どうでもいいです、の話

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保守記事.19 本当の「劇団ひとり」

2006-08-16 17:08:29 | 記事保守
カナダ発『スター・ウォーズ』一人芝居

[エディンバラ 8日 ロイター] 俳優のチャールズ・ロスは最初、カナダの田舎にある農場で銀河のはるか彼方へ と旅立った。彼はフォースの加護のもと、『スター・ウォーズ』三部作をひとりで演じるショウをアメリカ中の映画ファンの集いで上演しており、これまでの総 観客数は3万人にのぼる。

現在このカナダ人俳優は、エディンバラ国際芸術祭で60分間の作品を毎晩上演している。彼はひとりですべての登場人物を演じ、音楽を歌って、宇宙船を飛ばし、戦闘をする。

彼は黒いジャンプスーツ姿で落ち着きのない男子学生のように跳ねまわり、物語をよく知っているがもう一度ビデオを見る気はしない『スター・ウォーズ』最初の三部作のファンに最高の娯楽を提供している。

「僕は11歳になるまでに、この映画をバカみたいな回数見ていました」と、ロスは語る。

「僕 たちはブリティッシュコロンビアの農場に住んでいました。テレビの電波は入らず、僕が持っていたのはビデオだけでした。スター・ウォーズは僕の人生におけ る背景音のようになりました。それはラジオのジングルのように頭に入ってきました。僕はそれを覚えて、再び吐き出すことができるようになったのです」

2作目と3作目が発表され、少なくとも20回ずつ鑑賞したそうだ。

ロスさんは現在32歳。名作映画をひとくちサイズに凝縮してパフォーマンス作品にするのが、彼の本職になった。彼は『指輪物語』ショウも制作している。

「僕は自分が演劇の学位を取ったとき、こういうことになるとは思っていませんでした。はじめ、これは20分の小さな失敗作でした。僕は観客がプロットを理解できるとは思っていませんでした」

『スター・ウォーズ』サーガの創造者ジョージ・ルーカスは作品を気に入り、ロスに使用許可を与えて、ファンの集いに出演するよう依頼した。

「ファンというのは何か魅惑的で、悲しく、偉大なところがあります」とロスは語る。

このSF叙事詩の魅力とは何だろう?

「最初の3作品は、どこからともなく現れたダイヤモンドの原石でした」と彼は言う。

「これは『指輪物語』タイプの物語です。取るに足らない人物が、自らの重要性に目覚めるのです。絶対的なもの、白と黒、善と悪についての物語です」

ロスは、自分の経歴が風変わりなものであることを認めている。

「自分は原作映画の制作に関わっていませんから、“いかさま師”のような気分ですが……。登場人物は漫画のようですが、しかしそれぞれに一粒の真実があり、引き込まれるのです」


保守記事.17-2 まだまだつづく、 「靖国問題」問題

2006-08-16 09:55:33 | 記事保守
小泉首相、参拝は「まさに心の問題」 (朝日新聞) - goo ニュース

小泉首相が15日の靖国神社に参拝後、首相官邸で記者団に説明した。

 「過去5年間の私の靖国参拝に対する批判は3点に要約される。一つは中国、韓国が不愉快な思いをしているから、やめろという意見。私は日中、日韓 友好論者だ。一つの意見の違いがあると首脳会談を行わないことがいいのかどうか。私を批判する方は、つきつめれば中国、韓国が不快に思うことはやるなとい うことだ。もし、私が一つの問題で不愉快な思いをしたから中国、韓国と首脳会談を行わない、と言ったらどちらを批判するか。

 もうひとつは、A級戦犯が合祀されているから行っちゃいかんという議論。私は特定の人に対して参拝しているんじゃない。一部で許せない人がいるか ら、圧倒的多数の戦没者の方々に対して哀悼の念を持って参拝するのがなぜ悪いのか。私はA級戦犯のために行っているんじゃない。

 第3点は憲法違反だから、参拝をしちゃいかんと。憲法第19条、思想および良心の自由は、これを侵してはならない。これをどう考えるか。まさに心の問題」

 ――なぜ8月15日を選んだのか

 最初、多くの方々が8月15日だけはやめてくれといい、あえて15日を避けて参拝してきた。しかし、8月15日を避けても、いつも批判、反発、そ してこの問題を大きく取り上げようとする勢力、変わらない。いつ行っても同じです。ならば私はこれから戦没者墓苑にお参りする。戦没者の追悼式にも出席す る。適切な日だなと判断した。

 ――2回目の参拝では終戦記念日にこだわるのは意に反するとしたが、その所感と矛盾するのでは

 矛盾しません。いつ行っても問題にして、混乱にしようとする勢力がある。それはもう仕方ない。いけないと言ったって日本では言論の自由が認められているから、どうにもならない。むしろこだわっているのはマスコミじゃないか。あるいは私に反対する方々じゃないか。

 ――靖国に合祀されているA級戦犯の戦争責任をどう考えるか?

