関心空域 ━━ す⊃ぽんはむの日記

元「関心空間」の日記(引っ越し後バージョン)です♪

ナスチャ・マスロワ【Настя Маслова】─── たった1台の音声編集マシンが、ロシアの無名フルート女子を世界的セレブにまで!? 祀(まつ)り上げた件。

2018年11月28日 | 日記
筆だろうと刀だろうと鎚だろうと、ある「道具」を使うために生まれてきたよーな人、ときどき見聞きする。 以前は無かった新しいツールを手にしたことで、人生を狂わされる人もいれば、思いもかけぬ名声や富を得る人もいる。

ロシアのフルート奏者ナスチャ・マスロワ嬢は、まさに(その)!後者。 彼女は(フルートプレイの王道である)クラシック畑では芽が出ず、そんな道より何より、「ジャズフルート」のアドリブ奏者を志す音楽ヲタ娘のひとりに過ぎなかった。

ただ笛の名手は、往々にして「くちびる使いの匠」でもある。 ゆえにか、彼女の秘めた得意技は"人間ビートボックス"。 ジャジーな音楽嗜好は(やがて)クラブシーンへと、多感なナスチャを誘(いざな)ってゆく…。

そんなある日……秀でたテクノロジーとタレントとの、運命の出逢いが。


かの《ローランド》傘下のギター・エフェクタ探求メーカー《BOSS》社が、たまたま(クラブDJ向けに)、直感で遊べるサウンドミクスプレーヤー『Boss RC-505』を発売。 思わず衝動買いしたナスチャの人生は以降、とてつもないサクセスに向かって急上昇を遂げるんである。

この『Boss RC-505』、公称の肩書が「ループ・ステーション」───要するに実にシンプルに、サンプルしてリピートしてエフェクトして重ねてくだけのサウンド・ル―ピング・マシン、なんである……とカタカナやたら並べて解説するより、あきらかに実際に見て、聴いてもらった方が手っ取り早い。

と言うワケで🎵新進アーチスト、ナスチャの評価を無限大に飛躍させたYouTube動画、Deep Impression』を ご覧あれ…!!


タグ:Nastya Maslova, ナスチャ・マスロヴァ
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他愛ないユーモアか、女性蔑視の悪趣味か❔─── 南仏の田舎町でフェミニスト団体を激怒させた〈TGV利用呼びかけキャンペーン〉ポスター、地元裁判所は「暴力助長には相当せず」と訴えを却下。

2018年11月24日 | 日記
あのゴーンさんが電撃⚡逮捕された。
 
元会長の母国フランスでは、「日本の拘置所は"害獣の檻"レベルで劣悪」と、検察側を「非道」呼ばわりする論調さえあると言う。それじゃあフランスって国は、どこまでも人権過保護な土壌なのか?…と言うと、それも少し違うような気がする。なぜなら(かの国じゃ)人権侵害論議と「表現の自由」が衝突した場合は、得てして人権擁護側がキッパリと退けられてしまう場面に多々、出くわすからだ。

ホンの数日前のフランスは南仏、地中海に面した地方都市でも(日本人の平均的感覚からすると)びっくりするような司法の判断が報じられた。

訴訟が起こされた騒動の源(みなもと)は、エロ―県ベジエ市が昨2017年9月に制作。12月には鉄道駅前の目抜き道路の歩道にも林立した、以下のようなキャンペーン・ポスターを巡るモノ【※註:広告コピー部分は和訳し、合成】であった──。


このポスターを事前知識なしに見て「どう思うか、何を感じるか」も「騒動」の根っこを考えるにおいては重要なんだろうが、とは言え一応、当記事では(先に)制作された背景を補足説明しとこう。

このポスターに烈火のごとく🔥激怒、ベジエ市を「女性への暴力を公然と肯定し煽動した」として訴えたのは、地元のフェミニスト団体。訴えられたベジエ市は人口7万余の南仏、地中海に面した(ぶどう畑など農業主体+観光をアピール中の)田舎町である。この素朴で小さな町は、(地方都市マルセイユとパリがTGVで直結するに際し)延伸区間の中間駅のひとつに選ばれ、首都パリと片道4時間23分で💗めでたく結ばれた。


