取手・医科歯科通信 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

ミニパーティーへ行く予定

2018年08月17日 10時44分47秒 | 日記・断片
友人の今井さん(仮名 東京・大田区在住)の誘いで、大田区の大鳥居駅前の中田さん宅でのミニパーティーへ行く予定である。
路線で確認したら、取手駅から品川駅乗り換え京浜急行で大鳥居駅へ。
東京ラインなら1時間25分。
京浜東北で上野から品川まで行くコースなら1時間35分。
12時に家を出る予定。
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ほおずきの屋台

2018年08月15日 09時30分31秒 | 日記・断片
お盆休みで、娘さんや息子さんたちが実家に戻ってきている。
路上駐車が多い。
また、私道に車が止まっている。
横浜ナンバーや東京のナンバー、千葉ナンバーなど。
前の家では赤ちゃんが泣いている。
娘さんが戻ってきたようだ。
夫を亡くし方、妻を亡くした方、独居者が多い八重洲地区。
幼児たちが庭で遊んでいる。
花火に興じている。
あるいは、ビニールのプールで水遊び。

今朝の散歩で鈴木さんと西田さんに会う。
絵手紙をスマホで見せてもらう。
「待つていたけど、来ないのでこんな句にした」

○ ギラギラのヒマワリに聞く熱中症対策

次は、ほおずきだよ」
「ほおずき、創りました」
「どんなの?」
「○ 手をつなぎ ほおずきの市 初の恋」
「ロマンチストだね」と鈴木さんは笑う。

浅草寺境内を彩るほおずきの屋台は、浅草の夏の風物詩である。
多くの観光客で賑わう風情たっぷりの市。

現在は境内にほおずきを売る店が約100も並び、風鈴の涼しげな音色、ほおずきの鮮やかな朱色、そして色とりどりの浴衣姿でそぞろ歩きを楽しむ人々で、浅草寺は下町の市らしい華やぎを見せます。



○ 手をつなぎ ほおずきの市 初の恋


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第65回とりで利根川大花火

2018年08月11日 12時52分59秒 | 日記・断片
取手の夏の風物詩

2018/08/11 (土)午後7時から8時15分。
昭和5年(1930)に大利根橋の開通を記念して始まった「とりで利根川大花火」。
長い歴史を誇る花火大会として、毎年県内外から約10万人の観光客が来場し、利根川沿いに広がる青々とした緑の河川敷を埋め尽くし、利根川に映える花火の美しさに見とれる。
約1600席の有料観覧席がある。
今回は利根川土手まで行かずに、新道の道路にブルーシトーを敷き、そこに座って花火を見た。
缶ビールを飲みながら花火を楽しむ。
4号から尺玉の大連発、連続スターマインなど、 息もつかせぬ花火の連続で大いに楽しめた。
10分、20分で帰る人たちもいた。
特に幼児を連れた家族連れである。
交通規制をされているはずなのに、何台も自動車が通る。
取手駅方面から藤代方面へ向かう車である。
阪神対DeNAを観て、7時に家を出て、8時30分に家へ戻る。
駐車違反の車が多く、摘発されていた。






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医療費が安いので驚く

2018年08月11日 10時24分01秒 | 日記・断片
合計830円

歩いて行ける近隣の診療所へ通院することにした。
北柏の慈恵医大へ通院するのは止めた。
偶然、知人のご婦人が待合室にいる。
いつも元気そうなので、風邪かなと想う。
隣に座っているご婦人が咳込んでいる。
午後5時なので、待合室は3人。
テレビは甲子園の高校野球を放映していた。
絵本が8冊ほどあり、それを手にしてみた。
東京大学出の絵本作家も居た。
調剤薬局へ行くと6人の人が待っていた。
薬剤師は5人。
待ち時間がとても長く感じられ、イライラしてきた。
薬剤師は動き回っているだけで、いったい何をしているのか、時間つぶしをしているような姿にさえ映じた。
立ち話もしている。
男性1人女性4人のスタッフ。
診療所の診察は1分ほど。
一方、調剤は1人7分ほど。
順番は6番目なので、40分以上待たされる。
慈恵医大や取手医療総合センター、東取手病院の調剤では2分か3分ほどの待ちであったのに。
これからは、さくら薬局にするつもりだ。
そこでも、待たされるまら仕方ない。
なお、医療費が安いので驚く、2000円近くはかかると想っていたのだが・・・
1000円でおつりがきた。
初診・再診128点
医学管理等225点
投薬138点
負担額490円

