#取手通信・医科歯科通信 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

社会勉強

2019年03月19日 12時21分34秒 | 創作欄

「興味がなくても、知るべきことがある」
徹は就職試験を受けて「君は、時事問題を含めて何も知らないんだね」と言われてしまった。

映画評論家を目指していたので、映画雑誌を高校生のころから古本屋で集めていた。
通学路にある東京の世田谷三軒茶屋の古本屋や小田急線の豪徳寺の古本屋などへ立ち寄っていた。
本代が欲しくて、電車通学を止めて自転車通学にもした。
世田谷から川崎市の登戸の越してからは、下北沢や新宿の古本屋へ行く。
新聞は映画欄以外読まない。
社会人として当然、知っておくべき世事に全く疎くなる。
銀座で大学1年生の時にアルバイトをしていた。

東京・有楽町の西銀座ビルのサテライトスタジオで、映画評論家の淀川長治さんに出会う。
淀川さんは、徹の親の世代の人であり、大学の先輩でもあった。
淀川さんは法学部であり、徹は文理学部の体育科である。
テレビ画面で目にしていたとおり、淀川さんの目ガネの奥の瞳が優しい。
「あの~突然ですが、淀川さん、弟子にしてもらえませんか?」と意を決して切り出す。
「弟子?君は何歳?」
「19歳です」
「そう、まず、社会勉強をしなさいね」諭すような口調である。
淀川さんは付き添いの若い女性に促され、歩きだす。
「またね」と淀川さんは振り返り微笑む。
「社会勉強か」と徹はつぶやく。
彼は誰かに読んでもらおうと創作した脚本を淀川さんに渡すことをためらった。
徹は映画館で働く若者や3人の大学生学たち下宿人を脚本に書き込んでみた。
東京芸大の女学生は離れの家屋に下宿していた。
徹は当時、中学生であった。

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創作欄 真田の人生

2019年03月16日 02時59分36秒 | 創作欄

2014年3 月28日 (金曜日)

昭和40年代の終わり、時代の空気に何かが失われ閉塞感が漂っている。

真田は人生のたそがれを生きている想いがしていた。

図書館では妻が娘時代に憧れたという作家の吉屋信子のいわゆる乙女小説も読んでみた。

「紅雀」を読み「なるほど」と真田は肯いた。

個性のハッキリした少女、どこか寂しげで誰にも馴れえぬ悲しい性をもつ主人公・まゆみ 。

彼女を暖かく見守る男爵家の家庭教師・純子。

まゆみにしだいに想いを寄せていく若き 男爵・珠彦。

そして意地悪な金持ちの娘・利栄子。

少女の微妙な心の成長を描いていた。

小説の会話の部分には、地方の少女たちに憧れを抱かせるような言葉遣いがあり、斬新な筋書きで展開されていた。

真田は大学ノートに思いついたことなどを万年筆で記した。

「振り向けば貴女がいた」 と記した。

どのような貴女なのか?

真田は妻を含めこれまでに出会った女性たちを頭に浮かべてみた。

競輪場で若い女性と出会うことはほとんどないが、一度だけ見かけた女性が居た。

あれは昭和30年代の後楽園競輪場であった。

 

振り向けばその女がいて、車券をお守りのように握り占めていたのだ。

 

前髪が半分顔を隠しており、大きな右の瞳が輝き祈るような思いでレースの展開を見詰めていた。

 

レースは1-4で決着した。

 

しばし青くなった頬に赤みが差してきたので真田は女の車券が的中したことを悟った。

 

払い戻し場は人がまばらであり、車券は大穴となったのだ。

 

「とても買えないな!」多くの男たちはぼやいていた。

 

100円券が1万2700円、女は10枚も持っていたのだ。

 

10万円以上の払い戻しは真田には珍しいことではなかったが、20代と思われる女性であることに真田の心は動いたのである。

 

女は東京新宿を拠点にしているヤクザの情婦であることを後に知った。

 

君子危うきに近寄らずである。

 

真田の喫茶店「たまりば」にも地元のヤクザが来ていて、情婦を伴って来ることもあった。

 

「マスターは、相当のギャンブラーなんだね。先日、大金を払い戻しているのを見させてもらったよ」と金歯を覗かせニヤリとしたが目が笑っていない。

 

人の噂では200万円の自慢の金歯である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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第三の顔