開通当初こそ途中下車/乗車駅に甘んじていたものの……昨年秋、ついに(地場の財界人にとって悲願の)ベジエ始発&終点便が新たに運行を開始する。「パリ発ベジエ行き」ってなら、たとえ走行中にビュッフェで酔っぱらって寝つぶれたって、ちあゃんと❕終点ベジエに着けば起こして(降ろして)もらえる。その快適さたるや、これまでにベジエ市民が一度とて味わいようがなかった『極楽超特急』の域だぞ🎵 ってワケで。


これはもう(鉄道旅行に縁遠かった?)ベジエ在住の中高年世代にも、どんどんTGVでパリ観光とシケ込んでもらわにゃ……そう、地元財界&市役所のお歴々が考えるのも無理からぬ「好機」到来だったのだ。

…で
 
その利便性や「楽々フィーリング」を目いっぱいアピールしようと企んだ結果、広告代理店から提案された広報AD(=TGV利用勧奨キャンペーン)の絵柄とコピーが、冒頭に掲げた「線路で轢死寸前のオンナ」の図……と相成った次第。


© PHOTOPQR/LE MIDI LIBRE/MAXPPP

まず、これが日本ならどーよ❔❔ と思うんだな。基本、「アウト」だろと。こんな光景現出させちまったら、いっぱしの地方自治体なら抗議が出次第 ばばばばばっと「自主撤去」して、平謝りの謝罪声明を出す。男女不平等の是正進まぬ日本だからこそ、この類いの火消しにはアレルギー反応のように過敏に対処するハズだ。裁判に持ち込んだら勝てる勝てないとかの話ではない。「無かったコトにする、覆い隠す」こそが(性根っから)ズル賢い日本流なのだから。

ところがフランスは違った。

ベジエ市は抗議を「言われなきこと」と一蹴し、草の根フェミニストらの訴えるに任せた。一年と少々を経て、結果的には司法もベジエ市側の立場を追認。ぶっちゃけ「図柄は女性に対する冒涜とも、暴力の肯定とも見做せず、ユーモア表現の範囲内と解すのが相当」と結論づけた。

ユーモア表現の範囲内、だってええ❔❔❔ 多くの日本人にとっては、首をひねる判断に相違なかろう。つくづく、フランス人の感性なり価値観は理解に尽くし難く、寄りつき難いものだ。
=了=

 
 
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冷蔵室の底部に「引き出しボックス」も最大5個まで👌置ける"大型で高級な"冷凍冷蔵庫。出来合いの収納しかできない日本の同クラス冷蔵庫と比べて、ナニが違ってくる❔

2018年11月19日 | 日記
以前ここで、「全部"引き出し"式の冷蔵庫」の話題を出した。この記事、ナニが読みたくてか知らないが"ほぼ"毎日、微量のアクセスがある。

日本だと、2台目(のサブ冷蔵庫)でもなきゃ購入はキビしそうだなぁ……てのが(当時の)自分の感想だった。きょうは、それを延長したような「こんな大型冷蔵庫、魅力もあれば欠点も…」というネタでお送りしようと思う。

ご覧にいれるのは、日本に住んでる限り(まず滅多には)お目にかかることもないドイツのキッチン家電メーカー、《Kuppersbusch|クッパーズブッシュ》製の冷凍冷蔵庫。そのまたハイエンド・モデルのKE-9000シリーズ❕ である。

まず、シリーズのなかでも最上位の旗艦モデルKE-9800


その下のモデルが、KE-9600。ちなみに現在の欧州における市場価格は(目下の円ユーロ相場で)、KE-9800が約36万円。KE-9600が約31万円だ。

KE-9600の方が、ひと回り細身に見える❔かも知れないが、庫内空間はKE-9600が542L、KE-9800が540L。驚くなかれ、僅かなれど下位機の方が「たくさん入る」んである。