 戦争の責任をとって戦犯として刑を受けているわけでしょ。ご本人たちも認めているし、それはあると思うが、それとこれとは別だ。特定の人のために参拝しているんじゃない。戦没者全体に対して哀悼の念を表するために参拝している。


「なぜ首相参拝がいけない?」 靖国に若者たち (朝日新聞) - goo ニュース

 終戦記念日。小泉首相の参拝で揺れた靖国神社は15日、若い世代の姿が目立った。戦争、戦死、天皇、国家、追悼、戦犯……。重い言葉を連想させる場所はこの日、いつもとは違う表情を見せた。

 午前7時45分。小泉首相が本殿で参拝をしていた時、拝殿前の参道に集まった参拝客の多くは、片手を高く上げた若者たちだった。手にしているのはカメラ付き携帯電話かデジタルカメラだ。

 「こっちにはこないの」「えー」。首相の参拝が終わると、そのまま参拝せずにきびすを返す若者も少なくなかった。

 Tシャツ、ジーンズ、キャップ、茶髪。見た目は、渋谷や新宿などにいる若者たちの姿と何も変わらない。誰とも口をきかず、1人で足早に参拝する姿も目立つ。

 「どうして首相が靖国神社に参拝してはいけないんですか」。27歳の会社員は、逆に問い返してきた。「国のために命を捨てた人を、国の指導者が追悼するのは当然じゃないですか」

 ダークスーツ、羽織袴(はおりはかま)、ジーンズ……。午前11時過ぎ、大村益次郎の銅像がある一角に、様々な服装をした若者たちが集まった。初対面らしく、自己紹介をして頭を下げている。

 「国を思い、先祖を思う。正しい方法で粛々と靖国参拝する」「参加者の史観、思想信条は問いません」。掲示板サイト「2ちゃんねる」で、前日の未明に集合場所や時間が書き込まれていた。ネット上ではなく、現実社会で集まる「オフ会」。30人を超した。

 初めて顔を合わせた若者たちが、一つの固まりになって移動する。呼びかけ人は「本日は取材はお断りしています」。

 靖国問題を巡る度重なる報道が、若者と神社を結びつけた面もある。

 仙台市の女子高生(16)は連日のニュースが気になり、夏休みの家族旅行の途中に「一度行ってみたい」と母親に頼んで靖国神社に連れてきてもらった。初の参拝は「予想以上に多くの人が来ていてなんか感激したし、戦争で死んだ人に私も追悼の声をかけてあげたいと思った」。

 靖国神社には、国のために戦って命を落とした人たちを顕彰する「遊就館」がある。先の戦争を「自存自衛のための戦い」と位置づける戦争博物館だ。 東京都町田市の私立高校に通う3年男子(18)は後輩たち4人と訪れた。仲間内で憲法9条が話題になったことをきっかけに、携帯電話でメールを回してこの 日の訪問を決めたという。

 初めての遊就館は、過去に訪ねた広島市の平和記念資料館とは雰囲気が違った。「ここに来て、『戦争って格好いい』って思う人がいたら怖い」

 この朝、東京都府中市の女子大生(22)は友人と午前5時に家を出て、到着殿前で小泉首相を待った。「連日、これだけマスコミで騒ぎになっている ので、歴史的な瞬間に立ち会いたいと思って来ました」。参拝について言った。「終戦記念日に公式に参拝するのは、どうかと思う」

    ◇

 靖国神社からほど近い千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)には、約35万人の無名戦没者の遺骨が眠る。献花が続く午前11時25分、小泉首相が姿を見せた。

 拍手と批判の声が交じるなか、元会社役員太田康一郎さん(79)は「(靖国参拝は)よくやってくれた。戦争は賛美しないが、友たちの犠牲の上に、今の平和がある。それを忘れてはいけない」と話した。