2019年03月12日 02時56分45秒 | 創作欄

2015-06-15 22:39:58 | 創作欄

「人間には三つの顔がある」と犯罪被害者について詳しいある精神科医は分析する。
家族が知っている顔。
学校の友人たちが知っている顔。
さらに、家族や友人たちすら知らないまさかの隠された顔である。
15歳の鳳美智子の顔は、性の衝動に突き動かされた第三の顔であった。
「あんた、可愛い顔しているね、まけてやるよ」14歳の年の夏祭りの日に、美智子は刺青が法被姿の袖口から見える露天商の男から言われ、心がくすぐられたのだ。
「そうか、私は可愛いのか」取手の夏祭りは忘れられない年となった。
1本の焼き鳥におまけの1本の焼き鳥に満足した。
「可愛いことは、得もするんだ」美智子は浮かれた気分になった。
女の武器に目覚めたのだった。
援助交際などという言葉がない昭和40年の頃、美智子は15歳で男の求めに応じて、5000円で処女を売った。
東京・渋谷の交差点でサラリーマン風の40代の男から声を掛けられた。
「おねいさん、可愛いね」美智子が背後を振り返ると濃紺のスーツ姿の黒ブチのメガネをかけた男は柔かに微笑んでいた。
バリトンのよく通る声で耳障りも良かった。
美智子が知っていたNHKのアナウンサーの声を彷彿させた。
「デートしようか?」男はナンパに慣れていた。
相手は日替わりで女を抱いている男であった。
美智子は性の体験を欲していた。
それは夫を交通事故で失しなってから、男狂いとなった祖母真子の血の流であっただろうか?
美智子は父親の徹からとても可愛がられ、育ってきた。
「お父さんのようは人と結婚したいな」13歳の美智子は親友の仁美に打ち明けたことがある。
「私は嫌だな。取手競輪に凝っているお父さんは大嫌い!」仁美は陰鬱な顔をした。
都立高校の数学教師であった美智子の父親は、競輪などとは無縁の立場であった。
「大工さんなど、大嫌い!」仁美の父親は大工の棟梁で、自宅に大工たちが呼ばれて来て、昼間から酒を飲むこともあった。
仁美は酔った大工の一人から胸の膨らみを触らてから大工たちの不遜さを嫌悪していた。
「胸触られて、どうだったの?」美智子は聞いてみた。
「ゾッとしたわ。大工はひどい人たちなの」仁美は眉間にシワを寄せて首を振った。
美智子は一度、男から胸を触ってほしいと夢想したことがあった。
一人湯舟に浸かりなだが、自らの乳房を揉んでみた。
「気持ちいい。男から揉まれたら、もって気持ちいいのんだろうな?」美智子は恍惚となっていた。
父は渋谷の高校へ勤めており、その日は文化祭で、「一度、文化祭を見に来いないか?帰りにおまえが好きな寿司をご馳走するよ」と父親に誘われていたのだ。
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一郎の従弟幸雄の恋

2019年03月12日 02時43分12秒 | 創作欄

2015-07-06 20:13:06 | 創作欄


牛田一郎と従弟の幸雄は誕生日が1日違いであった。
歌人であった叔父の影響であろうか、高校生になってから2人は競うように短歌を作りだした。
短歌のレベルは残念ながら初心者のレベルの域に留まっていた。
師と仰ぐ人が身近にいたわけではないし、歌壇に残されている優れた歌人の歌集を読んでもいなかった。
ただ、指をおりながら5、7、5、7、7と言葉を並べて満足していた。
○ 夕闇の金木犀の香に想う君が面影文にどどめん
幸雄が下校途中の彼女と出会ったのは、材木町の街角であった。
秋は恋心が芽生えるような予感をさせる季節であった。
「一郎、俺、恋をした。一度、彼女のこと見てくれや」幸雄は高揚した気持ちを打ち明けた。
一郎は未だ恋いらしい恋の機会には巡り合っていなかったので、「羨ましいな、ユキが恋をしたんか。本気か」と確認した。
「出会って、不思議な気持ちになった。俺、彼女と結婚するよ」一郎の目は常になく真剣である。
「結婚、まだ早すぎるよ」一郎は呆れた。
「早くなんか、ないよ。姉やんは15歳で結婚した。俺は17歳、来年は18歳なるよ」一郎は語気を強めた。
「そうか、それではその彼女に1度会ってみよう」一郎は半信半疑であったが、どのような相手なのか興味も湧いてきた。
翌日、材木町で下校する沼田女子高等学校の生徒たちを2人は待っていた。
2人は沼田農業高校に通学していて、母親たちの母校の生徒に多少は親近感を抱いていた。
伯母の松子は沼田女子高等学校1期生、一郎の母は7期生、幸雄の母は5期生であった。
「おい、彼女が来たよ。3人連れの真ん中が彼女だよ」幸雄の声が高くなっていた。
一郎は幸雄が恋をした女子高生を認めた。
彼女の視線が幸雄に注がれていた。
彼女は笑顔になっていた。
だが、一郎は両側の女子高生と比べ彼女が見劣りすると思ったのだ。
面食いの一郎は右端の子を見て「何て可愛いのだ」と視線が釘付けとなっていた。
「一郎、彼女どうだ。可愛いだろう。気持ちも好きになれそうなんだ」
「あれが惚れた彼女か。そうなんだ」一郎は頷いたが拍子抜けがした。
幸雄は歌を添えて恋文を彼女に手渡した。
「これ、読んでくれや」幸雄は気持ちが高揚していた。
「ありがとう」彼女は恥じらいと多少の戸惑い期待感から笑顔を赤らめた。
彼女に気持ちが通じて幸雄は有頂天になった。
「こんなに、うまくいくんか」と幸雄は恋の勝利者の気分に染まっていく。
「後で読むからね」
姫木典子は渡された封筒を鞄に収めた。
2人は初めてのデートを楽しむように沼田城址へ向かって肩を並べ歩いて行く。

