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鷹泊 昭和30年代

いまは超過疎地になった北海道深川市鷹泊 自然にめぐまれたその地で昭和30年代を過ごした自分がその当時を思い出してみた

人口減少の鷹泊でも郵便局は健在

2016年12月06日 | Weblog

郵便局は昭和30年代には駐在所の隣、すなわち上鷹と中鷹の境界部分にあったが、その後下鷹の立◯さんが住んでいた後の場所に移動し、さらに今の位置(同じ下鷹ではあるが、もとの吉田薬局があった付近)に移動している。

昭和30年代、郵便物は集配人の方が大きな配達かばんを肩から提げて、自転車で配達していた。冬には、犬に引かせたスキーに乗り道なき道を、冬のペンケにまで配達していた方もいた。 イヌにスキーを引かせる姿を見て、集配人の方の苦労も知らず、イヌスキーに乗りたいとうらやましく思ったりした。今は郵便局の車が夏冬と関係なく、人家の少なくなった鷹泊のあちこちに郵便物を配達している。この日、ヌップ・竜水では郵便局の車以外、車にも人にも遭遇しなかった。

都合により、ブログ更新を1週間程度休みます。

写真は鷹泊郵便局

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下鷹のことを思い起こして

2016年12月04日 | Weblog

下鷹は、床屋の高橋さんよりも南で、駅前通りまでの地域が該当する。下鷹 には昭和36年当時、 33 戸  151人が暮らしていた。

下の写真は下鷹部分の水田。遠くに見えるビニールハウスの更に奥に駅前通りがある。

下鷹にあったお店は吉田薬局、牧野旅館(教員住宅の代わりに旅館に宿泊していた学校の先生もいた。)、大原商店のちに坂田商店、駅前通りには鉄道荷物を扱うマル通(日本通運)の髙橋さん、飴を製造販売していた浜出さん、新井食堂、パン製造を兼ねた宇佐見材木店等々のお店があった。下鷹33戸のうち、どれだけ思い出せるか試みたが、自分の居住地域であったゆえ、33戸中22戸で丁度2/3思い出せた。

今この地域(下鷹)には郵便局が引っ越してきているがほかにお店は一軒もない。水稲、ソバ以外に花卉栽培のビニールハウスが幾つもあり、他の地域とは少し違っているように見受けられた。

下の写真は、国道沿いの並木と花卉栽培のビニールハウス

 

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人家が少なくなっている中鷹に、薪燃料の家があった。

2016年12月03日 | Weblog

 

写真の右端の道の突きあたり。正面の山はイノシシ山。下鷹全体が見渡せる。

苗圃(びょうほ)方面への道をUターンして、国道の方へ戻った。正面突きあたりに昔、床屋の高橋さんがあった。

鷹泊の唯一の床屋さんであった。左隣には農耕馬の蹄鉄を付け替える所があった。床屋さんとその右隣の家との間には、時期が来るといつもきれいな真っ赤なダリヤが咲いていた。半世紀前の鷹泊では多くの家の庭先に花壇があって、競うようにいろんな種類の花が植えられていた。

床屋さんがいつ頃撤退したかはわからないが、鷹泊での理髪はどうしているのかと、いらぬ心配をしてしまう。

国道沿いの家の横に薪が積まれているのを発見。薪燃料の家をみると、昔を思い起こして、ついうれしくなる。

写真は薪が積まれている家

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苗圃のカラマツ、トドマツから「おそ松くん」を連想。

2016年12月01日 | Weblog

 

床屋の高橋さんの前の道を東に向かっていって、線路をわたった突きあたりを左折したあたりに苗圃の仕事を営んでいた渡◯さんの家があった。苗圃では沢山の樹の苗(確か50cmくらいの高さの苗木)が植えられていた。鷹泊で、林業が盛んだった時代にはその苗を使って植林あるいは造林していたと思われる。

写真上は、昔は苗圃で樹の苗が植えられていたが、今は普通の森林に見える。

 

北海道の人工造林で使われたのは主にカラマツとトドマツとされる。

カラマツは唯一の落葉針葉樹であり、カラマツを「落葉松」とも書くのは、秋に黄褐色となって落葉することによる。北海道の松の木で、冬に落葉していればカラマツで、冬に葉を落としていなければトドマツといってほとんど間違いがないようだ。

トドマツは元々北海道に自生している針葉樹で、もみの木に形が似ているのでクリスマスツリーを連想させる樹である。

話は逸れるが、カラマツ・トドマツといえば、つい昭和30年代に流行った漫画のおそ松くんを連想する。

週間少年サンデーに昭和37年〜44年まで連載されていて、イヤミさんのシェーは一世を風靡した。

おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松 の6人が活躍する漫画であるが、トドマツ、カラマツ以外は松の名前ではない。 

 話を本筋に戻す。道を左折せず、突きあたりを登っていくとため池があり、そこで泳いだこともある。昔は、ため池がある理由を考えもしなかったが、鷹泊の歴史を考えると、市街部の水田は雨竜川の水ではなく、溜め池で水をまかなっていたようだ。

写真下は床屋さんがあった前の道。東方向へ、まっすぐな道が続いている。

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