな人が来て飽きないなぁ、この前なんか外国行っちゃったし~」なんて
動かずして巨大な動物園を見ているようなものかもしれないな。



有名なハート型の顔の土偶。ハートの下端の丸い穴が口だとしたら「ホヘ?」みたいにとぼけている。
ホントにおもしろい造形だよね~。




岡本太郎の「太陽の塔」みたい。




つり目の顔がくっついている壺。




踊る女性の壺。アニメっぽくデフォルメされている。しかも指はほかの土偶にも多く見られるように3本しかない。




かなり大きくてパワフルな壺。惹きつけられた。4人の人間が手をつないでいる様子が描かれているらしい。
そう言われるとそう見えるかな。人間がエネルギーの流れのような形で描かれている。






仮面と動物のケースにあった2つ。最初のはイノシシだけど、次のよくわからないらしい。
亀説が有力だそうだけど少なくとも亀じゃないでしょう。




「縄文のビーナス」と呼ばれる国宝土偶。頭の上が平たく、そこに渦巻き模様が描かれている。
人気らしいけど、私はとくに。




これも国宝の中空土偶。前にブログで紹介した函館観光CMに出演していた土偶だ。
この土偶を見るたびに福岡に住む昔からの友達、I君を思い出す。顔が似ているのだ。
それにしてもこの土偶、肩パッドやひざ当て、ベルトつきの服を着ているようにしか見えないよね。




さらに国宝、体育すわりの合掌土偶。




そしてついに、遮光器土偶に対面した。思っていたより大きい。ほかの土偶と色合いが違う。
ゴーグルをつけてちょっとふてくされたように下唇を突き出しているように見える。
じっと見たけど寡黙で何も語りかけて来なかった。




鼻から口にかけてネコみたいなの。しかも3本指。ネコ人間か、宇宙人だね。




この土偶も不思議な形。「何かの精霊をあらわしている」と説明文に書かれていたけど、それは違うでしょう。
少なくとも精霊ではないと思う。

あ~、おもしろかった! そう広くないひと部屋だけの展覧会だったけど、じっくり見ていたら1時間半以上かかった。

はるか昔の縄文時代に土をこねこねしてこれらの土偶を作った日本人の祖先がいた。
なにを考え何のために作ったのか、真実はわからない。想像するしかない。
でも存在している現物はすべてを知っている。そして言葉にならない声で語りかけてくる。
それがパワーとなって伝わってくる。
「オーラが半端ない」「元気になった」っていうのはそういうことなんだと思う。

いや、本当におもしろいから。21日までやっているよ。

遅くなったが、帰りに父のところへ寄った。
おみやげに西通りプリンを買っていったら夕食前でお腹がすいていたのか、30秒くらいで食べてしまった(笑)