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実はこの創作は、午前11時ころ入力したが、何の間違いか消えてしまった。
さらに、パソコンがフリーズして復帰したのが午後6時である。
同じような文を再現した。
再現してからアップの段階でまたパソコンがフリーズする。
その間、囲碁、将棋で時間を潰す。









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詩の同人誌仲間

2019年03月08日 01時19分45秒 | 創作欄

「彼女、過去に異常な性体験があるのではないか?」同人誌仲間の橋本銀次が言う。
「あんなに、ふざけた女はいない」同意するように水島進一が徹の顔を見詰める。
「徹君、彼女に本気で惚れているのか?」橋本は徹の横顔を確認するようにずり下がる眼鏡を人指し指で押さえる。
「あの人滑稽に見えるけど、変に鋭いのね」徹は治子の橋本に対する感じ方に苦笑いを浮かべた。
水島の滑稽さは眼鏡が顔にフィットしていないためなのだろ。
詩の同人詩仲間の中では、橋本は外見に似合わず辛辣な批評家であった。
学生結婚した橋本は23歳で既に2児の父親であり、彼の詩に子どもへの情愛が投影されていた。
だが、大学の同窓生と妻の浮気を知ってしまった哀しみが、生活の背後に隠されていた。
詩では食べていけるわけではない同人誌仲間たちは、様々な職業に就いていた。
また、学歴もまちまちで中卒の者もいた。
「俺は大学で文学をやって来た人間を信用しないんだ」と徹らに皮肉を言うのは森田康太。
彼は印刷工場で日々、新聞を刷する輪転機を扱う油塗れの仕事で、何処か気持ちが屈折した。
美貌であることから、同人誌仲間から注目されていた治子は赤坂のナイトクラブのホステスであった。
赤坂のパブでピアノの弾きながら歌っていた野村直喜が治子がホステスたち3人とナイトクラブから出て来るのを、たまたま見かけたのであった。
安い給与で働く同人誌仲間にとっては、赤坂の高級ナイトクラブは無縁な世界であった。
「私は、贅沢な生活がしたい女なのね」母子家庭に育った徹は、贅沢な生活を望む治子を理解できなかった。
大阪・堺の老舗の3女の末娘と治子は徹に告げていた。

 

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心優しいアンドレイ

2019年03月02日 22時58分10秒 | 創作欄

昭和という時代。
徹の同僚の中野文彦は、減量中で昼食を抜いていた。
中野は毎日、昼休みの約50分、会社から徒歩2分の駅前のパチンコ屋へ向かう。
食事を終えて徹もパチン屋へ中野の様子を見に行く。
大量の玉を出している中野が「先輩、どうぞ」と席を譲る。
思えば徹はパチンコで1000円以上金を使った記憶がない。
無論、中野も同様である。
当時は換金などなく、玉の数だけ店内に陳列された商品を貰う。
中島と徹はパチンコ屋から得た品々を、紙袋から出して女性社員たちに配布する。
彼女たちが「もらっていいの?」と喜ぶ。
その笑顔に中島は満足していた。
中野は同性愛者であり、同僚の女性たちに色気を覚えることはない。
徹は酔った中野に「好き」と言って抱きつかれたことがあるが、「その気がないんだ」となだめた。
「わたしが、男の人好きなこのこと、内緒にして」と中野は懇願するように言う。
徹は中野の女性のような優しさの秘密に触れた思いがした。
そして歌舞伎町で出会ったフランスの若者アンドレイのことを思い重ねた。
徹はその時、絡みつくような<心優しいアンドレイ>の手を押し戻した。

「同性愛者ではないよ」キッパリ言う。

アンドレイは素直に納得し、出会った男の誘いに応じる。

「ここで待っていて」と手を振るアンドレイ。
アンドレイは男に抱かれに怪しげな店に向かう。
徹は深夜喫茶でアンドレイが戻るのも待っていた。
「パリに来ることが会ったら、会いに来て」アンドレイは別れ際に細い名刺を徹に手渡す。
「パリか、行けること、あるだろうか?」24歳の徹。昭和40年代の海外旅行は遠い夢であった。

