昨日に続いて、今日は「宇部神社」四方山話
明治32年に発行された五円紙幣の「武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)と拝殿」は昨日紹介しましたが、実はそれ以外の紙幣にも「武内宿禰命」の肖像が採用されています。
明治22年(1889)5月1日発行の「壹圓券」には『武内宿禰』の肖像と、社殿の代りに日本銀行の文字。中央に「日本銀行兌換(だかん)証券」と兌換文。「此券引きかへ尓銀貨壱圓相渡可申候也(この紙幣は1円分の銀貨と交換できる)」が印刷されています。
裏面には英文で「NIPPON GINKO Promises to Pay the Bearer on Demand One Yen in Silver」
この「壹圓券」は、明治22年(1889)5月1日から昭和18年(1943)12月14日まで、実に54年間もの長きに渡って発行されました。
昭和18年(1943)12月15日発行の「壹圓券」。戦争による経費の削減で紙幣も粗悪なものになっていきます。裏面にあった英文の兌換文が消え、中央に大きく「宇倍神社」の拝殿がデザインされています。
昭和20年(1945)8月16日に発行された「貳百圓」。昭和金融恐慌の混乱の中で、増大する紙幣の需要を賄うために大蔵省告示で制定され、支払猶予令解除後の預金払い出しに備えて急造。即座に銀行に届けられましたが、預金者には渡らずそのまま回収され、将来のインフレ等の緊急事態に備えて日本銀行に死蔵されました。結局、新円の発行に伴い発行から1年も経たず、昭和21年3月2日限りで失効。
社務所の方の説明が興味深く、撮影も許可という事で画像に残してきましたが、調べれば調べる程、感心することしきり。ついつい長くなりました(^^;)
ところで・・お札の上で不敵に笑っているその赤い顔のお方は??? 鳥取入りしてからあちこちで見かけた気がするのですが? 質問にまたしても丁寧に答えて下さる社務所の方。
鳥取県東部の因幡地方に伝わる「麒麟獅子舞」。江戸時代のはじめ、初代藩主『池田光仲』が曾祖父『徳川家康』の分霊を祀った因幡東照宮を創した際に、祭礼の芸能として創始したと言われています。「宇倍神社獅子舞」は山陰独特の獅子舞の原形を今に伝えるものとして、昭和34年12月25日、鳥取県指定無形民俗文化財に指定されました。
鳥取駅の地下通路に飾られていた「国府神社と麒麟獅子」の絵画。
絵馬に描かれた「麒麟獅子舞」。お馴染みの“キリンビール”のロゴマークはこの麒麟がモデル。
鳥取県限定の“キリンビール”には「麒麟獅子舞」と「鳥取しゃんしゃん傘踊り」が印刷されています(*^^*)
「宇倍神社獅子舞」で登場する獅子は、全国でも鳥取地方だけに見られる一本角が特徴。で・・獅子に頭を噛んで頂くという縁起に倣って、一同仲良く順番に頭をパクリ!!!
2016年は友人Jさんと御亭主殿。良い事一杯ありますように。
麒麟獅子のちょっと上目遣いのオトボケ顔も、四年の歳月を経て変わった神職の方の底抜けに優しい笑顔も、何一つ変わることなく温かです。
参拝日:2012年4月15日&2016年10月20日
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石段参道の頂上近く、両側に聳える深い緑の木に張られた、白地の垂れ幕。その年ごとに沿った言葉が書かれるそうです。2012年は辰年にあやかった昇竜のイラストと「がんばろう日本!!」「日はまた昇る」。2011年3月・東日本を襲った未曾有の大災害に心折れそうだったあの頃、合言葉のように口にした言葉。「がんばろう日本」「がんばろう日本」、日本中の人が気持ちを奮い立たせて使った言葉。人の祈りはこんなにも熱く強い。
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