よほど(超の付く広さの)豪邸にお住まいのかたを除いて、540Lなんてデカさの冷蔵庫が36万円、という価格は果たして高いんだが値打ちなんだか見当も付かないと思う。結論から言うと、ドイツのキッチン装備メーカーの名門が世に出した製品のワリには、36万円なら「けっして高くない」。ドイツの高級車は日本のそれより高い、とかの定着イメージからすると「日本製品並み」の相場なのだ。

たとえばパナソニックの「最高級」冷蔵庫NR-F604HPXも、国内店頭での市価は36万円。すぐ下のモデルNR-F604WPXが30万円で、KE-9000シリーズに準じ、外形の大きさ加減もほぼ同じなのだ。ニッポンのキッチンも、特に裕福なお宅では西欧並みになってきた…というコトか。さらには、外形がほぼ同じなのに、パナ製のこれらモデルの庫内容量はナンと600Lっ❕❕ ドイツのそれより、実に1割も広い!?んである。


われわれ下層民にとっちゃ、540Lも600Lも(逆に)違いは感じられないかも。どっちにせよ、スゴくデカい冷蔵庫にゃ変わりないww 外形寸法のことを言うと、ドイツの両モデルはともに幅×高さが(京都以東の東日本でいう)たたみ1畳のサイズにほぼ合致し、それが72㎝の奥行きを持った大きさ、と喩えられる。内寸容量である「540~600L」に関してもあえて、その「だだっ広さ」感を説明してみると、下掲図右側のような概算になる。


ところで自分は、この「日独60Lの差」がどこから生じるのか、に着目してみた。

ひとつは、パナソニック製品側の「構造革新」。パナの大型冷蔵庫はコンプレッサを冷蔵室の頂上部(天板)奥に移し、下部の冷凍庫を大幅に容量UPさせた。ふたつ目が、パナのように「メーカー出来合いの収納しか採れない冷蔵冷凍庫」か、クッパーズのような「ユーザー側で引き出しの配置や冷蔵冷凍区分をアレンジできる冷蔵庫」か❔ …の違いだ。

KE-9800は上部(=冷蔵庫)の下段を引き出しボックスに出来る。また下部右側のドア内は「冷蔵庫(チルド)、氷温チルド、冷凍庫」の、いずれの温度帯にも設定を合わせられる。つまり全体で見れば、冷蔵庫と冷凍庫の「容積比」を変えられるのだ。KE-9600は世界的にも珍しい、冷蔵/冷凍区分を(上下でなく)左右に割った斬新なスタイル。向かって左が冷凍庫、右が冷蔵庫。冷凍庫上部は氷温チルド庫に宛がわれており、KE-9800みたく冷蔵庫と冷凍庫の「容積比」までは変えられない。が、冷蔵庫・冷凍庫とも「引き出しボックス」を付設できる柔軟さは備えている。

では、このように温度割りや収納タイプ(=棚か引き出しかホルダーか)をフレキシブルにすると、なぜ庫内容積が犠牲になるのだろう?

その答の直接的なモノは、引き出しボックス=密閉された小空間であるから、ボックス設置位置と(そうでない)開放空間では別々にサーモ(定温)制御する必要が生じるせいだ。小空間には別途、温度センサーと冷風ファンが宛がわれないと、例えば(まだ十分に)冷め切っていないスープでもボックスに入れた日にゃ、ボックス内は籠った熱がなかなか取り除けず、逆に開放空間内までも不用意に「温めてしまう」。

ボックス内に熱(=急な温度上昇)を感知したら、そこには独立したファンが猛回転して、局所的に急冷する仕掛け…つまり装置が必要になり、そのためのスペースを割(さ)く必要に迫られるのだ。結果、KE-9600/9800には4箇所から5箇所ものファン(=冷却風の噴出し口)が設けられることとなった。こうなると大元の冷却器自体、休まるヒマがなく……使用電力量はKE-9600で同クラスのパナ製の約35%増し。KE-9800に至っては67%増しで電気代を貪(むさぼ)る。

かたや、日本で作られる大型冷蔵庫は基本、ひとつの冷風ファンで冷凍庫も冷蔵庫もサーモ制御するシングルファン方式だ。直結する冷凍庫はファンのON/OFFや回転数で温度を制御し、冷蔵庫へは「無段階に流入冷気量を調節する空気弁」たるダンパーサーモ【同じく下図参照】を介して冷温を保つ。