突然の深夜の歌舞伎町で火事騒ぎ。

なぜかアンドレイは気持ちを高ぶらせていた。
アンドレイは徹の手を握り離さない。
アンドレイの名刺の住所を確認しながら、彼と新宿駅で別れたのは始発電車が出る時間帯であった。

 

 

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大切な女性を同時に失う

2019年02月25日 08時08分12秒 | 創作欄

意地を張ったり、感情的になったり、嘘をついて人を一次的に喜ばして、失望させたり・・・・
徹は失ってしまった人々のことを思い出すこともある。
彼は彼女の父親と長い付き合いであった。
父親は元地方紙の記者で、若いころは当時の著名な作家たちと同じ文芸誌に小説家を掲載してた。
だが、20代で小説が書けなくなったそうだ。
お父さんが体調不良で彼女が全面的に仕事を任されていた。
「話したの?」姉ご肌の人が聞く。
「まだなの」その人は何時も快活な娘さんであるが、戸惑って言い出せずにいたのだ。
「そうなの。では私から言う。だめなものはダメなの。先方にも予算があるでしょ」
「でも、<幹事に聞いてほしい>と事務局の人が言ってましたよ。会員にしてください」と食い下がる。
「無理ね」
「何故です。幹事が了解すればいいことでは」
「無理ね」
「理由は?」
「予算があって、先方にこれ以上は負担をかけられないでしょ。これだけ言ってもわからないの。分からず屋!」
編集者として崇拝していた知的な美人の女性と、密かに愛していたその人(愛称チャコちゃん)。
徹は大切な女性を同時に失ってしまった。

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由紀 田舎娘

2019年02月13日 05時50分46秒 | 創作欄

徹は人を好きになる感情は、何であるかを想ってみた。
誰かを慕って、それは常に一方的に終わった。
<友達以上、恋人未満>と表現される関係に皮肉なものを感じた。
「徹さんに、合う人は素朴な田舎娘だと想うの」徹は彼女のその言葉で突き放された思いがした。
26歳の時のことで、相手は社長令嬢の立場の人だった。
大学の同窓会で出会ってから、親しくなった。
「学生時代、一度、あなたと話してみたいと思っていたのよ」
「そうだったの」意外な相手の言葉だったので、記憶をただるがその人のことはほとんと印象に残っていない。
「体育館に居たわね。こっそり見ていたんだ」と肩をすくめるようにした。
「あなたが、トランポリンで失敗して床のマットレスに落下した時は、思わず大きな悲鳴を挙げてしまった」
徹はその時のことを鮮明に思い出した。
2回転宙返りに捻りを加えて着地に失敗し、バランスを崩してトランポリンの外へ飛び出してしまったのだ。
同期生たちは中学・高校から体操をしていたが、徹は大学から体操を始めたのだ。
選手になるためではなく体育教師を目指していた。
大学生時代に関わることがなかった浅野ゆかりと親しくなるとは、縁は奇なりである。
二人で映画を観たり、赤坂プリンスホテルのプールで泳いだり、鎌倉、江の島、箱根にも行った。
その間、ゆかりは二人の男と恋をして、失恋もした。
徹は聞き役であり、慰め役でもあった。
「私の我がままがいけないのね。お友達でしょ、はっきり言って、私は男にとって嫌な女なの?」
お茶の水駅前の音楽喫茶でゆかりが涙を流した。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲が流れていた。
徹はマイペースのゆかりに翻弄されることがあった。
会う約束しておいて、すっぽかされたこともしばしばなのだ。
「1時間も、下北沢駅で待っていたんだ」
「ごめんね。用事が急にできて」ゆかりの悪びれない笑顔を見ると許せた。
「今日、どこへ行きたい。映画にする?」ゆかりは徹の機嫌をとるように、微笑む。
「映画か」
「そうだ、フラメンコ見に行こう。ギターラーへ」
「ギターラー?」
「新宿よ」
「行こうか」
ゆかりとの交際は、彼女が結婚する28歳まで続いた。
相手は大学病院の外科医であった。
「徹さん、お嫁さんもらうなら、素朴な田舎娘がいいと想うの」
そのように彼女に言われたのは2度目だった。
徹はその時、越後湯沢の民宿の娘のことを思い出した。
21歳であった徹があの時、積極的になれたら二人はどうなっただろうか、と想ってみたのだ。
由紀は田舎娘であっが、徹の心が動くことはなかった。
人を好きになる感情は何であるのか?
徹は自分に身を寄せている由紀の寝顔を見詰めていた。
午後10時を回り、新幹線は大宮駅に近づいていた。