調剤技術料188点
薬学管理料41点
薬剤料112点
負担額340円
合計830円

帰りにコンビニで150円のアルコール(ブドウ果汁8%)を買い、飲みながら歩く。
午後6時、阪神対DeNA戦をCSテレビ観戦。
日本酒を飲みながら。
3対1で勝つ。
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立秋は8月7日/今日は25度

2018年08月07日 16時11分47秒 | 日記・断片
2018年の立秋は8月7日。
高校野球が開催中、暑さもピークを迎える時期。
暦の上では「秋に入る日」とされており、立秋を基準としてそれ以前に出すのを暑中見舞い。
以降はあいさつは「残暑見舞い」となる。
立秋を一言で言うと、秋のはじまりの日。
二十四節気※のうちの最初、第13番目にあたる。
※一年を24の時期で区切った季節名のこと。
具体的には、8月7日前後~8月22日前後の期間(処暑(しょしょ)の前日まで)を指す。
今日は25度、信じ難い涼しさで、半そでシャツなので寒いくらいに感じられる。
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敢闘会は、老人会なのか?」

2018年07月29日 19時28分42秒 | 日記・断片
敢闘会の支部会合が春山会長宅で開かれた。
本部会合を減らし、支部別の敢闘会を開くことになる。
「敢闘会は、老人会なのか?」という意見も出た。
以前、あるご婦人が「ゲートボール」に誘われ、「私は、ゲートボールをするほど、老人ではないわ」と断ったことが思い出された。
当時、67歳であったその人は、社交ダンスのグループに入っていて、ゲートボールには違和感があったのだろう。
「参加して、元気が出る会合。刺激を受ける会合になっているのか?」倉田さんの問題提起も理解できる。
地域貢献の立場、役割もあるだろう。
例えば、組織はすでにあるが小学生の通学路見守り、あるいは高齢者の身守りもある。
いじめ問題、虐待問題に対しても、無縁ではないはず。
なお、会合後は、会報を配布に会員宅訪問、小堀地区3軒、台宿地区4軒を訪問した。
本人に会えたのは1軒、後は不在か奥さんに会報を手渡した。
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第67回うえの夏まつり「歌謡最前線」

2018年07月27日 13時01分56秒 | 日記・断片
昨日は、二か所の祭へ行く。
まずは、テレビ公開収録の第67回うえの夏まつり「歌謡最前線」
上野不忍池・ 水上音楽堂 【料金】300円

午後3時ころ行くと長い行列ができていた。
行列に並ぶのは知人お二人に頼んで、池の蓮を見に行く。
朝なら大半の花が開いているが、午後なので残念ながら花は閉じている。
カメラやスマホを手に池の周りを散策する人も多い。
西洋人と思われる方々の姿も目立った。
歯科関係の商社が多く、新聞の印刷場もあったので上野不忍池は常に傍にあった。
森鴎外の小説にも出てくる上野不忍池。
歌謡曲なので大半が高齢者たちで、会場に若い人の姿はほとんど見かけない。
写真と録画。録音は禁止。
それでもスマホで撮影している人も居た。
知人が串団子や塩のキャラメルや昆布などを持参していただく。
お酒は禁止。
団扇は200円、熱いので買った。
でも、昨日より涼しい。
西日が会場に差し込んできた。
大半が無名の歌手たち、後半にメジャーな歌手が出演。
どこが、どう違うのか?
受けての感動の違いであるか?
知人は「やはり、メジャーな歌手は違う。全然うまい!」と絶賛。
午後5時まで歌を堪能してから、新橋へ行く。


























