青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

待っている人。

2010年10月17日 18時10分51秒 | 青裸々日記。
岩井海水浴場(千葉県南房総市)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 言うまでもなく、いくつも記事を投稿しているように、
 私はこうやってブログを楽しんでいますが、
 たまにブログを書くのが怖くなる時があります。

 こうやって人間心理や恋愛論、自分の信念を語っていると、
 必ず矛盾やボロ、さらには「付け込む人」が出て来るわけです。
 なによりも、「この記事は自分に宛てた記事なんじゃないか!?」みたいに傷つく人がいたら、
 もう本当に申し訳ない気持ちになるんです。
 ちなみに最近、どこかで書いた気がするんですが、
 ここで「特定の誰かの悪行を念頭に書く」場合、
 それはストレス発散のために書いたり、
 「そかそか、辛かったんだねえ、よしよしよいコだねえ」などと構ってもらいたいから…ではありません。
 届くかどうかはさておいて、
 本人に悔い改めてもらうために、心で涙を流しながら書いているんですね。
 あとはまあ、自分に腹が立った場合、それを戒める目的で厳しい記事を書いたりもします。


 …と、「男らしくねえぞ!」とかケチがつけられそうな言い訳を書き連ねてきたわけです(笑)
 でも、これは偽らざる私の気持ちですし、
 なによりも、どうしても前置きが欲しかったんです。

 ブログに限らず、人と交わるということは、
 沢山の地雷を巻くことになりかねないというか、言い換えれば、必ずリスクが発生するわけです。

 不用意な発言が人に深い傷を与えたり、
 相手を思ってした行為が裏目に出たり、
 「してほしいこと」を読み違えてしまったり。
 あるいは、「口約」が「公約」になって後から追求されたり、
 「自分の長所」がたいして役に立っていなかったり。

 つまり、正が負になる危険やリスク、
 これがどこまでも付き纏うのが、
 「人間関係」というもののです。


 しかし。

 たとえば怪我をした人がいたとして、
 「どうせお節介になるから」と無視を決め込むことも、
 あるいは素直になって、その人に優しく手を差し延べることも、
 どちらの選択肢も、相手の気持ちを考えている点では正解です。
 しかし、「どちらがより相手のためになるか!?」という場合、
 それは当然、手を差し延べてあげるほうが、
 より相手の身や心に響くものですよね。
 このように、人と人が関わるということは、
 いくらリスクが付き纏うと言えど、
 自分が持てる力を出すことで、助かったり幸せになってくれる人だって、
 どこかにいることはあるのです


 私達人間というのは、
 100%の悪玉、100%の善玉であるということはありません。
 だからこそ、
 自分の価値が生きないハズはないと自分を押し売りする、
 卑下して力を持てる価値を発揮しにいかない、
 どちらに偏るのも違います。
 どちらも正解にも間違えにもなりえるのが、本当のところではないでしょうか。
 しかも、「TPOによって、その基準が移ろい、変わっていく」というのがまた、現実なのです。

 私が言いたいのは、「この事実を受け入れましょう」ということ。
 押し売りや尻込みが間違えだどうだというのではなく、
 「人間心理の正解は変わっていく」ということを、
 ただただ、頭に入れておくこと

 そして、愛情や良心を持って、自分なりのベストを尽くし続けること
 このことを知っていれば、
 たとえ自分のとった行為が間違えであった時も、
 いちはやくリカバリーに回れると思うのです。
 そう、エラーが防げないのなら、「リカバリー」が大切になってくるのです。
 このことを心に刻める人が、すなわち「人の気持ちがわかる、器の大きい人」と言うのではないでしょうか。


 ちなみに。

 ブログの話に戻りますが、
 書いていくと当然、誰かの地雷を踏んでしまう可能性は否めません。
 でもその一方で、待っている人がいるのかもしれない、
 確信はありませんが、
 こういう人だって、どこかにいるのかもしれません。


 それを信じて、これからも更新を続けていこうと思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