 

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 由紀 粉雪

2019年02月12日 07時18分58秒 | 創作欄

体の芯まで冷えた中で飲む夜店コーナーの甘酒は、酒の麹が濃く格別の味わいだった。

「美味しいのね」由紀が微笑む。
「さすが、酒どころの甘酒だね」徹は一口、二口味わうように口に含む。
雪が降ってきてきた。
はじめは黒いダウンコートにゴミが溜っていると思って払ったら、それは粉雪だった。
雪の細かさに由紀は「こんな雪初めて、粉みたい」と空を見上げた。
「積りそうだね」と徹も空を見上げた。
目に雪が入ってきた。
痛さを感じない雪だった。
二人は借りた長靴を返すために民宿へ向かう。
民宿に宿泊する客たちはまだ戻って来なかった。
床にスリッパが揃えられていた。
「楽しみましたか」と出迎える民宿のお母さんの声に親しみがこもっていた。
「雪まつりを見て、懐かしさが込みあげてきました」徹の率直な気持ちだった。
「あの子が帰って来たら、伝えておきますよ」
徹は黙ってうなずいた。
「是非、また来てください」
「ありがとうございました。では」徹は頭を下げた。
民宿のお母さんが玄関の外まで出て見送るので、徹は2度、3度振り返り頭を下げた。
お母さんが手を振ったので徹も手を振った。
由紀は振り返らなかった。
「雪が段々大きくなってきた」由紀は両の手をかざすようにした。
そして、「徹さん、誰かを想っているようね」由紀は細い腕を徹の腕に回した。
「この敏感さはなんだろう」徹は由紀の横顔を見つめた。
「想っているのは、いい人のことね」由紀の腕に力がこもった。
二人は午後9時台の越後湯沢始発の新幹線で大宮へ帰る。
乗るのは約1時間であった。
由紀はカセットの歌をイヤーフォンで聴いていた。
歌を聴きながら涙ぐむ。
「やがて いつかこじれて だめになるより 恋のにおいさせずに そばにいたいわ」
「私のことを歌っているみたなのね」由紀はつぶやく。
徹は窓際の席に座り窓の外に眼を向けながら、民宿の娘の木村陽子のことを想っていた
徹は20歳になっても、日本酒もビールも飲んでいなかった。
初めて飲んだのは、10年前の民宿でのことだった。
「お客さんにお酒を飲まされたの」赤い顔をして民宿の娘が徹の部屋にやってきた。
「お酒は美味しいの?」
「新潟の雪中梅というお酒なの。美味しいわよ。飲んでみる?」
徹が黙っていると、娘は部屋を出て行く。
隣の部屋の客たちは麻雀をしていた。
徹は麻雀をしなかった。
かと言って学問一筋でもなかった。
学友たちと交わることが少なく、体育館で過ごすことが多かった。
民宿の娘の人なっこさに徹は好意を抱く。
このようなタイプの女性に接したの初めてだった。
娘は1本の徳利とお猪口を盆に乗ってやってきた。
掘り炬燵に娘も座り「どうぞ」とお猪口に酒を注ぐ。
悪戯好きな娘のような笑顔である。
「どんな味かな」徹は試すように日本酒を口に含む。
「どう、美味しいでしょ」
「そうだね。これが日本酒か」徹の父母は日本酒好きであるが、徹は酒を飲みたいと思ってことがない。
実は徹は5歳の時に、従兄たちに日本酒を飲まされ目を回したことがあった。
当然、悪戯が伯母に知られ、二人は往復ピンタを食らう。
従兄の父親は若くして胃がんで亡くなり、祖父が父親代わりで育っていて、小学生の従兄は祖父の酒を時々こっそり飲んでいたのである。
「お前たち、小学生で酒など飲むと、頭がおかしくなるよ」伯母は注意をしていた。
徹はそんな過去の話を、民宿の娘さんに明かした。
「そだったの」娘は口に手をやりながら、大声で笑った。
翌年、民宿の娘に惹かれるように越後湯沢へ行く。
その時も雪中梅を勧められた。
民宿の娘はその日も「お客さんにお酒飲まされた」と赤い顔で徹の部屋にやってきた。
そして、座るなり「お慕い申しています」と言うのだ。
古風は言い様に徹は戸惑った。
「酒が、言わせたのね。今のこと本気にいないでね」と言うなり娘は部屋を出て行く。