その代わり、庫内の「冷風の通り道」はメーカーの想定した通りでないと困る。内部収納のアレンジをユーザー側で勝手に出来る自由は無い。メーカーの指定した「食べ物の入れかた」には逆らわず、ただ大人しく従うことでのみ、大容量スペース、静音性、抜きん出た省電力は実現されてるんである。家電の細かなスペックには、見えない部分で生産国の国民性が色濃くにじむモノだと思う。


また国民性に含まれるのかもしれないが、独立系ファンを増設してでも冷気の「素早い効き」にこだわる西欧の気質は、日欧の「暖房文化の違い」にも一因がある。基本的に「凍れる国」である北欧・中欧・東欧では、冬季ともなればセントラルヒーティングがバンバン稼働。(日本家庭などのように生活時間だけの部分暖房で)部屋ごとに暖め分けない分、キッチンの室温は夜通し20度❕❔なんてコトも珍しくない。そんなところで、冷えたワインでもと冷蔵庫を開け閉めされたんじゃ、日本製の冷蔵庫なんぞ「冷えにくいっ」とボロクソに叩かれてしまうだろう。冷凍冷蔵庫というマシンにとって、欧州のキッチンは中近東ばりに「過酷な環境」だ。ヨーロッパ的には、音が多少うるさかろうと電気を余分に食おうと「急冷力」に見劣りする冷凍冷蔵庫だけは(やはり)お呼びじゃないんである。

以上…見てきた通り、庫内の収納タイプをアレンジできるなんて「さっすが、欧州の高級冷蔵庫はイイねえ🎵」と、パッと見感覚で憧れるは易しい。しかし、良い面の裏には必ず悪い面が。長所は、裏を返せば短所である。それでも読者諸氏は KE-9000シリーズを推すだろうか。それとも、やっぱりNR-F604シリーズに軍配を上げるしかないか。

「庫別」に独立した送風系統を持たせることを、
ボッシュでは「マルチ・エアフロー」と呼んでいる



同じくドイツの名門 Miele(ミーレ)では、
「ダイナクール」という"庫内かき回し"機能も


=了=

 

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北イタリアにあるという❔懐かしの洋画『ミニミニ大作戦 (1969年)』のエンディングに使われた《断崖絶壁の山岳道路》の現在にトコとん!迫ってみた💛  =Part②=

2018年11月13日 | 日記
前記事から つづく
さて、Part①で説明した「二つの湖が望める、アルプス地方の断崖絶壁」だが、判明したロケ地は(映画の設定どおり)トリノ北方にある『コッレ・デル・ニヴォレット (Colle del Nivolet、ニヴォレット峠)という場所。「コッレ」というイタリア語は英語の「ヒル」に相当し、英国やアメリカでは「ちょっとした高台、小高い丘」のことを指すのだが、この「コッレ」は峠地点(=一番高い地点)で道路の標高が2612mにも達する。とても「小高い」とかのレベルではない。

で、論より証拠。まずはロケ地からの眺めをご覧いただこう…


いかがだろうか。 まさに!あのエンディング・シーンのまんま、ということが納得いただけると思う。

この、ため息が漏れそうな眺めが見られる地点へは、画像の左下から中央辺りへと下っている1本道だけからしか登って来れない。
その言葉の「意味するコト」は、当記事の後半以降で詳しく見ていただこうと思う。

