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青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

苦手科目。2

2011年06月21日 19時17分05秒 | 青裸々日記。
行船公園の紫陽花(東京都江戸川区)

 こんにちは。
 今日も皆さん、ありがとうございます。



 どんな人にも得手不得手がありますが、たまたま「苦手なこと」がすごく簡単なことだったりする場合があります。
 このことを理解すると、人に優しくなれると同時に、
 人情として「この人をなんとか助けてあげよう」という気持ちがわき上がってくることがあります。


 しかし、結論から言えば「助けを求めるまでは、そっと見守っていてあげる」のがベターな気がします。

 少し考えてみましょう。
 「苦手なことに挑戦する」というのは、言い換えれば「普通にやっても人並みにはこなせないことをやってみる」ということですよね。
 つまり、人一倍やってやっと及ぶか及ばないか、ということにもなります。
 ということは、苦手なことに挑戦しているという人は、
 例外なく一生懸命に全力を尽くしているものです。
 そうやって必死にやっている姿には、心を打たれる人も多い。
 しかし、一生懸命であるがために、期待も過剰になりやすいのです。
 「一生懸命でも人並みにはできない。しかし、人並みの人が期待する」というのですから、
 期待が加熱すればするほど、「その人なりのペース」を越えてものを望んでしまうことになってしまうのです。
 ひどい例だと、本人の力が及ばないことを勧めてしまう人までいます。

 でも、本人には期待に応えるだけの力がない。
 力があったら苦手意識なんか持つわけがありません。
 そうなれば、「期待されればされるほど、やる気がなくなっていく」ということにもなりかねないわけです。


 おわかりいただけたでしょうか!?

 心の中で応援するのはよいことですが、
 「これで成長してくれる」
 「自分が教えたからうまくいく」
 「応援したからには」と、こういう「出来映え」に目を向けるのは、
 かえって苦手なことをますます嫌にさせてしまいやすいのです。
 成果主義とでも言えばいいのでしょうか、こんな考えで応援されて、
 果たして誰が喜ぶでしょうか!?
 本当に応援しているなら、○でもペケでも「苦手なことをやったその姿勢」そのものに感動を覚えるものです。

 できない人も、苦手なことを抱えている人も、
 本人なりに幸せを願って本人なりに努力しているのです。


 これ実は、「自分が苦手なことをする」という場合も、
 「苦手なことをやっただけエライ」と、自分をねぎらえる考え方でもあるんです。
 ×でも○でも自分を応援できるなら、きっと挑戦する気も起こりやすくなるハズです。


 好きなこと、得意なことだけして生きていられるなら、誰だってそうしています。
 あるいは、「楽しいハズのもの」だって、
 周りのみんなが楽しんでいても、自分は心が躍らないことだっていくつもあるもの。


 そんな時に「実は苦手かもしれないけど、まあいいか」と思えれば、
 少しは楽になるかもしれません。
 楽になれば、やってみる気持ちもわくことがあります。


 これを読んで、少しでも気が晴れる人がいれば幸いです。
 一緒にがんばりましょうね。

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