うまくは言えないけど

日々思う事をとりとめもなく書いています

交代

2005年12月28日 | 日記
JR西日本の社長が交代するそうです。

事故から8ヶ月経ち、社外への“改革”をアピールするのが狙いという報道でした。しかし、1件の示談も成立していないそうです。でも、分かる気がします。実際毎日利用しているボクも、結局8ヶ月経って何を改革したのかさっぱりわかりません。

8ヶ月経ってもダイヤ改正はされません。そしてここ最近は常に遅れていますし、その理由の説明もほとんどありません。あれだけ決めた時間に運行できないのなら、なぜダイヤ改正しないのでしょう。なぜ遅れた理由や遅れている時間をもっときちんと報告しないのでしょう。

なぜ遅れていいるのか今イチ良く分からない状態で、次の電車がいつくるか分からない状態でも、乗客はいっさい待たないし異常に駆け込み乗車に厳しいです。確かに駆け込み乗車は危ないですし、待っていたらキリがないかもしれません。しかし、JRの対応には納得がいきません。

阪神電車はかなりの確率で乗り終わるまで待ってくれます。だからといって多少ブレますが、運行が遅れたりしていません。路線の長さや乗客の数も違うの簡単には比べられないかもしれませんが、今のJRのようにギスギスしないでもできるのではないかと思います。

新型車両が導入されましたが、被害者に考慮して色を変えたとあります。しかし、肝心の車体の耐久性がどうなのかはよく分かりません。JRはそういう小手先の事よりももっと考えなくてはいけない事があると思います。安全を最優先させるのは当たり前ですが、JRはもっと乗客の立場を考えなければいけないと思います。そうすれば安全はもちろん、もっといろいろな面で変わると思います。新しい社長がどういう人かは分かりませんが、利用者が感じる事ができるくらい改革をしてほしいと思います。

M-1

2005年12月27日 | TV見て一言
今年もM-1が行われました。

今年は例年に比べ本命不在と言われていましたが、確かに始まるまでは混戦に見えました。今年は関西勢がいつもより多かった事もありボクの中では少し盛り上がりにかけました。半分以上が見た事のあるネタだったので、去年までのような驚きやワクワクはありませんでした。

とはいえ、見た事があってもファイナリストになるくらいですから、それなりに面白かったです。チュートリアルやブラックマヨネーズはどちらも何度か見たネタでしたが、なかなか面白かったです。逆にアジアンは実力を発揮できなかったようです。ボクは馬場園さんは緊張しすぎたかと思っていましたが、椎間板ヘルニアだったようでリズムが合わず気の毒でした。

個人的には麒麟を応援していたので、残念でした。麒麟はM-1の申し子と言われていましたが、なかなか優勝できません。今年もファーストラウンドはかなりいい感じで、最終決戦も良かったのですが、最後の最後で大きな声で叫ぶだけという麒麟らしくないさげをしてしまいました。最後をうまくしめれば、もう少し違う結果が出たかもしれないと思うとほんと残念です。

麒麟に限らず去年くらいから勢いを重視しすぎでないかなとも思います。確かに勢いは笑いの大事な要素だと思います。でもそこに固執するとちょっと本線からずれるような気がします。もっといろいろな笑わせ方があってもいいと思うし、またそれをみたいと思います。今年も面白かったですが、来年はもっともっと面白いM-1が見たいなと思います。

入団

2005年12月23日 | スポーツ
清原選手と中村選手のオリックス入団が決まりました。

ともに推定年俸は2億5千万(中村は出来高5千万)だそうです。前からずっと話題にはなっていたので驚きはしませんが、非常に残念です。

仰木さんが2人を熱心に誘っていたのは事実でしょう。でもそれは仰木さんが自分なら使いこなせるというつもりだったからでしょう。中村新監督も仰木さんの全面バックアップがあると思っていたから2人の入団もいいと思っていたのだと思います。でも仰木さんが亡くなってしまった今、どうなる事でしょう。

清原選手は入団会見で王さんの39歳の時のホームラン記録を目標にすると発言しました。吉井投手が野球をできる喜びやチームの勝利を考えた発言をしているのと大違いで、やはり自分の事ばかりです。中村選手は「清原さんと2人で関西を盛り上げていきたい」といきなり自分たちがチームの中心だと言わんばかりです。

二人とも仰木さんに誘われたのが心に響いたとか仰木さんのためにとかあたかも美談のような発言をしています。しかし、清原選手は去年もあれだけ誘ってもらいながら残留し、「泥水を飲む覚悟」といいながら結果を残せずプライドばかりが先行しました。そしてこのオフもギリギリまで態度を保留していました。多分言われているように在京かセリーグの球団への移籍を模索していたのでしょう。

中村選手は高年俸が球団の経営を圧迫していました。もちろん中村選手だけが悪い訳ではありません。しかし、最後の年になんとか結果を残そうと他の選手は頑張っていたのに、けがだったかもしれませんが休みがちでした。そして中心選手でありながら球団合併のさいにほとんど知らん顔でした。その近鉄から複数年契約で球団がなくなっても2年間2億円をもらいながら夢への挑戦とかいって大リーグを目指しました。そこで結果を残せずたった一年で当然のように主力選手顔で帰ってきました。オリックスと近鉄に所属していた選手はどんな思いで会見などを見ていたのでしょうか。

