吐露と旅する

きっと明日はいい天気♪

さるぐつわ

2016-05-02 10:25:15 | 日記
勤め先の高齢者住宅へ、新しい住人がやってきました。

左半身が麻痺しているため、車椅子を利用している女性の方です。

小柄な身体に気難しそうな顔をのせた方で
自分の身体が半分思うように動かなくなったことと、車椅子の生活をするようになってしまったこと
そして、家族と暮らせなくなってしまったこと。

環境の変化と身体の変化に気持ちが馴染めず、いつも不機嫌で
食事も拒否、水分補給も拒否、着替えも歯磨きも入浴も拒否。
「このままでは体調を崩してしまいますよ」
職員が声を掛けると
「いいの、私、このまま死にますから」
と、穏やかじゃない。

そんな彼女に、いまどんなことをすべきか、新人の私たちにはよく分かりません。
先輩職員から色々と細かく指示を受けていると
「私そんなことくらいじゃ思う通りにはなりませんから!」

かなり小さな声で話しをしていたのですが、しっかり聞こえています。
左半身が麻痺していようと、車椅子だろうと、認知症だろうと
大変、しっかりした方です。

ある日、私は、その方を昼食時にお部屋からホールへご案内をする任務を受けました。
ベッドから車椅子への移乗オッケー。
ご機嫌も悪くありません。
私は、普段2階に住んでいる方々との関わりが少ないため
2階へ行くと、どこが階段で、どこがエレベーターで、どの通路が目的地まで最短で行けるのか
いまだによく分からず、迷ってしまうことがあるのですが
このときも、やっぱり迷ってしまいました。

「すみません、早くお連れしたいのに、ちょっとだけ迷子になってしまいました」
謝る私に、彼女は笑いながら、こう答えてくれました。
「いいんだよ、私だって分からないんだから」

機嫌は悪くないようです。ほっ。

やっとホールまで連れてきて、テーブルに着き、食事用のエプロンをかけていたときです。
顔の前にエプロンを回し、首の後ろでマジックテープを…

あれ?なんだかきついな?

「少しきつくありませんか?」

私は、彼女の顔を後ろから覗き込み、一瞬固まりました。
顔の前に回したエプロンが、どうしたわけかあごの下におさまらず
なんと、口に「さるぐつわ」の状態ではまっていたのです。

「すみません!すみません!
 これでは間違いなくきついですよね!」
エプロンを外しながら誤る私に
「いやいや、いいんだよ」
と、彼女は大笑いしながら答えてくれたので、私も安心して一緒に笑ってしまいました。

せっかく機嫌が良かったのに、思わぬところで怒らせてしまうところでした。
あぶないー。

と、いう話をお昼の休憩で、受付を担当している女性に話したら
「その状態じゃ、きつくてもきついって言えないですよね」
と、彼女も爆笑。
「さるぐつわですもんね」

怒らせずに済んだから、こうやって笑って話せるけれど
本当に、気持ちを引き締めて注意をしなければ。