 首相がかつて足を運び、涙した鹿児島県知覧町の知覧特攻平和会館。太平洋戦争末期に戦死した特攻隊員を慰霊し、遺書などを展示する。妻ら家族10 人と訪れていた佐賀市の森永俊吾さん(86)は首相に苦言を呈した。「やめてほしい。日を変えるとかした方がよかったのではないか」

 広島県呉市の大和ミュージアム(市海事歴史科学館)の入館者は昨年4月のオープン後、すでに約217万人を記録。大和の乗組員の遺書の展示もあるが、人気の的は戦艦大和の10分の1の模型だ。

 家族で大阪から見物に来た稲田雅巳さん(19)は「最後の参拝を妥協してほしくなかった」と首相を支持。一方、広島市の大学生上田裕子さん(19)は「アジアの感情を考えれば、次の首相は参拝しないで」と訴えた。

 被爆で亡くなった姉2人の冥福を祈った広島市西区の主婦(62)は「A級戦犯は原爆が使われた戦争に責任がある人々。行ってほしくなかった」とい う。従軍中のけがで帰還中に被爆した広島市中区の三浦実さん(86)は「本当に複雑」と言った。「靖国で会おう」と言って亡くなった戦友を思えば、首相に 参拝してほしい。でも、原爆でひどい目にあわされたのは誰のせいかと考えると思いは乱れる。だからこそ、「国民や周辺国に複雑な思いがあるのに、すべて自 分の『心の問題』と片づけるのはあまりに乱暴」に思えた。

 24万人余の戦没者らの名が刻まれた沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」にいた奥間功さん(72)も複雑な気持ちだった。「外国を刺激してまで行く必要があるのか。でも、戦争で命を落とした多くの人がまつられている靖国に参るのも当然だ」

 礎に伯父の名がある沖縄市の男性(63)は首相支持派だ。それでも「犠牲者と戦犯を分離する方が、首相も他の人も行きやすい」と思っている。


「あいまい戦術」の安倍氏、靖国が重責に  (朝日新聞) - goo ニュース

 小泉首相の「8・15靖国参拝」で、次期首相は中韓両国との関係改善と戦没者追悼のあり方という二つの課題を背負う。最有力候補である安倍官房長 官が4月に参拝した事実すら明言を避けるのも「あいまい戦術」により、行き詰まったアジア外交を打開するためだ。だが、首相がA級戦犯を戦争犯罪人と断じ るのに対し、安倍氏ははっきりとは認めない。国を担ううえで歴史観と戦争観はその核だ。いずれ語らざるを得なくなる。

    ◇ 

 21年前の中曽根元首相の8月15日の参拝後、歴代首相はその日の参拝を避けつつ、歴史認識については首相談話などの形でアジア諸国に歩み寄って きた。だが、そんな自民党の柔軟路線を壊したのは小泉首相だ。保守政界内では意見の割れる極東軍事裁判でのA級戦犯問題であっさりと「戦争犯罪人だ」と認 定する一方、「心の問題だ」と説明して終戦記念日の参拝を断行した。

 一方の安倍氏は小泉首相との違いを印象づけることに腐心した跡がうかがえる。4月に参拝したものの、報道陣にも知らせず、発覚した後も「参拝したか、しないかについて申し上げるつもりはない」と繰り返すのはその一例だ。

 安倍氏が態度をあいまいにするのはポスト小泉をにらみ、「外交上の配慮」(安倍氏周辺)を示すためだ。小泉首相が01年の総裁選で靖国神社参拝を 公約し、実行したことで、靖国問題は政治・外交問題化した。中韓両国との首脳外交も途絶えた。その悪影響を考えれば、参拝方針を明言することは得策ではな い。一方で安倍氏を支持する保守層を考えると、参拝見送りも明言できない。あいまい戦術は、板挟みを打開するために編み出した苦肉の策と言える。

 首相が「戦争犯罪人」と断じるA級戦犯についても見解が異なる。祖父にA級戦犯容疑者で、訴追を免れた岸信介・元首相を持つ安倍氏は「日本におい て彼らが犯罪人であるかといえば、それはそうではないということなんだろう」と答弁し、国内で「犯罪人」扱いすることを認めない。

 戦争責任についても判断を留保しがちだ。15日の記者会見で「戦争指導者の方々に一番重い責任があるのは事実だ」としつつ、「(戦争責任は)歴史家が判断することではないか」とした。

