「耳閉感」と「目まい」の相談

2017年08月07日 | 治療の話

耳閉感(プールで耳に水が詰まったような感じを想像してみてください)と目まいの相談で来院されたAさん(30代男性)。

Aさんはデスクワーカー。

そんなAさんは、1か月前に右耳の難聴を発症しました。

その後、聴力は正常にもどったものの耳閉の症状がのこってしまったそうです。

病院では内耳の浮腫によるものとの診断で「メニエール病」ではないかとの指摘もあったそうですが

話を聞く限りではその線は大丈夫なようです。

その根拠は以下の通り。

Aさんのいう「めまい」はフワフワと身体が揺れるような感覚だといいます。

これを「目まい感:浮動性目まい」といいますが、

メニエール病の発作で生じる「目まい」は視界がぐるぐると回る「回転性目まい」なのです。

さらにこの「回転性目まい」が「耳鳴り」「難聴」といった聴覚障害といっしょにおこるのがメニエールの特徴です。

この点から、Aさんに「メニエール病」の線はないということが解ります。

Aさんのいう「フワフワと身体が揺れるような目まい」の原因は軽い脳貧血です。

ちょっと脱線しますが、

この「目まい感」の原因を

「耳砂障害(内耳の中にある平衡感覚をつかさどるセンサーの故障)」

としている文献も見受けます。

ですが「目まい感」の相談で「耳砂障害」を真剣にうたがうようなケースは私の診る患者さんにはむしろレアケース。

こうした「目まい感:浮動性目まい」は不良姿勢を背景とした「肩こり」や「頭痛」などの相談でよくみられるもので、

この症状の本態は不良姿勢の影響から脳幹や小脳に血液をおくる「椎骨動脈」やその先の「脳底動脈」に生じた軽度の循環不全だと考えるほうが無難です。

その証拠に、多くの「目まい感」の相談はストレートネックや猫背で頭をまえにつき出したフォーワードヘッドポスチャーといった「不良姿勢」を解消することで片が付くケースがほとんどです。

こうした結果からも、「目まい感」というものの多くは不良姿勢によって頸椎の関節が椎骨動脈を圧迫しているか、

窮屈な状況に置かれ続けた動脈が過敏性を持ってしまい一時的に攣縮してしまうか、といったことが原因して起こるのだろうと考えられるわけです。

ここまではそう怖くない話なのですが、この「目まい感:浮動性目まい」も高齢者に生じた場合は注意が必要です。

例えば、「高血圧」があって「目まい感」も続くような場合、

高齢者では脳底動脈の梗塞(動脈硬化によって血管が詰まってしまう)を生じているケースがあります。

こうしたケースでは姿勢がどうこう、肩凝りを解消してどうこう、という話ではもはやないのです。

この場合はちゃんと脳外科へかかること。

脳外科⁉なんていうと怖くなるかもしれませんが、「いきなり手術!」となることはまれだそうで、

まずはお薬で脳こうそくの予防を行うことになりますので、安心して受診してください。

 

さて、話を戻してAさんの場合。

先ほども書いた通り、Aさんには幸いなことに(?)メニエールを疑うための随伴症状がありません。

なので、メニエール病というのは現時点ではなさそう、という判断になるわけです。

では、Aさんの目まいや耳の聞こえ辛さ(耳閉)は何が原因なのでしょう?

ここから先はAさんの身体に聞いてみないことにはわかりません。 

Aさんの身体を調べると、胸椎は後弯が強くて固定的(丸いまま固まっているということ)です。

この丸い胸のために前述した「頭を前に突き出したフォーワードヘッドポスチャー」になっていました。

この姿勢では脳底動脈につながる椎骨動脈という動脈に並びの悪くなった頸椎による圧迫が生じます。

こう書くと関節による動脈の圧迫が血流障害の原因のように思えてきますが、

強い頸椎の変形でもない限りは直接骨が血管を圧迫して血流を止めることはありません。

そこで考えられる原因は血管の攣縮です。

動脈って筋肉質なものですから結構自力で伸び縮みできるんです。

その伸び縮みをコントロールしているのが「血管運動神経」という神経です。

この神経に刺激を与えると動脈はキュッと縮むんです。

この話を椎骨動脈に当てはめて考えましょう。

椎骨動脈にとって窮屈な関節の位置関係が慢性的に定着したとします。

すると刺激を受け続けた椎骨動脈をコントロールしている血管運動神経は過敏になり、

時に支配している動脈に痙攣をおこします。

痙攣した動脈は直径が細くなりますから血流量が落ちるわけですから脳貧血が起こるわけです。

これが軽度の場合は「目まい感」へとつながります。

※ここからまた脱線

長くなるので文字の色を変えます。


「椎骨動脈の攣縮」、これもひどいと回転性の目まいを生じたり失神することもあるんです。

そこから転じて、

むち打ち損傷の後、頸椎を乱暴に操作するとクラクラしたり吐き気を覚える原因を

椎骨動脈に分布する血管運動神経のダメージによる過敏症、

それによって生じた血管攣縮による脳貧血(脳幹の虚血⇒脳幹網様体の虚血で立ちくらみ/嘔吐中枢の虚血で吐き気・嘔吐)が原因していると考えている私です。


ついでに私はこれをボクサーの「落ち癖」の背景だと考えています。

「落ち癖」というのは軽いパンチをもらってもダウンしてしまうという症状です。

そうしたとき、現場では数か月間もスパーリング禁止にするんです。

その意味は血管運動神経の過敏症が落ち着く(傷ついたであろう血管運動神経が回復する)までそっとしておくという事なのでしょうね。

うん、経験則、侮りがたしです。

って…

脱線がはなはだしいので話を戻します…


Aさんの場合は右の後頭環椎間(第1頸椎と後頭骨の間)が狭く、動きを失っていました。

「浮動性目まい」の犯人はおそらくこれでしょう。

 

では「耳閉」の犯人はどこにいるのでしょうか?

Aさんの頭蓋を詳しく調べてみると右の側頭骨が外転したまま後傾して動きを失っています。

これは側頭骨の持つ生理的な運動から外れています。

『なんでこんな窮屈な形で固まってるんだろうか?』といぶかしく思うわけです。

どうやら右の胸鎖乳突筋と咬筋の緊張が側頭骨を引き込んでいたようです。

 図版引用:クリニカルマッサージ James H.clay/David M.pounds著 大谷素明 監訳 医道の日本社 出版

胸鎖乳突筋は内耳を包み込む乳様突起と鎖骨・胸骨をつなぐ筋肉なんですが、

フォーワードヘッドポスチャーを固定する筋肉でもあるんです。

この胸鎖乳突筋は耳鳴りなどの聴覚障害の原因にもなる筋です。

  図版引用:travel&simons' trigger point flip charts lippincot williams & wilkins

さらに、このフォーワードヘッドポスチャーでは顎関節の負担も強まるため咬筋の緊張も強まります。

この咬筋の故障は外耳道の違和感や痛みを引き出します。

図版引用:travel&simons' trigger point flip charts lippincot williams & wilkins

Aさんの治療では、症状に直結していた問題点として

「胸鎖乳突筋」「咬筋群」「第1頸椎」に手を入れたところ、症状の大幅な緩和を得ることができました。

あとは自宅でもできるセルフケアをお伝えして初回の治療を終えました。


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