自分の都合のいいように振る舞うのも勝手ですが、そこに仰木さんをつかうのはほんとに腹立たしいです。確かに二人がほんとに年俸分働けば観客は呼べるかもしれません。でもボクはバラバラだった合併球団を一年間、仰木さんがそれこそ骨身を削ってまとめてきたチームが二人の入団でまたバラバラになるのではないかと不安です。

今年のオリックスは打撃がさっぱりだったから二人の入団は大きなプラスになるという解説も聞きました。しかし、松坂や和田など選手が揃っている西武とギリギリまでプレーオフ争いをした事を思えば、野球は個々の成績よりもチームとしてのまとまりが重要だと分かります。合併前の近鉄やここ数年の巨人を見ても二人の入団がいい方に出る確率は相当低いように思います。

ボクは今年オリックスを応援していました。仰木さんの野球は見ていて面白かったし、吉井投手も良かったです。プレーオフには進出できませんでしたが、中継を見ていても面白かったです。でも、来年からは全く見る気がしません。できれば、ダブルフランチャイズのような中途半端はやめて大阪にいってほしいです。でも吉井投手をはじめ今年頑張ったオリックスの選手たちは来年も頑張ってほしいしと思います。

野ブタ最終回

2005年12月19日 | TV見て一言
「野ブタ。をプロデュース」の最終回を見ました。

この一年はボクの中で今までになく、ドラマを見ました。特に日本テレビの土曜午後9時のドラマは「ごくせん2」から「瑠璃の島」「女王の教室」そして「野ブタ。をプロデュース」と1年間見続けました。NHKの朝の連ドラ以外は何年かに一本くらいしか見ていなかった事を考えるとほんとにたくさん見ました。

「野ブタ。をプロデュース」は原作に興味があったのと「ごくせん2」の時の亀梨君と「ドラゴン桜」の山下君の演技が良かったイメージがあり、見始めました。始めは内容も映像もちょっと狙いすぎのような気がして、しかも山下君の役柄がどうなのかとも思っていました。

でも、見ているとなんかいいんですよね。何に対しても本気になりたくないはずなのに、いじめられっ子をほっとけない主人公や、ただ単に受け身じゃなく自分の力でもなんとか自分を変えようと努力する女の子、何があっても親友を信じる男の子と出てくる登場人物がみんな魅力的でした。

いじめや嫌がらせを最終的にはいい方向に変えていけるというのも見ていて良かったです。あり得ない話やちょっと強引な展開も多々ありましたが、それも3人の成長と友情という軸がぶれていなかったので、悪くありませんでした。リアリティがないようで本質はしっかり押さえているように思えました。

土曜日の夜なので、家にいない事も多いので基本的には録画して見ていました。だいたいドラマは一回見ればいい事が多いのですが、「野ブタ。をプロデュース」は一回目よりも2、3回目のほうが感動しました。こんなにじんわり胸に響いてくるドラマも珍しいと思います。

いいドラマだったと思うのですが、HPを見て脚本が結構ギリギリまでできてないのには驚きました。朝の連ドラや昼間の連ドラと違って10回程度のドラマでも始まる段階で最後まで脚本ができていないんですね。視聴率の問題とかあるんでしょうかね。でも、できれば脚本を作り込んだほうがいいものができるような気がします。

「野ブタ。をプロデュース」も一話ごとは良かったのですが、特に後半の流れがちょっと苦しかったような気がします。いい話だっただけにちょっともったいなかったような気もします。でも、ほんと面白かったので「2」も作ってほしいなと思います。

野ブタ。をプロデュース

河出書房新社

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仰木彬氏が死去

2005年12月15日 | スポーツ
前オリックス監督の仰木彬氏が死去 (読売新聞) - goo ニュース

仰木監督がお亡くなりになりました。

シーズン後半に選手を鼓舞したかったが体がついてこなかったのが、プレーオフに残れなかった原因とおっしゃっていたくらいですから、大分体調は悪かったのでしょう。でも、こんな急にお亡くなりになるとは驚きです。

今シーズンも元々は体調を理由に監督をしないんじゃないかと言われていたと思います。でも、合併球団の指揮を執れるのは自分しかいないと思われて無理されたのではないでしょうか。もちろん、一番の適任でしたし、可能なら仰木さん本人も何年かやりたかっただろうと思います。

もちろん、監督としての能力の高さや野茂投手やイチロー選手を育てたという手腕もスゴイです。でも、阪神淡路大震災を経験した神戸市民としては、やはりあの年に優勝して神戸に明るい話題を提供してくれた事が忘れられません。

オリックスや阪神に在籍していた星野さんの著書に、仰木さんはチームが連敗しているときに選手に「野球って難しいな」と言っていたそうです。ボクはこの言葉が大好きです。チームを預っているというプレッシャーから並の監督なら怒ったり焦ったり嘆いたりしそうなものです。

それがあれほど野球を知り尽くしているはずの仰木さんが、こういう事を選手に言うのは選手としても考える事が多いのではないでしょうか。この本はほんと面白い本で、野球の面白さはもちろん、仰木さんが魅力がかいま見れる話がたくさん書かれています。

仰木さんがいなくなっては、これからオリックスはどうなるのだろうと思ってしまいます。杉浦忠さんが亡くなられた時もそうでしたが、ボクは監督時代しか知りませんが、ほんとに惜しい人が亡くなってしまい残念でなりません。寂しい気持ちでいっぱいですが、ゆっくりお休みになってほしいと思います。

真っ向勝負のスローカーブ

新潮社

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