車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール~2~ in 愛媛県旧宇和島市(宇和島市)

2021年01月14日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・愛媛県

旧宇和島市(うわじまし)は愛媛県の南部(南予地方)に位置した町です。北宇和郡吉田町・三間町・津島町・鬼北町・松野町に隣接。 藤堂高虎により築城された宇和島城を中心に城下町として発展し、慶長20年(1615)より、宇和島伊達家が9代に渡って統治。幕末には、高野長英、村田蔵六(大村益次郎)といった人物が滞在し、宇和島の近代化に貢献しました。また大正末期から盛んになった「闘牛」でも知られています。
「宇和島(南予地方)の闘牛は、獅子文六が終戦直後に発表した小説『てんやわんや』の大ヒットや、西宮球場への宇和島闘牛の遠征興行をフィクション化した井上靖の『闘牛』(昭和25年芥川賞受賞)によって全国的に注目され、知名度を高めましたた。」HPより

明治22年(1889)、町村制の施行により、北宇和郡宇和島町・丸穂村・八幡村・九島村・三浦村・高光村・来村・宇和海村が発足。

1917年、宇和島町が北宇和郡丸穂村を編入。

1921年、北宇和郡宇和島町、八幡村が合併、市制を施行し宇和島市が発足。

1934年、北宇和郡九島村を編入。

1955年、北宇和郡三浦村・高光村を編入。

1957年、北宇和郡来村(くのむら)を編入。

1974年、北宇和郡宇和海村を編入。

マンホールには、ドーム型の闘牛場で戦う「闘牛」がデザインされています。

名古屋市下水道科学館の展示マンホール

大正9年(1921)9月1日制定の市章は「「八」を「宇」で囲んだものです。」

「宇和島市管工事協同組合」の文字と「蛇口から水が出ている水道」がデザインされています。

「うわじま闘牛定期大会は、年にたった5回の晴れ舞台です。制限時間なしで牛同士が戦い、逃げた方が敗けというシンプルなルールです。その歴史は深く、17世紀の後半頃、宇和海を漂流していたオランダ船を福浦の漁民が救助し、礼として贈られた2頭の牛がたまたま格闘したことから始まった、と伝えられます。うわじま闘牛では技は10種に分類されます。」HPより
闘牛大会が近づくと、こうした大会のポスターが至る所に貼られます。プロレスやボクシングでさえも苦手な私には、間違いなく一生、縁の無いものです😅

撮影日:2013年3月25日


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