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歯科商社元バース社長の前田哲世さんが亡くなった

2018年07月27日 07時05分44秒 | 日記・断片
友人から元歯科商社バースの前田バース社長の前田哲世さんが亡くなったことを聞く。
私の歯科人生・新生編(20) [2009年08月12日] に登場する前田さんである。
日本歯科新聞社をリストラされた時、「もう、限界だと言われたの?これからだよね。二人で新しい会社を創ろうよ。社名はハッピー社がいいな」と慰めてくれた。
歯科業界人のなかに、「友情」を感じさせる人物が居たことに改めて深く感激した。
リストラの理由は、「もう限界?!」。
理解に苦しむが、「雇用する気持ちの限界」と解釈した。
経営者は、「あいつを、飼い殺しにしてやる」と部下の前で宣言した傲慢な人間である。
当方の立場は、いつ解雇されても仕方ない立場であった。
当時の日本歯科新聞社株主の一人であった吉田初太郎さんが<次期社長>に当方を指名したことで、不本意ながらいじめのターゲットにされてしまった。
経緯を知っていた前田さんは、「過去は過去、前向きになって、新しい事業を一緒にやろうよ」と背中を押してくれた。
あれから20年だが、皮肉なもので10日後に脳梗塞で倒れたのである。
当方のことも全く識別できなくなっていた。
介護するご夫人の車椅子で東京デンタルショーに姿を見せた前田さんは言葉も発することができず、うつろな目をしていた。
千葉大学出身で、教養豊かで広い見識をもっていた前田さんから多くことを学んだ。
ご冥福をお祈りする。
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色々な失敗

2018年07月21日 09時33分49秒 | 日記・断片
昨日、午後7時からの八重洲地区の会合。
月刊誌を読んできて感想を述べることが、前回の打ち合わせで決まっていたのに、肝心なそのことが記憶に全くなかった。
何を聞いていたのか?
手帳を確認したが、そのことが記されていない。
我ながらどうしたのか、と怪しむ。
これでは、人のことは責められない。
実は午後2時から敢闘会の打ち合わせであったのに、寺川さんから連絡がなかった。
これで3度目だ。
会長の春川さんは「寺川さんから連絡なかったのですか」と呆れていた。
メモにして置くべきだ。
記憶などあてにならない。
1か月間違えて、大阪まで行ってしまった過去の苦い経験もあった。
「大阪までの往復の交通費は経費で落としてやろう」と歯科医師の阿部さんは、笑っていた。
これまで、色々な失敗を繰り返してきた。
座談会の取材を忘れ、友人と酒を飲みに行ってしまったこともある。
友人に神田で偶然出ったのだ。
出会わなければ、九段下の社に戻っていた。
携帯電話もない、30代のころのことだった。
座談会会場は東京駅に近いホテル。
自宅にも連絡が来ていた。
「久しぶりに、4人が集まって楽しかったよ。今度は来週だからね。頼むよ」
熱海から来られた方にも迷惑をかけてしまった。
完全に関係が終わったと青ざめたが、尊敬する歯科医師グループの会長の真田さんは実に懐の広い人である。
日中友好協会の日本の代表でもあった。
「一緒に北京に行こうよ」と誘われていた。
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標準語や方言の話

2018年07月15日 11時16分02秒 | 日記・断片
午前8時40分に待ち合わせをして、小堀(おおほり)の赤峯宅での取手支部の会合へ行く。
外は暑い、昨日、小堀側の天王台の畑を借りている鈴木さんが行っているが、どのあたりだろうか?と車の中から見てみた。
車が多く右折するのに、しばらく待つ。
信号が無い道が続くので、車は連なっていた。
取手側には同じような街道あれば、これほど渋滞しないだろう。
今日は、米川さんが話題を提供した。
震災、洪水などに被災した場合の対応である。
どのように受け止めるかである。
人生の途次、事故もあるし、勤務先が倒産したり、リストラもある。
病気もするが、挫折、敗北などと絶望としないないことだ。
事故責任もあるが、失敗も生かすことができる。
前向きに捉えることだ。
どんなことにも、意味がある。
淡路阪神大震災のことも、思い出された。
人を励まし、勇気づける。
体験しなければ、分からないことであるが、同苦する気持ちにはなれるはず。
お茶会となり、標準語や方言の話となる。
「つらい」ことを何と言うの?
それぞれの故郷の表現があるものだ。
アイス、串団子、自家製のミニトマト、さらにマイクロトマトなども味わう。
帰りにしそなどをいただく。
さらに、「日本酒飲まないから」といただく。
だが、米の焼酎25度であった。
来週の支部会合は小堀の祭で休み。
22日は、阿夫利神社の祭とカラオケ大会。
当然、歌う予定。
「難しい歌はないからね」と担当者が言う。
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 衰退する取手