 
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由紀 「雪まつり」会場へ

2019年02月06日 22時33分46秒 | 創作欄

徹は二十歳まで恋らしい恋を経験したことがなかった。
恋の軌跡(行動・ 精神的な発展)をたどれば、それは何時も一方的で他愛ないものであった。
大学の同期生の中田静香に恋心を打ち明けたら、「何か、ありがたいようで、複雑な気持ちね」と交わされた。
2年間密かに温めていた恋心の行方は、川面に漂う月灯りのようで空しいものであった。
彼女には、既に同期生の彼氏の一村貞夫との恋が発展しいたのだ。
同じゼミーで学んでいて、徹は二人が親密な関係であったことに気付いていなかった。
失意の気持ちを抱いたまま、徹は一人スキーで越後湯沢へ行った。
そして、民宿の娘の木村陽子と出会った。
「お客さんは、大学生ですか」と問われた。
「体育の先生を目指しているんだ」
「東京の大学でしょう」陽子は眼を輝かせた。
埼玉県の大宮から都内の大学に通学している徹にとっては、東京は特別な憧れるような場所ではない。
でも、陽子は東京に憧れを抱いていた。
徹は4日間の予定で、民宿に滞在した。
陽子は夜になると、徹が泊る部屋にやってきた。
民宿は8部屋だった。
初日は4人連れの会社員のグループがスキーで泊り、夜は麻雀をしていた。
徹が湯沢越後駅前の商店街で、陽子と出会った時、彼女は宿泊客に頼まれ、酒屋で日本酒を買って帰る時だった。
その時、徹は陽子に声を掛けなければ、陽子が住む民宿に宿泊することはなかっただろう。
これも不思議な縁だった。

追憶は気まぐれだった。

徹と由紀は越後湯沢の「雪まつり」会場へ向かっていた。

由紀は敏感に徹の<心の漂泊>に気付いているようだった。
「心が、何処かへ行ってみたいね」由紀は身を寄せるようにした。
<徹の心を離さな>という由紀の強い意志が腕と押しつける胸の膨らみから伝わってきた。

 


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 由紀 越後湯沢温泉 雪まつり

2019年02月06日 06時15分26秒 | 創作欄

二人はスニーカーを履いていたので、スキー場へ行くために長靴を借りることにした。
徹はその民宿へは2度行っていた。
20歳の年と翌年である。
民宿の娘の木村陽子は、今も居るだろうか?胸が高鳴る。
スキー客の男女4人連れがスキー場向かうのだろう玄関でスキー靴を履いているところだった。
背後に陽子のお母さんが笑顔で立っていた。
「行ってらっしゃい。気つけて」と声をかける。
「ハイ」と振り返り女性の一人が手を振る。
「覚えていますか?」
視線を徹に向けたお母さんは「あら、しばらくね」と驚いた顔をする。
「日帰りで、雪まつりを見に来ました」
「そうですか。何年ぶりかしらね」
「約十年ですね」
「そう、少しも変わらないのね」
「長靴を借りにきました」
「今、出しますね」
お母さんは民宿に隣接しているスキー板やスキー靴を収納している小屋へ向かう。
徹は由紀を振り返る。
由紀はやはり落ち着きがなく周囲をキョロキョロ見回している。
お母さんは徹に黒い長靴、由紀に白い長靴を用意してくれた。
長靴レンタルで500円であった。
徹は財布からお金を出しながら思いきって聞いてみた。
「陽子さんは、お元気ですか?」
「あの子ね。8年前、東京から来たお客さんに見染まれて結婚したのよ。縁と言うものなのね」
徹は、<見染まれて>という表現に複雑な思いがした。
長靴を履いた由紀は背を向けたままであった。

 

花火打ち上げが始まっていた。
雪中みこし、そして湯沢温泉 子供雪雷(ゆきおろし)太鼓 の音が響き渡っていた。
前日選ばれたミス駒子は、会場内ステージで披露された。
ミス駒子も交えて、福餅まきが行われた。
由紀が福餅をゲットして笑顔となる。
「いいことあるよ」徹は由紀の右肩に手を添えた。
ミニライブもあった。
夜店コーナーで、新潟名物、ポッポ焼きを食べた。
「たこ焼きかと想ったら、これ何?」由紀は美味しそうな顔をしなかった。
二人は夜店コーナーを抜け、花火が見える会場へ移動した。
タイマツ滑走の灯りが流れてきた。
「光の川ね。きれい、素敵ね」由紀は感嘆の声を発した。
山の頂上から滑り降りるタイマツの光と音楽・花火との競演は幻想的にも映じた
徹は9年前に民宿の娘陽子とタイマツ滑走をした思い出の中に居た。
手前にはキャンドルの雪あかり、奥にもキャンドルの雪あかり。
花火のラストには、大スターマインだった。
ドンと全身を震わす大音響に、由紀が体を震わせるようにして徹に身を寄せた。

