MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』

2022-10-02 00:52:41 | Weblog

 1953年に発表された「バナナフィッシュにうってつけの日(A Perfect Day for Bananafish)」のラストで主人公のシーモア・グラースが自殺したことから「グラス家(Grass Family)」の物語は始まり、本著はその謎解きを試みたものであるが、論理の説得力に全く問題はないものの、これは原作で読まなければ分からないのではないかと思った。
 例えば、「バナナフィッシュにうってつけの日」が冒頭を飾る『ナイン・ストーリーズ(Nine Stories)』のラストを飾るのは「テディ(Teddy)」は「グラス家」とは関係ないものの、主人公で10歳のシオドア・”テディ”・マカードルが教育学者のボブ・ニコルソンとのヴェーダンタ哲学の輪廻説などを中心に議論を繰り広げるのだが、ラストは「バナナフィッシュにうってつけの日」ど同様にテディが本人の予言通り空のプールに落ちて亡くなるという結末で終わり、二作品は対になっているのである。
 ところが本書の「テディ」の冒頭は以下のように訳されている。

「お前を最高の日にしてやるぞ、バディー」ー 短編「テディー」は、この文法的に破格な一文で始まる。「最高の日」を意味する”exquistie day”は名詞句だが、ここでは”you”を目的語とする動詞と化している。主人公の少年テディ―に向けて父親が発したこの一風変わったセリフは、私たちの議論に刺激的ではあろう ー 『少年の名はテディーなのに、バディーと呼びかけられている。ここにもバディーがいるようだ』とか、『サリンジャーの定型破壊は、ついに文法にまで及んだか』とか、さまざまな感想が浮かぶかもしれない。
 しかし『テディ―』冒頭の奇妙な一文でなにより目にとまるのは、読み飛ばさないでと言わんばかりに異化された(動詞化された)『最高の日』という言葉であろう。それは、あの”Perfect Day”(うってつけの日)と同じ意味と言ってよい。」(p.107)

 例えば同じ場面を野崎孝は以下のように訳している。

「快適な日もクソもあるか、坊主、たった今その鞄から降りないと、ひどい目に会うぞ。」(新潮文庫 p.250)

 さらに柴田元幸は以下のように訳している。

「なぁにがうららかな日だ、今すぐ鞄から降りないとただじゃ済まんぞ。」(ヴィレッジブックス p.266)

 原文も引用しておく。

「I'll EXQUISITE DAY you, buddy, if you don't get down off that bag this minute. And I mean it," Mr. Moardle said.」(『NINE STORIES』 J.D. Salinger  Little, Brown and Company Edition First LB Book mass market paperback edition: May 1991 p.166)

 誤訳とは言わないがサリンジャーの言葉の使い方の細かさが伝わらないのは明らかで、今まで何を読んでいたのだろうと思わせる謎解きなのである。


gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/otocoto/entertainment/otocoto-otocoto_66475


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  J.D. サリンジャ―の「グラス... | トップ | 『フラニーとゾーイ』 »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事