次に上げるのは、このロケ地の「おおまかな位置」。一帯は国立公園で、スイスではなくフランスに接する国境付近にある。


ご覧のように、そもそもジュネーブはフランス領に囲まれた都市であるから、トリノから回り道せずジュネーブを目指すなら、アルプスを越えた先はフランスなんである。

ついでだから蘊蓄ネタ。そもそも何でジュネーブが、こんな「陸の出島」みたいなカタチを呈しているのか。

その理由(ワケ)は、「もともとはフランスからもスイスからも独立した都市国家だったから」。 ヨーロッパに宗教改革が巻き起こりフランスの(改革派指導者であった)カルヴァン神父が母国を追われたとき、小国ジュネーブはその「お隣の大国」からの亡命者を公然と受け入れ、自由に活動させた。途端に、それを聞きつけたヨーロッパじゅうの新教信奉者や、当時としては進歩的(リベラル)な考えを持った学者・芸術家・技能工・起業家らが「我も我も」と移住してきて、さながら(世界で)ジュネーヴだけが「リベラル思想特区」であるかのよーな様相に。またたく間に「新興文化と学術のメッカ、産業の発信国」へと変貌を遂げたのだ。

しかし「思想が進歩的なだけ」で天狗になり、自衛のための兵力すら揃えようとしてなかったコトは裏目に出た。18世紀末、ナポレオンの牛耳るフランスに(圧倒的な軍事力で威嚇され、一戦も交えることなく)併合されてしまう。15年後の1813年には(ナポレオンがロシア遠征から敗走した戦況に乗じ)ふたたび一方的に独立を宣言するも、「またフランスが勢力を盛り返したら太刀打ちできない」との危惧から、お隣スイス連邦に(広範な自治権を保証させた上で)加盟することにしたのだ。現代のウクライナ西部諸州が、ロシアに脅されながら独立を保つのは嫌だから、ともかくEUに加盟したがってるのと似てるかもしれない。

では、話をいったん戻そう。 前掲の地図を拡大して「周辺マップ」にしたのが次の画像。ふたつの湖は水面の色が際立った濃淡の対照を呈してるが、それは片方がダムで堰き止めて出来た人工湖、もう片方が天然湖であるからだ。水色に輝くダム湖の名をセッル湖、深い群青(ぐんじょう)の天然湖をアニェル湖と言う。


セッルの流れを堰き止め湖に変えたのは、もちろん水力発電のためである。しかし、水深の浅いダムには取水口があるだけで、発電タービンは設置されてない。つまり、(狭隘な山岳地形を有する)日本によくあるような、深~いダム底(ないしダム横)に発電所があるタイプの水力発電ではない。ここの発電所は5~6カ所の取水所(=ダム湖)からパイプで送られた水を束ねて太くし、それを高低差のある1カ所に集めてきてから落とし、タービンを回してるんである。

これらダム群と送水パイプ網と発電所を建造したのは、トリノ市営の発電公社(AEM)。 そして、映画で逃走バスが(一路北へと)登ってくる「一本道の荒れた舗装路」はイタリアの《州道50号》線と言って、第二次大戦の敗戦当初〈すなわち40年代から50年代前半〉は、道なきアルプスの荒野に(これら発電施設と送電線網を建造するために)突貫工事で切り拓かれた「ダンプ道」からスタートしてる道なんである。発電所や高圧送電塔群が竣工した今でこそ「国立公園を散策するための州道」みたく見えてるが、そもそもの実体は「工事用車両が現場にたどり着くための(同時に、自然破壊を最小限に抑えるための)工事専用道」であったのだ。

実際、ひとまず現在の道路区間が開通したのは1956年のことで、『ミニミニ大作戦』が撮られた68年当時は(一般道としての再整備が、ほぼ手つかずのままで)ダンプ道に毛の生えた程度のホコリっぽい道【↓画像:上】。ガードレールなどの安全対策も最小限で、だからこそ映画のような格別にロングボディなバスでも通れたのだ。
※ ちなみに日本の標準的な大型トラック(いわゆる4t車)の全長が7.6メートル。対して、劇中に登場するバス(Harrington Legionnaire)は11メートルも(!?)ある。
一方、21世紀の現在は?というと舗装面の厚みはもちろん、路肩の土木整備も進んだ【↓画像:下】。現在では、全長が9メートルを超すような車両は(カーブ時に舗装した路肩の幅から車体がハミ出しすぎて)実質、走れないような道になってる。


▼現在の《州道50号》線。日本の車両規格で言う「小型乗用車」がギリ、すれ違えるかな
 という道幅。 もちろん(日本なら「国道」級の道だが)センターラインは引かれてない。