 安全保障論と密接な戦争観についても、両氏には微妙な差がある。

 首相が「二度と戦争は起こしてはならない」と繰り返し強調する「不戦の誓い」についても、安倍氏は積極的に言及したことはない。安倍氏は国防政策 に強い関心を持ち、集団的自衛権や一部の交戦権の行使にも前向きだ。「不戦の誓い」を強調しすぎると、自らの安全保障論にそぐわないとの思いがあるよう だ。

 安倍氏と首相とのこうした歴史観、戦争観の違いを懸念する声が早くも出ている。公明党幹部は15日、「小泉首相のA級戦犯についての認識は動かな いが、安倍氏は動きかねない」と指摘。首相の靖国神社参拝を批判し続けてきた自民党の加藤紘一・元幹事長も15日、「安倍さんは基本的に東京裁判を認めな いというニュアンスだ。小泉さんより、きつい靖国観だ」と語った。

 安倍氏が首相になっても、国会答弁や首脳会談で「あいまい戦術」をとり続けられるのか。

 自民党幹事長代理時代の04年11月、小泉首相の参拝について「次のリーダーも、その次のリーダーも受け継ぐことが大切だ」と語った。01年8月の講演では「大切なのは何年も連続で参拝することだ」と主張している。

 安倍支持層の中核である保守陣営は、首相就任後も靖国参拝を続けるように安倍氏に期待する。その一方で、経済界はもちろん、与党内でも、安倍氏が中韓両国との関係改善に取り組むよう期待する声が広がる。

 「闘う政治家」として政治信条を最優先するのか。それとも、「国民の声に耳を澄ます政治家」としてより現実的な路線を探っていくのか。安倍氏が首相の座に近づくほど、その選択は間近に迫ってくる。


終戦の日 首相靖国参拝 6年越し 国益守る

 小泉純一郎首相は15日、東京・九段北の靖国神社に参拝した。小泉首相の終戦記念日の参拝は初めてで、現職首相の8月15日の参拝は昭和60年の中曽根 康弘元首相以来21年ぶり。小泉首相は平成13年の自民党総裁選で終戦記念日の8月15日に参拝すると公約したが、中国の反発などへの配慮から過去5回は 別の日に参拝していた。9月の退任を控える首相は「最後の夏」に公約を果たした。
 首相は午前7時40分、小雨の降る靖国神社の到着殿前に公用車で到着した。モーニング姿の首相は「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、本殿に上がって祭壇の前で「一礼」して参拝。ポケットマネーから献花料3万円を納めた。
 就任後最初に参拝したのは13年8月13日。「8・15を避ければ中国は反発しない」という周囲の言葉に折れる形で、公約より2日前倒しで参拝した。首 相は談話で「(公約撤回は)慚愧(ざんき)に堪えない」とし、中国に譲歩したとの思いを強くにじませた。しかし、中国側の反発は収まらず、「靖国に行かな いなら首脳会談をする」(胡錦濤国家主席)とエスカレートした。
 「いつ行っても混乱させようという勢力がある。いつ行っても同じなら、今日は適切な日ではないか」。首相が参拝後、不満をこう吐露したのはこのためだ。
 首相は中国などの反発について「参拝を条件に首脳会談を行わないというのはおかしい」と反論し、いわゆるA級戦犯の合祀(ごうし)と関連づけた批判については「特定の人に参拝しているのではなく、圧倒的多数の戦没者全体のために参拝している」と説明した。
 「このまま公約を守らず政権を終えたら、中国の要求は『靖国』にとどまらなくなる。日本の国益を守る責任がある」。首相周辺は春先に、6年越しの公約実現にかける首相の思いをこう代弁していた。
 就任以来、参拝時期をめぐり筋を通せずにいた首相はついに自らの迷走劇に終止符を打ち、戦没者の慰霊・追悼の在り方はあくまで国内問題であり、中国の「外交カード」ではないという靖国問題の「本質」を内外に示した。
     ◇
【用語解説】靖国神社
 明治2年、戊辰戦争で戦死した官軍兵士らの慰霊のため「東京招魂社」として創建され、12年に靖国神社と改称した。第二次世界大戦まで日清、日露の両戦 争などで「国事に殉じた英霊」すべてを対象に合祀(ごうし)され、祭神総数は246万6000余柱。いわゆるA級戦犯については、国会決議や遺族援護法改 正を受けて「法務死」と認定された後、昭和53年に合祀された。
(産経新聞) - 8月16日8時2分更新