2018年07月11日 09時30分34秒 | 日記・断片
今朝の散歩で、先日、西田さんがつくった俳句が、こんな内容であったかと思いだした。

○ 雲早し 浮き沈みする 夏至の月

月は午前4時50分ころの月である。
その時刻の月に星が最接近する後継は、幻想的だ。

今朝は富田さんが住む東5丁目の境のマンション前で新川さんに会う。
右側の先のマンションに住んでいた佐々木さんの話となる。
佐々木さんは勤務地が遠くなり、東京へ移住した。
かれが八重洲地区のホームページを作ってくれたが、彼が移転してそのホームページは閉鎖する。
毎月、2回か3回ほど当方などが投稿していたのだが・・・
6丁目で、武田さんに会う。
犬が飛んで来てまとわりつく。
「何歳ですか?」
「3歳、まだ、4歳にはなってないと思うけど」
「仕事は?」
「明日は仕事に行きます。嫌われない間は、埼玉まで行きます」と言う。
隣に住む元学校の先生も居て、子犬を撫でていた。
見た眼にも足が衰えてきた。
「元気でいいね」と我々を見て言う。
その後、庭でタバコを吸う上村力さんに声をかける。
「暑くなったね。コーヒーでも飲みたいけど、コーヒー屋も無くなった。顔見知りも死んでしまった。年寄りばっかりだ、レストランもない。取手はだめだね。自転車も、魚屋も、八百屋も八重洲団地から無くなった」
「スナックの黒水仙も」
「黒水仙か、名前が悪かったな」
当方は映画黒水仙が好きなの、スナック黒水仙の常連客の一人であった。
自宅から一番近いスナックだった。
次いで「リボン」「エイト」「新宿」「リラックス」などのスナックの話題とな
った。
小森印刷や渡辺製作所、大豊建設などが無くなり、多くのスナックが店を閉めた。
1990年代前のことだ。

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○ 雲早し雲にあらわれ雲に消ゆ大江の山は天の大馬(おおうま)

与謝野鉄幹

与謝野町ゆかりの歌人、与謝野鉄幹さんが昭和五年五月に当地を訪れた際に町の名勝・大江山を詠んだ短歌です。
 加悦谷に風が強く吹きすさぶ一日、流れ飛ぶ雲の合間に大江山が現れては消え、また現れる。その動きはまるで天空を駆け抜ける大きな馬のようだ、とうたっています。
 大江山を見上げる、あるいは動画のように大江山から加悦谷平野を見下ろす、どちらの眺望も、大江山に抱かれたわがまち与謝野町が誇る大パノラマです。










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記憶力の減退

2018年07月10日 11時38分47秒 | 日記・断片
散歩をする時間が早くなり、西田さんや鈴木さんたちと合わなくなる。
先日、久しぶりに出会う。
「元気なの。どうしているかと思っていたのだけれど」と鈴木さんが言う。
「まあまあの体調です」
「そうなの」と鈴木さんが微笑む。
なかなか良い笑顔であり、人柄を感じさせる。
「月の俳句を創った」と西田さんが俳句を記した紙片を示す。
「いいね」と鈴木さんがほめる。
「何か落ちていないかと、下ばかりばかり見ているので、月は見ないね」と鈴木さんが冗談を言う。
西田さんの月の俳句であるが、耳にしたものの記憶に残らない。
記憶力の減退である。
人の名前が出てこない。
家人はセパ両リーグの大半の選手名を記憶しており、「この選手の名前くらい覚えたら」と言うが聞いても頭に残らない。
家人は有望な選手たちをドラフトで注目したり、高校野球や大学野球などの活躍で記憶したものである。
また野球名観は2002年から本棚に揃えているので、時々それを見ている。
自然に覚えられるようだ。
野球場へ何度も行っているが、阪神の選手以外興味がなく、対戦チームの選手がどうであったの、記憶に残っていない。
一方、家人は負けた悔しさから、どの投手にやられ、どの打者に打たれたかまでを覚えている。
当方は酒を飲み、野球場のファンたちの様子などを見ていることが多い。