キャンドルライブ

キャンドルライブ

  
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由紀 越後の民宿へ向かう

2019年02月04日 13時25分33秒 | 創作欄

徹が初めて越後湯沢へ行ったのは20歳の時で、この年、彼の同期生たちの成人式が大学の講堂で行われた。
徹は母の友人の朋子さんがオーダースーツを仕立ててくれたのに、成人式には欠席。
深い理由はない。
朋子さんは当時37歳、離婚して一人娘を育てながら自宅でオーダー服を作っていた。
「ウエストが細いのね」と朋子さんは巻尺を確認して驚いた顔をする。
徹は自身のウエストを確認したことがなかった。
意識していたのは、頭が小さかったことだ。
頭に合う帽子なかったのである。
「頭が小さいから、頭が弱いのだ」と子どもの頃は卑下していた。
高校生になってから、頭の大きさは人並みとなる。
朋子さんは、足の寸法を測りながら、徹の陰部に触れた。
「これ、筋が良さそうね」とニヤリと笑い、2度、3度陰部を撫で下ろすような仕草をした。
「悪戯は、よしてよ」と徹はその手を払う。
「お母さんには言わないで、悪戯を」とニヤニヤしながら、膝を徹の足に押しつける。
「こんな悪戯、言うわけないよ」徹は呆れ返る。
徹は娘時代の淑やかな朋子さんを知っていたので、変貌ぶりに驚く。
徹はそのスーツを3度ほど着だけで、アルバイトの金で既製のスーツ買って大学へ通学した。
民宿の娘さんは徹と同じ年だった。
「成人式へは行ったの?」徹は聞いてみた。
「行ったわ、写真みせてあげようか」頬笑みかける。
二十歳なのに二つ結びのおさげを結っていた。
掘り炬燵に炭に入れに来て、娘さんは話し込んでいく。
「妹はスキーがうまくて、今は国体に行っているのよ」
「それはすごいね」徹は体育の教師を目指していので、興味を示した。
「お母さんに、怒られたの。お客さんの部屋に座り込んで話をしてはいけないよって」
「そうなの。俺はかまないけどね」
徹はこまで出会った女性と親密に話し込んだ経験がなく、娘さんの人なっこい様子に新鮮さを感じた。
徹は「これは恋心か」と思ってみた。
あれから、10年の歳月が流れていた。
由紀の人なっこさは、別のものであった。
徹はあの民宿に顔を出してみたくなる。
暖冬の年で、雪は道の両側に50㎝ほど積もっていた。
これならスニーカーでゲレンデの近くまで行けそうに想われた。
由紀は落ち着きがなく、周囲をキョロキョロ見回しているばかりだった。
「転びそうだわ」由紀は徹の腕に細い腕を絡ませた。
「こんな雪の景色初めて、寒いのね」
病的に痩せている由紀は徹に身を寄せる。
街灯に照らされた雪は幻想的に輝いて見えた。

 

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由紀 越後湯沢へ

2019年02月03日 22時04分36秒 | 創作欄

 

 徹が学生時代にスキーに行き、下車したのは越後湯沢、岩原スキー場前に、越後中里の3駅だった。

遠い記憶の中で、特に記憶に残っているのは、越後湯沢駅であった。
徹は背中にりックとケースに入ったスキー板を担ぎ駅を降りてから、駅周辺をうろうろする。
予約もしていなかったので、商店街で民宿の在りかを聞く。
そこで出会った娘さんが、「私の家の民宿はどうですか」と声をかける。
渡りに船であった。
「よかった、泊るところどうしようかと思っていたんだ」
「どうぞ。近いですよ」と先に立つて娘さんが案内する。
「これが豪雪地帯の雪道なんだね」と背後から声をかけた。
積もった雪は道の両脇に2㍍を優に超えていた。
「これでも、今年は雪が少ないのですよ」と娘さんは振り返る。
「そうなんだ」と徹は驚き、圧倒される雪の壁を見上げた。
娘さんは酒屋で買った2本の一升瓶を手に提げていた。
モンペ姿で厚手の綿入れはんてんを着ていた。
白い毛糸の帽子を被り、首に太いグレーの襟巻をしている。
如何にも雪国の娘さんの姿だった。
徹は新潟駅で学生時代の淡い恋のような思い出を浮かべた。
由紀と新潟から在来線に乗るつもりであったが、本数が少ない。
そこで、新幹線で越後湯沢まで行くことにした。
「帰りが遅くんるけど、越後湯沢に下りるよ」
「越後湯沢」由紀は不機嫌な顔を少し和らげた。
「偶然だけど、今日、湯沢で雪まつりがあるんだ」徹は切符を買う時に、前にいた3人連れが雪まつりに行く話をしていたので、声をかけてそのことを確認していた。
湯沢高原スキー場の布場ゲレンデで、タイマツ滑降や雪中みこし、雪雷太鼓などのほか、湯沢冬花火も実施予定というのだ。
湯沢高原スキー場の布場ゲレンデは、徹が学生時代に4日間泊った民宿の近くにあった。
その時、民宿の娘さんと二人でタイマツ滑降を体験した。