そしてそしてっ! この州道の標高最大地点(=峠地点)を示す立札の数キロ手前に、"あの謎の"記念碑も彫り込まれていた…❕❕
 

まさにこれだ❕ 例のエンディングシーンで一瞬、映り込んでたのは。
 
刻印されてる文字は「トリノ市/電力公社/1956」─── これこそ、こんな峠のてっぺんまで道を敷いてきたのは生活者を行き交わせるためじゃなく「発電所建設のためだった」ことを物語る、何よりの碑文なのである。

となると、映画の「バス脱輪地点」は……碑文の十メートルほど先。


そこは、休息所を兼ねた「展望テラス」に改装されていた。 記事冒頭の写真も、ここから見下ろした景色であった。 映画では急激なカーブ❔であるかのように演出されてたが、ここは(写真 画像に向かい)緩い角度で右折している。方角で言えば「北に折れてゆく」カタチになる。そして曲がった先は、高い崖を登り切った場所ゆえに両サイドの見晴らしが開けてくるのだ。

同カーブを逆方向(=南下してくる側)から望んでみると、休息所はこんな具合になる。
 

このロケ地点から先(さらに北)へ、300m余り進んだところが最大標高ポイント。ご覧のような表札が立ち、当然ながら(休息所と並ぶ)インスタ名所になっている。


さあさあ。 それじゃ当然、峠を越え、さらに北を目指せばフランスを経てジュネーヴ❔❔

── 答は、意外にもNOだ。この州道を北上しても「どこへも通じない」。何と、立札から2キロ進んだところで、州道は忽然と途切れている。かつては工事用車両が(さらに先へと)行き来したらしい痕跡が今も続いてはいるが、何十年と(舗装予定もなく)放置されてるようである。マイカーで訪れた観光客たちは(中には、少し先まで徒歩でハイキングする者もいるが)多くはここで記念写真(?)の1枚でも収めると、そのままクルマで引き返してゆく。

そう。先に「画像に映る1本道だけからしか登って来れない」と記した真意も、そこにある。逆方向から訪れる観光客は存在しないのだ。州道はジュネーブはおろか、イタリアのどこかにすら至らないまま、このニヴォレット峠でプツンと切れてしまう「往復ルート」だったのだ。

映画の制作陣は、断崖の脱輪シーンを撮るのに(行き止まりゆえに交通量も僅少だった)この州道こそ最適とみなし、ロケ道路に抜擢したのだった。前述のように、まだダンプカー等、大型車両が行き来しやすい「大雑把な舗装」に過ぎなかったコトも好都合だったろう。いやはや、調べれば調べるほど「なるほど、そうだったのか」的な感慨しきりである。


ちなみに、この緩やかな「谷」の底を(道が無くなろうと構わず)ズンズン先へ歩いてくと、どこに辿り着くのか。
 
正解はこの画像の場所。 北に10キロほど先で、イタリアのSR(県道)23号線の南端(デッラ・ヴァルサヴァランシュ)につながる。10キロというのは微妙な距離だ。 途中、人も住んでない荒野を10キロ。 当然、この二つの地点を結ぶからには、何らかの「沿道開発」無しには交通の安全が保てない。言い換えれば、間違いなく投棄ゴミも増えれば(国立公園内の)自然も破壊される。

と言うコトで、美しい大自然にバッサリと縦貫道を通す……というプランは凍結されたままなんだと。(50号線の工事と)同じころの日本は高度経済成長のまっただ中。ところが人口が過密な日本ゆえ、成長期のずうっと以前から、たとえば秩父多摩甲斐国立公園ひとつ取っても、青梅街道という峠道がバッサリ域内を横断してた。まあ、西欧的に「自然破壊」とは呼ばず、「昔から日本人は自然の中で暮らしてきた」との大義名分の下に。狭い国だもん、そう言って罪悪感を払拭せずには暮らしてこれなかったんだよな……という冷徹な実態を垣間見る思いがする。