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充実した会合が期待されている

2018年07月08日 16時28分11秒 | 日記・断片
午前9時からの支部の会合へ小堀(おおほり)へ行く。
久しぶりに空が晴れていた。
雲は夏のようであるが、黒雲が多い。
西日本は大雨であったが、関東は利根川が増水するほどではなかった。
それにしても、何十年ぶりの雨で大きな被害が出たことに、今更驚くばかりだ。
自然の猛威になすすべもない状況となる。
被災地域の方々の身を思えば、胸が痛むむばかり。
今日は、支部長の林さんが私用で欠席した。
これまでにない、会合にしたいと提案した久野さんのを意向を実現する方向となる。
単なる義務的に集まるだけの会合ではなく、<参加して本当に良かった>とみんさんが喜んで帰ることのできる充実した会合が期待されている。
会合後、お茶会となる。
串団子、アイスキャンデー(ラムネ入り)や濡れ煎餅、チョコレートなどをいただく。
赤峯さんご夫妻の気遣いには、毎度感謝するばかりだ。
なお、午後3時からの会合もあるが、それには参加しない。
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敢闘会の会合

2018年07月06日 17時50分32秒 | 日記・断片
敢闘会の会合を明日の土曜日だと思い込んでいた。
午前10時に、春川会長が自宅に迎えにきたことで慌てた。
午前3時30分に散歩へ行く。
ワイシャツ姿であったので強い風のため体が肌が透けるほど濡れた。
ビニールの傘は何度もあおられ、裏返しになりズボンも濡れた。
比較的大きく頑丈な傘で折れることはなかった。
帰宅してシャワーを浴びた、その後はパジャマ姿で過ごしていた。
テレビでオウム死刑囚たちが死刑執行されたニュースを観ていた。
急いで衣服を着替えたが、肝心の機関誌を忘れる。
会報が完成したので、会場で配布された。
歌の合唱の後に、機関誌の巻頭言を寺川さんと島村さんが分担して読む。
このあとは自由発言。
地域貢献の話や家族のこと、趣味の話、日中友好の話、妻の介護の話など7人の方が語る。
本部会長挨拶、圏本部長挨拶。
地域で戦う敢闘会、挑戦する敢闘会、地域の組織の一翼を担う敢闘会が期待されている。
健康について、圏本部長の河井さんが話す。
睡眠、バランスのよい食事、笑うこと、楽しむことが一番。
反対に苦痛や心労などは、マイナス要因で免疫力を下げる。
また、体温が下がると免疫力が落ちると。
前向きの生き方で、自身の課題に挑戦してほしいと強調した。
会員宅への家庭訪問、励ましについても話があった。
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各自が読んできた小説の感想を語る

2018年07月01日 11時11分52秒 | 日記・断片
支部の会合で、小堀(おおほり)の赤峯宅へ行く。
午前8時50分ころの利根川沿いの街道にトラクターが走ってきて、右折していく。
ゴルフ場の傍に畑が広がっている。
トラクターを運転していたのは、70代と想われる麦わら帽子のご婦人。
道路の反対側からもトラクターが来て左折していく。
協同農業新聞社時代、トラクターや田植え機の広告をもらいに久保田や井関農機など行ってことが思い出される。
全国各地の農協など取材のことが思い出も。。
「引退したら、農業でもやろうか」と考えたこともあった。
特に長野県へ取材に行って時の強い思いである。
今日は、各自が読んできた小説の感想を語る。
今日はほかに会合もあり、参加したのは10人だった。
お茶会でアイスを食べる、串団子をいただく。
懇談会では、今後の会合の内容が検討された。
みなさん真剣なのだ。
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