―前頭葉の一部の活動や結合の低下でリスクの取り方の柔軟性に障害―
平成29年4月4日プレスリリース
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
概要
ギャンブル依存症[1]は金銭的な問題を抱えてもギャンブルをやめられずに続けてしまう状態のことをいいます。
ギャンブルについての制御が困難になるため、患者本人だけでなく家族や周囲の人間にも影響が大きい障害といえます。
これまでの研究や臨床では、ギャンブル依存症の患者は常に過剰にリスクを好み、性格のように一定の傾向が見られるという考え方が主流でした。
しかし、人は状況に応じてどの程度リスクを許容するかという判断を柔軟に切り替えて生活していることは明らかです。患者もまた多様にリスクへの態度を切り替えていると考えられるため、過去のモデルによる依存症の理解や治療には限界がありました。
高橋 英彦 京都大学大学院医学研究科教授らの研究グループは状況に応じて最適なリスクの取り方を切り替える必要のあるギャンブル課題を考案し、患者のリスクへの態度に特徴がみられるかどうかを検討しました。
実験の結果、患者は許容できるリスクの大きさを柔軟に切り替えることに障害があり、リスクを取る必要のない条件でも、不必要なリスクをとること確認しました。
また、fMRIで患者の脳の活動状態を調べたところ、患者は脳の前頭葉の一部である背外側前頭前野[2]と内側前頭前野[3]の結合が弱いことも明らかにしました。
今回の研究により、ギャンブル依存症の病態の理解が深まり、また、リスク態度の柔軟な切り替えの障害を改善させる介入法の開発が期待されます。
本研究は、4月4日(火)午後11時(日本時間)Translational Psychiatryに掲載。
1.背景
ギャンブル依存症は単に意志の弱さや性格の問題としては片付けられないのですが、確かにギャンブル依存症になりやすい性格というものが存在します。
過去の多くの研究では、リスクの取り方は、性格のように個人の中で比較的、固定したものと考えられてきました。
今回の研究では、ギャンブル依存症では状況に応じてリスクの取り方を切り替える能力に障害があるという仮説を立てました。
2.研究手法・成果
![説明図・1枚目(説明は本文中に記載)](https://www.amed.go.jp/content/000009027.png)
あるステージでは、出鱈目に選択しても簡単にステージがクリアできるほどノルマが低く設定されていますが、高ポイントを当て続けないとクリアするのが困難なノルマの厳しいステージもあります。
また、ステージが始まる時点でのノルマが同じでも、前半に高ポイントを多く当てていると、後半のノルマは緩くなり、反対に前半にポイントを稼げないと後半はノルマが厳しくなってくるというように、ノルマがアップデートされていく課題としました。その結果、2つのギャンブルを選択する時の以下の条件が設定されます。
- 出鱈目でもクリアできるレベル(簡単条件)
- クリアの可能性を高めるためには堅実にコツコツポイントを獲得する戦略が適切なノルマが比較的低いレベル(低ノルマ条件)
- クリアの可能性を高めるためにはハイリスク・ハイリターンのギャンブルを積極的に選択する戦略が適切なノルマの比較的高いレベル(高ノルマ条件)
- ハイリスク・ハイリターンのギャンブルを選択して、ハイリターンを当て続けても、ノルマの達成は不可能な条件(不可能条件)
この課題を健常者に実施した先行研究では、ノルマの低い条件から高い条件に移行するにつれて、ハイリスク・ハイリターンのギャンブルを選択する傾向が強まることを確認していました。
今回は患者にも同様の傾向が確認できました。また、健常者と患者全体の選択パターンに差は認められませんでした(図2左)。
この実験に参加した患者は、様々な治療期間の方が混在していました。続いて行った実験では、未治療あるいはギャンブルをやめている期間が短い患者では選択パターンに異常が認められると考え、このグループに限って検証を行いました。
その結果、未治療/治療期間が短いグループは健常者と比べて全体的にハイリスク・ハイリターンのギャンブルを選択する傾向が強いことがわかりました(図2真ん中)。
また、特に低ノルマ条件で、ハイリスク・ハイリターンのギャンブルを選択する傾向が強いということがわかりました(図2真ん中)。
つまり、リスクを取らなくてもクリアできる可能性が高い条件で不必要にリスクを取っていることがわかりました。
さらに、治療期間が短い患者ほど、低ノルマ条件で不必要にリスクを取る傾向も見られました(図2右)。
健常者が柔軟にリスクの取り方を切り替えているのに対して、未治療あるいはギャンブルをやめている期間が短い患者ではその切り替えが上手くできていないことを示しています。
![説明図・2枚目(説明は本文中に記載)](https://www.amed.go.jp/content/000009028.png)
![説明図・3枚目(説明は本文中に記載)](https://www.amed.go.jp/content/000009029.jpg)
![](https://www.amed.go.jp/content/000009030.jpg)
3.波及効果、今後の予定
今回の研究を通して、ギャンブル依存症では状況を理解し柔軟にリスクに対する態度を切り替える能力に障害があることが分かりました。
依存症の神経基盤を明らかにしたことで、多様なギャンブル依存症の病態の理解、新たな治療法開発につながるものと期待されます。
今後、ギャンブル依存症における柔軟なリスク態度の切り替えの障害を改善させるために、脳に直接、介入するニューロモデュレーション[4]の開発を目指します。
また、柔軟に戦略や視点を切り替える障害は他の精神疾患でも障害が認められるため、柔軟性の向上を目指す方法の開発を目指します。
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