大きな戦争は世界市場での需給のバランスが大きく崩れることで起こる。
とうどんジムはだいたい思ってます。
さて、日本の大きな都市は城下町の占める割合がとても多い。
世界遺産の姫路城だけでなく、国宝もいくつかある。
日本と同じようにドイツもイタリアも経済的にも文化的にもまあまあだけどそれぞれの言語は通じる国が少ないので、語学教室が少ない。広がりがないので成果を発揮する場所が少なく面白くないのでしょうか。
植民地が多かった国は、自国以外にも広く文化を広めているので、使う場所が多い。
ドイツはお城観光で有名。
古くは、フランク王国がしゃきっとしなかったのか、外敵からそれぞれ周辺の領主が自分で防衛しないといけなかったので、大きなお城がたくさんできた。
イタリアもフィレンツェやベネツィアやミラノなど豊かな都市国家がいくつもあった。
フランスなんかは、ドラマの舞台でも観光でも、ベルサイユ宮とかブルボン家のつくったもの以外、あんまり聞かないような気がする。
早くから統一と中央集権化が進んだので、サロン文化も花開き、14世の時代は、重商主義を強めたとかいうので、植民地争奪もがんばったのでしょう。
結局、日独伊は、長く国内が分裂して紛争も多く、とてもじゃないけど、スペインやイギリスやフランスやオランダのように植民地なんか取りにいけなかった。
大きなお城が多いってのは、長く分裂していて統一が遅れた証拠のようなもんでしょう。
反面、首都以外にもそれなりに文化度があることの証拠にもなるかもしれません。
さて、統一が遅れて植民地を取れなかった国だが、国民の文化度が高くいったん団結したら生産力の高まりやすいところが、外国の脅威や国内の失業問題などにさらされたときに、植民地の取り分のルールを変えろや!と言いたくなるのはわかるような気はする。
生産力は上がっても、日独伊には売り場が少ない。
ドイツはビスマルクの時代にがんばったのでは遅かった?
その後も、力はあるのに発揮できず、うっぷんがたまってるので、ユダヤ人迫害のような衝動的な政策にも乗りやすかったのでは?
そうそう、食料の値上げのような国民のうっぷんがたまりやすい現象は、世論が衝動的になりやすく、政治の正常な運営にも悪影響なので良くないと思う。
日本でも、明治維新になってから世界市場に出て行ったが、ポルトガルやオランダなどは少なくとも江戸時代には、日本に植民地争奪の一環としてやってきていた。
ロシア革命後の世界市場からの撤退や、遅れてきた新興工業国日独伊の生産力の向上などが急速に、世界市場の需給のバランスを供給過多にもっていったというのも世界恐慌へのプロセスとして説明できるかもしれない。
ベルリンの壁とソ連の崩壊や、インドや中国の急成長も、湾岸戦争やイラク戦争と関係はあるような気はしてます。
街にも似たような理屈が流れているとは考えられないでしょうか?
とうどんジムはだいたい思ってます。
さて、日本の大きな都市は城下町の占める割合がとても多い。
世界遺産の姫路城だけでなく、国宝もいくつかある。
日本と同じようにドイツもイタリアも経済的にも文化的にもまあまあだけどそれぞれの言語は通じる国が少ないので、語学教室が少ない。広がりがないので成果を発揮する場所が少なく面白くないのでしょうか。
植民地が多かった国は、自国以外にも広く文化を広めているので、使う場所が多い。
ドイツはお城観光で有名。
古くは、フランク王国がしゃきっとしなかったのか、外敵からそれぞれ周辺の領主が自分で防衛しないといけなかったので、大きなお城がたくさんできた。
イタリアもフィレンツェやベネツィアやミラノなど豊かな都市国家がいくつもあった。
フランスなんかは、ドラマの舞台でも観光でも、ベルサイユ宮とかブルボン家のつくったもの以外、あんまり聞かないような気がする。
早くから統一と中央集権化が進んだので、サロン文化も花開き、14世の時代は、重商主義を強めたとかいうので、植民地争奪もがんばったのでしょう。
結局、日独伊は、長く国内が分裂して紛争も多く、とてもじゃないけど、スペインやイギリスやフランスやオランダのように植民地なんか取りにいけなかった。
大きなお城が多いってのは、長く分裂していて統一が遅れた証拠のようなもんでしょう。
反面、首都以外にもそれなりに文化度があることの証拠にもなるかもしれません。
さて、統一が遅れて植民地を取れなかった国だが、国民の文化度が高くいったん団結したら生産力の高まりやすいところが、外国の脅威や国内の失業問題などにさらされたときに、植民地の取り分のルールを変えろや!と言いたくなるのはわかるような気はする。
生産力は上がっても、日独伊には売り場が少ない。
ドイツはビスマルクの時代にがんばったのでは遅かった?
その後も、力はあるのに発揮できず、うっぷんがたまってるので、ユダヤ人迫害のような衝動的な政策にも乗りやすかったのでは?
そうそう、食料の値上げのような国民のうっぷんがたまりやすい現象は、世論が衝動的になりやすく、政治の正常な運営にも悪影響なので良くないと思う。
日本でも、明治維新になってから世界市場に出て行ったが、ポルトガルやオランダなどは少なくとも江戸時代には、日本に植民地争奪の一環としてやってきていた。
ロシア革命後の世界市場からの撤退や、遅れてきた新興工業国日独伊の生産力の向上などが急速に、世界市場の需給のバランスを供給過多にもっていったというのも世界恐慌へのプロセスとして説明できるかもしれない。
ベルリンの壁とソ連の崩壊や、インドや中国の急成長も、湾岸戦争やイラク戦争と関係はあるような気はしてます。
街にも似たような理屈が流れているとは考えられないでしょうか?