青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
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仏性。

2010年10月21日 23時45分56秒 | 青裸々日記。
空を舞う鴎(千葉県鋸南町)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 私はとりたてて仏教の信者というわけではありませんが、
 思い付いたままに綴ってみます。


 ☆ ☆ ☆

 ガラの悪い顔。
 満面の笑顔。

 皆さん、両方作れますか!?
 せめて、心の中で笑顔を作ったり…は出来ますか!?!?


 このことを踏まえて。

 私達人間は、悲しいほど利己的な生き物です。
 しかし、四六時中ずっと利己的で手に負えない存在かと言うと、
 そうでもなかったりする部分もまた、あることはあるハズです
 「純粋に、無私の精神で人のためによいことをしたい」と思って、
 自ら率先して気持ち良い行動をしていること、
 誰しもあると思うんですね。

 こういうわけで、
 利己的な時も、純粋に思慮深い時もあるのなら、
 「人間の中には悪魔も天使も、鬼も仏様も、どちらも住んでいるのではないか」と考えることが出来るのではないかと思うのです。
 冒頭の突拍子もない話は、これを言いたかったから。
 つまり、笑顔が作れるということは、心に仏様がいるということ、
 悪態をついた顔にもなりえるということは、心に鬼も住んでいるということです。
 ちなみになんでこんな発想に至ったか種明かしをすると、
 「仏頂面」も「菩薩顔」も、
 どちらも「仏様」に関係する言葉だからです。


 一度は経験しているものだと思いますが、
 ついつい、自分の性格について思い悩んだりするのが、
 私達というものです。
 しかし、性格なんてあってないようなもの。
 たとえば「ありがとう」と挨拶をされても、
 なぜかムッとする日と素直になれる日、
 その時の展開を勘定に入れても、極端に感じ方が違っていること、あると思うんですよ。
 このように、同じ人に同じ状況を与えたとしても、
 それに対する感覚や反応は、
 精神状態のいかんで、どうにでも変わってしまうものです。
 つまり、自分の中にいる「仏様」の部分が顔を出しているか、「鬼」の部分が顔を出しているか、
 これによって、どんな気持ちでどんな言動になるかが変わってくるのです。


 心に鬼も悪魔も、そして仏様も住んでいるのなら、
 どちらに気持ち良く住んでもらいたいかは、
 もう言うまでもないと思うんです

 自分の性格が悪いからといって、自分を全否定するのは間違えです。
 良心的な行動を取って、それが少しでも気持ち良く感じるなら、
 心の中にきちんと仏様がいる証拠です。
 自分の性格に酔うのも間違えです。
 「自分の性格」というから自分のものだと思ってしまいがちですが、
 人間なら誰しも持っているもの、つまりは「命がある以上、良心もセットで付いている」ものです。
 自分一人だけで獲得するものではないのです。
 もっと言うと、良心的な行動をすると心から気持ち良い思いが出来ると知るのは、
 つまりは自分の周りに、良心を発揮させてくれる人達がいるからです。



 なんだか宗教じみた説法みたいで申し訳ないのですが、
 理解していただけると嬉しいです。

 自分の中にある良心、あるいは純粋な気持ち。
 これらを頂き物と思って育てることで、
 幸せな気持ちでもって、人にも幸せになってもらえる、
 そんな理想が実現できたら、ステキだと思いませんか!?

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