そうそう、土偶展の帰りに絵ハガキを買ってガチャガチャをやった。
みみずく土偶か遮光器土偶が出るといいな、と願いつつ。すると出たのはハニワだった…。悲しい。


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オルセー美術館展

2009-11-03 22:34:26 | 展覧会

更新をずっとさぼっていたら友達に言われた。

「いつ見に来てもずっとブルガリ」

あわわ、ごめんなさ~い。

まめに更新しないとだめだね、ためるとどんどん面倒になってしまう。

10月の後半は友達の音楽の発表会があったり、親戚が結婚の報告に来たり、宮崎から知り合いが遊びに来たり、色々あったんだけど、あまりに時間がたったので、ご報告だけ。


今日、文化の日は友達Pちゃんとオルセー美術館に行ってきた。

まず渋谷で待ち合わせて西武の上の中華屋さんでランチした。



手前のオレンジ色のはフカヒレスープ。

渋谷から半蔵門線で用賀、そこからバスで世田谷美術館へ。



今回のオルセー美術館展は絵画ではなく、美術品がメイン。



アールヌーボーのデザインの家具や小物、装飾品などが展示されていた。



シャンデリア。



角に繊細な彫りが施されている扇子。



婦人用の机。

どんなものにも当時の職人技が光っている。美しいものはいいぇ。

まぁ、こういうデコラティブなものに囲まれて暮らしたいかと問われるとそうではないのだけどね。

Pちゃんのお友達が自由が丘でアンティークジュエリーショップをやっているというので、田園調布経由で自由が丘にまわった。

喉が渇いたのでまずダロワイヨでお茶をした。



モンブランのケーキがおいしかった。

それからお店へ行ったのだが、Pちゃんとそのお友達が会うのは何年かぶり、すごく久しぶりなんだって。Pちゃんは「前と感じが変わった、垢ぬけた」とほめられていた。

うん、私もそう思った。ちゃんと自分のことやおしゃれに気を使っている。

反省した。自分のことって、意識しないととたんにずさんになるのね。

最近の私はおしゃれにちっとも気を使っていない。

知らない間にころがり落ちてる気がする。いかん。

おしゃれは自分をよりよく演出するもの、大切だよ~。

するかしないかで人生に巡ってくるものも違ってくる気がするの。



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汐留で昭和三昧

2009-09-23 22:48:04 | 展覧会

連休の最終日は友達Hと汐留に行った。

先週友達Fがアド・ミュージアムでやっている「広告跳躍時代~昭和の広告展Ⅲ」に行き絶賛していたので、私たちも見ることにしたのだ。

まずお昼を食べた。汐留シティセンタービルの「オレゴン・バー&グリル」。前日にネットでチェックしておいたんだ~



42Fだから見晴らしがいい。メインは魚か肉から選び、サラダとデザート、ドリンク類がブッフェになっている。お値段もリーズナブル。



デザート。

食後に取りだしたのはおとといのファントムといっしょに測り売りで買った小さな水晶たち。4個買ったからHに一個あげようと思って持ってきたのだ。



Hが選んだのは、ダッフィーが持っている向かって右側の水晶。この水晶からHは呼ばれたらしい。Hが家に持っている水晶と形が似ているそうだよ。

ダッフィー、初めて見た。Hはこの前ディズニーシーに行ったのだが、最近のディズニーシーにはこのダッフィーのぬいぐるみを持って歩いている人があふれているんだそうだ。
ダッフィーって、船に乗るミッキーがさびしくないようにミニーがあげたテディベアなんだってね。

それからアド・ミュージアムへ行った。



1970~80年代のテレビCM、ポスター、チラシなどの広告、当時のなつかしいものなどが展示されている。

当時のヒットCMを次々と手掛けていた元電通社員のトークショーもあって興味深かった。

商品を売るのにハッピーな部分だけでCMを作るときれいごとのようで嘘っぽくなってしまう。そこへネガティブな要素を少しだけ入れるとぐっとリアリティが出て人心をつかむCMになる、みたいな話があり、なるほど、と思った。

何でもそうだよね。文章や芝居でも。薔薇には少々の毒の部分があるからあそこまで美しいっていうのと同じかな。深い。

当時のものに接すると記憶の扉が次々に開き「あ~、これ、あった!」「そうそう、思いだしたよ~」と興奮状態になり、なつかしくて楽しくて2時間以上はいたと思う。

「なつかしい」で思い出したのは友達Fさんのこと。
Fさんは昔から「過去をなつかしむ」という感覚がないんだそう。というよりもともと感覚がないから「なつかしい」っていうのがどういうことなのかよくわからないんだと言っていた。

ひょえ~~、そうなんだね。
Fさんに「『なつかしい』っていうのはね、そのころのことを思い出すとちょっとせつないんだけどうれしい、っていう感覚だよ」と言ったのだけど、いまいちわかっていない表情だった。昔の何を思い出しても彼女はとくにうれしくはないんだそうだ。

ただ、私にもわからなくなってしまった感覚がある。「さびしい」っていう感覚だ。
昔はね、私はひと一倍さびしがりだったと思う。ところが今は「さびしい」って感じることがない。「さびしい」っていうのがどういう感覚なのかも忘れちゃった。思い出せない。いつからこうなったかもわからない。たぶんこの10年ほどの間の「いつからか」なんだろうけど。

「なつかしい」っていう感覚のわからないFさんは(私より数歳年上)未だにものすごくさびしいんだって。ああっ、わからない。そのさびしいっていう気持ち。

要するに「さびしい」っていうのは自分に「何かが足りていない」「欠けている」って感じてしまうことなんだろうか。もちろん物質的ものではなく精神的なものだろう。

ということは「さびしい」感覚のない私は「足りているのか」?

うん、ちょっと違うな。さびしい気持ちはないけれど、孤独は孤独としてあるんだよね。私にも。
だけど孤独は避けられる、あるいは避けるべきことじゃなくて「孤独は避けられない」「だから孤独でいいんだ」と魂から納得しちゃったんだろうな。いつのころからか。孤独の自然な完全肯定、なのかな。

だから孤独を補う何かを自分の周りに望んだり求めたりしなくなった。
それで「さびしい」っていう感覚がなくなったんじゃなかろうか。

広告展を見たあと、新橋の中華屋さんで早めの夕食を食べ、銀座までブラブラ歩いて、石屋さんを2軒ほどのぞき、甘いものを食べた。



紅芋パフェ。紅芋モンブランの中はバニラアイス。器の半分から上はカステラとラズベリージャム、半分から下はプリンだった。

迷った末、メニューに「毎年シーズンには大人気」と書いてあったこれにして大正解。

本当においしかった! 

幸せ。





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YouTubeにはなつかしいCM集がいっぱい出てるね。は~、なつかしい。