写真;
昭和35年ごろかな? 気仙沼の自宅兼父の事務所の前で撮影
ここに写っているオートバイは父の愛用したホンダのドリーム号だと思うのだが・・・?
気仙沼に来てから、父は仕事でオートバイ(確かホンダのドリーム号だったと記憶しているが)を使うようになっていた。乗用車を買うのはさらに3~4年先のことで、それまでは暑い夏も、凍える冬も、もっぱらこのオートバイに乗って出かけていた。冬には体全体に氷が張ったようになって、がたがた震えながら帰って来たものでした。
肺結核の手術で片肺が無く、腕もまだ良く上がらない体で、山道をこのオートバイでぶっ飛ばしていたのだから感心するというか、呆れてしまう。
当時は道路だってまともに舗装されていない時代だし、オートバイだってそんなに走っていませんでした。
昭和35年ごろかな? 気仙沼の自宅兼父の事務所の前で撮影
ここに写っているオートバイは父の愛用したホンダのドリーム号だと思うのだが・・・?
気仙沼に来てから、父は仕事でオートバイ(確かホンダのドリーム号だったと記憶しているが)を使うようになっていた。乗用車を買うのはさらに3~4年先のことで、それまでは暑い夏も、凍える冬も、もっぱらこのオートバイに乗って出かけていた。冬には体全体に氷が張ったようになって、がたがた震えながら帰って来たものでした。
肺結核の手術で片肺が無く、腕もまだ良く上がらない体で、山道をこのオートバイでぶっ飛ばしていたのだから感心するというか、呆れてしまう。
当時は道路だってまともに舗装されていない時代だし、オートバイだってそんなに走っていませんでした。
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