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「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。

雪の冷気が流れこんだ。

娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、「駅長さあん、駅長さあん。」

明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。

もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。」

<国境の長いトンネル(清水トンネル)>
 川端康成の「雪国」の書き出し、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」は教科書にも出てくる、あまりにも有名なフレーズ。

JR上越線は水上-越後湯沢を結ぶ清水トンネルの完成により昭和6年全通します。清水トンネルは単線で、複線になるには昭和42年の新清水トンネル完成を待たなければなりませんでした。

昭和57年に上越新幹線が開通したため、水上駅と越後湯沢駅間は一時間に一本程度しか列車は走っていません。

清水トンネルは上り専用で、新清水トンネルが下り専用。

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由紀 心の漂泊

2019年01月31日 07時06分31秒 | 創作欄

その店は、新潟駅前万代口から徒歩2分ほどであった。
掘りこたつで完全個室、靴を脱いで寛げた。
周囲をキョロキョロする由紀にとって落ち着ける店と想われた。
和風創作料理と日本酒。
徹が一番好む「雪中梅」を注文する。
「おいしいお酒なのね。こんな味がする日本酒は初めて!」由紀は満面笑顔となる。
徹の心が解れてきた。
「新潟は住んでみたい街ね」
「我々の住む埼玉は、味気ないね」
「そうね。つまらない」
徹は仕事で岐阜へ行った時は、岐阜に住みたくなった。
また、仙台へ行って時には仙台に住みたくなった。
旅行ではなく、これまで仕事で行ったのは札幌、名古屋、京都、長野(松本)、富山(金沢)、大阪、神戸、広島、高知、福岡、熊本であった。
歴史的建造物があればついでに足を運んだ。
徹は漂泊の旅を想ってみた。
由紀はいかにもおいしそうに雪中梅を飲んだ。
その様子を見て徹は、壊れてしまった心は復元できるのだろうか、と想ってみた。
心の病は「心の漂泊」であるのだろうか?
徹の心は酔いしれてきた。

「私たちは、<友たち芝居なのね>」由紀は唐突に言う。

その言葉を聞いて徹は、時間がかかっても、新潟駅から新幹線ではなく在来線で大宮駅まで帰ろうかと考えた。

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16歳の姉や(お手伝いさん)の裸体

2019年01月30日 11時48分48秒 | 創作欄

2015-07-05 02:15:37 

一郎は親友の浅野賢治君に誘われ、2年生の時に絵画教室に通うこことなった。
一郎の姉は母から大正琴を習っていたが、やがてピアノを習い出していた。
「一郎も何か習う?」と母親に問われた時、「絵画教室がいい。賢治君も一緒だといいね、と言うんだよ」気持ちを伝えた。
「そうなの。賢治君のおじいさんは、フランス帰りの絵描きさんなのよ。賢治君はおじいさんに習えばいいのにね」母の信枝は怪訝な顔をした。
西洋画壇の重鎮であった浅野陸乃は東京芸術大学の講師の立場でもあった。
一郎が通っていた絵画教室は、浅野陸乃の教え子の一人である大村美智子が主宰していた。
田園調布の駅から5分ほどの閑静な住宅街の一角の屋敷1階のアトリエで、美智子の父親は貿易商であり、彼女はお嬢さん育ち。
生徒は小学生ばかりで、常時6人であった。
毎日、デッサンでモデルは美智子の家のお手伝いさんが務めた。
時には生徒の一人が指名されモデルとなった。
一郎はモデルとなるのが苦痛であった。
ほとんど不動のまま座っていることが耐え難かったのだ。
一郎が絵画を止めたことを記す。
賢治君の家の16歳の姉やが浅野画伯の裸体画のモデルとなったのである。
一郎は賢治君のおじいさんのアトリエが気になり覗きに行ったのだ。
その日、賢治君は歯医者へ行っていた。
窓越しでの有様であった16歳になった姉やの裸体に一郎は大きな衝撃を受けた。
画筆を握り裸体の姉やを凝視する賢治君のおじいさんは、獲物に挑む野獣のように映じたのである。
「イヤラシイ!」と裸体画を描くことすら小学校2年生の一郎には汚らわしく想われたのだ。
「見てはいけないものを見た」という後ろめたさを感じた。
姉やは足を開いており、黒々とした陰毛も明からさまになっていた。
一郎は絵画教室に通うのを止めた。
「どうして?なぜなの?」と賢治君に何度も問われたが一郎は沈黙を貫いた。
















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