原題:『凶悪』
監督:白石和彌
脚本:白石和彌/高橋泉
撮影:今井孝博
出演:山田孝之/ピエール瀧/リリー・フランキー/池脇千鶴/白川和子
2013年/日本
「常識人」の限界
主人公の藤井修一は所属している雑誌『明朝24』の女性編集長の芝川理恵に獄中の死刑囚である須藤純次から届いた手紙を託される。面会の際に、須藤から、判決を受けた事件とは別の、3件の殺人事件の首謀者である「先生」と呼ばれている不動産ブローカーの木村孝雄の過去を調べて記事にして欲しいと懇願された藤井は編集長の制止も無視して夢中になって調査することになる。
本作の秀逸さは、付き合わされている舎弟の五十嵐邦之や日野佳政はともかく、メインの木村と須藤が実に楽しそうに人を殺していくのとは対照的に、その殺人事件を追っている藤井は認知症の母親の和子を巡って妻の洋子と口論が絶えず、子どもを作る暇さえ与えられないことから洋子から離婚届けまで突きつけられるほど終始暗いままであることだろう。しかし家庭を犠牲にしてまで暴いた殺人事件のスクープ記事が藤井にカタルシスをもたらすことはない。何故ならば死刑囚であるはずの須藤はキリスト教の洗礼を受け、俳句や習字を習ったりして刑務所内でも毎日を楽しそうに生きているからである。さらに木村に対しては藤井は複雑な思いがある。藤井が木村に極刑を求めていた理由は、土地は持っているがもはや「役立たない」老人を、時には家族の同意まで取り付けていとも簡単に楽しく殺すことが出来たところにある。それは実は藤井自身が認知症の母親が存在しなければ子供を作って妻と仲良く暮らすことが出来るはずで、エクスタシーを感じながら老人を殺せる木村を内心羨ましく思っているのだが、老いて使いものにならないからといって母親を殺すわけにはいかないという社会常識を何としてでも木村にも共有させたい。木村に対する死刑は自分の本心を「誤魔化そう」とする唯一の手立てなのであるが、そんな藤井の本音を知ってか知らずかラストに藤井に微笑みかけて面会所を後にする死刑を免れた木村を前に「常識人」の藤井はなすすべが無いのである。高齢化社会において、人生を楽しむためにはとりあえず老人を殺すことであるという恐ろしいメッセージが隠されている傑作である。