特にこれと言ったコンセプトのないブログ 2015年10月意識低い系を宣言。

私の辞書に努力と継続と言う文字は無い。
1999年人類滅亡を信じて生きてきたが
その後も惰性で日々を送っている。

ミンダナオの田舎からバコロドに移転した年のことだ

2008年02月15日 | フィリピン
もう4年前のことだ
ミンダナオの田舎からバコロドに移転した年のことだ

日本に帰ったとき京セラのデジカメを買った
たしか3万円くらいだった
日本では実家で飼っていた
アメリカンショートヘアにちょっと似ている
猫の写真を数枚撮った

そのころバコロドではデジカメはあまり普及していなかった
値段も随分高かったように記憶している

その時宿泊していた宿の近所の子どもや
宿の近くに赤十字で介護士なるコースを受講していた
新しく知り合った友達達の写真を20枚くらい撮った
そのうちの一人が、冗談半分にこれ私に頂戴?と言ったのをおぼえている


宿に帰ってもやることもないのでダウンタウンを一人で歩いていた
そしてプラザのベンチに座って休むことにした
その辺にたむろしている子どもたちが
いかにも困ったような表情を作りお金をくれとやってきた
小汚い身なりをしていたので1ペソづつあげることにした

しばらくするとあきらかにいかがわしそうな女が2人話しかけてきた
一人は24歳と言ったがどう見ても37歳にしか見えなかった
5ペソくれと言うので5ペソ上げるから向こうへ行ってくれといった
それでもいっこうにはなれず
このショルダーバッグの中には何が入っているんだときかれたので
カメラとか携帯電話、それにパスポートも入っていると馬鹿正直に答えた

いよいよ面倒になり場所を移動することにした
するとまたその怪しげな女2人組みがツイテ来るではないか
再び場所を変えてもしばらくするとまたその2人が現れる
これは絶対財布をするチャンスを狙っているのだと確信した
だからはじめに5ペソをねだり、現金の場所を確認し所持品を確認する意味で
色々と質問したのだ
まあ、気をつけていれば大丈夫と思った

そんなことを思っていると危なそうな男がやってきて
金のネックレスをひったくってきたから買ってくれと
チェーンの切れたネックレスを差し出した、そんな犯罪に関わるわけにはいかないので
いらないと断るもしつこくすすめるそんなやり取りをしている間に
いかがわし女2人組みがスーッと立ち去った
そして男もそれを売るのをあきらめて去って行った

アーやれやれ、これでせいせいしたと思った。
ふとポケットに手を入れると何かがおかしいことを感じた

小銭入れがなくなっていたのだ、まあ200ペソも入っていなかったからいいや
と思い、念のためショルダーバックをみるとジッパーが開いているではないか
このとき全身から血の気が引いた。いやな予感がしたと言うより確信したのだ

そしてその確信通りわざわざ日本で買ってきたデジカメがなくなっていた
呆然としたとはまさにこのときの心境だ
あの危なそうな男は怪しげな女達とグルだったのだ。
それでもパスポートと携帯電話は無事だったので
まあ、いいやと気持ちを切り替えあきらめることにした

しかもポケットの中に小銭が残っていたので宿までJeepに乗って帰ることも出来た
このときの5ペソ以上に価値のあったお金はその後ない。

後日友達にカメラを盗られた事を話すと案の定
だからあの時私にくれてればよかったのにと言われた。
たしかにそのほうがよかった

By jj
Bacolod City Philippines


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