以上で、『ミニミニ大作戦(1969年)のエンディング撮影場所は今❔』の追跡を終える。

末筆に、ふと「ところで《州道50号》線の"はじまり"は、どこからなんだろう」と気になったので、これまたGoogleストリートビューより。
 

はじまりは何の標識も目印もないまま、画像のオレンジで示したラインから奥が《州道50号》に切り替わっていた。何やら黄色い支柱?が両脇に立ってるが、これはスタイリッシュな路線バスの停留所、始点標識ではない。

手前は《州道460号》、通称『ディ・チェレゾーレ線』。いかにもイタリアンな音感でつい笑ってしまった。このチェレゾーレ線はトリノ市街の中心から(有名な)ポー川の支流であるオルコ川添いに延々、その水源である「チェレゾーレ湖」湖畔(※厳密には、その少し手前)まで続く生活道路である。
=了=

 
 
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北イタリアにあるという❔懐かしの洋画『ミニミニ大作戦 (1969年)』のエンディングに使われた《断崖絶壁の山岳道路》の現在にトコとん!迫ってみた💛  =Part①=

2018年11月10日 | 日記
薫る晩秋───きょうは、年齢層だと50代以上の洋画ファンにピントを合わせた《懐かしネタの再点検》を、長くなるので二部構成に分け展開してみたい。いわゆる、『あの名画のロケ地は今❔』といった趣向の話である。

ターゲット作品は、1969年公開の米英合作(と言っても実質、限りなく英国制作)のクライムアクション・コメディ、『ミニミニ大作戦(The Italian Job)』 2003年に初リメイクされた同タイトルの米国映画は、雰囲気のまるで異なるシリアス一辺倒な映画になってしまい、旧作フリークは興醒め⚡しきりだったんではないだろうか。

そう、元祖1969年版は(あそこまで)シリアスなだけの娯楽アクションじゃなく、(カーチェイスなどスピーディな痛快さの一方で)コメディ要素がテンコ盛りのエンタメ映画であった。そして、主演が"サー"・マイケル・ケイン。その名を聞いて平成生まれがイメージするよーな、きょうびのハリウッド映画で観る「お爺ちゃん俳優」じゃない。何せ半世紀前のこと。当時はプリっプリに若さと活気に満ちてた🎵……そのマイケル・ケインさまが柔に剛に、しなやかな眼力と声色で「怪盗グループのリーダー」に成り切ってる。そのカッコ良さったら無かった。


で、コメディ風味の犯罪ミッション映画であるからして、そのテイストが遺憾無く発揮されたパートと言えば、筆頭は「あのエンディングシーン」であったろう。すでに(本作を)全編鑑賞された人なら、8割余の御仁には賛同いただけるコトと信じている。

というワケで最初に、おさらいだ。例の『痛烈(❔)なるラストシーン』を動画で振り返ろう。

【警告以下 核心的ネタバレ!!!】英国の盗っ人たちが即席チームを組み、中国からイタリアに空輸された金塊を強奪することになった。舞台はトリノ。中心市街の交通渋滞に乗じ、まんまと金塊をせしめたメンバーは首尾よく手配した大型バスに乗り込んだ。逃走バスの行き先は、アルプスを越えてスイスへ。ジュネーヴの銀行に、奪った金塊を預ける算段だった。

ところが、最後の詰めでアクシデント。車内で乱痴気騒ぎをしながらのアルプス山道走行中、浮かれた運転手が(突然の急カーブに)ハンドル操作を誤まってしまう。バス後輪(すなわち駆動輪)が空を切って車体後尾が大きく振られ、路肩石をも突き破ると……
 
1968年『ミニミニ大作戦』エンディングシーン【警告↓核心的ネタバレ!!!】


…バックに流れてる合唱?曲『The Self-Preservation Society』は直訳すると「自衛主義社会」。ぶっちゃけ「🎵渡る世間は自己責任、自分の身は自分で守らないと、どーなったってオラ知らないぜ」といった趣旨のコトを茶化し半分、諭(さと)し半分に歌ってる。ムード的には、むしろ真逆の「自暴自棄」テイストが混ざった庶民目線の哀歌だ。この映画の悲喜劇的なエンディングには良く合ってると思う。たまたま、きょうびの日本で渦巻く「自己責任論」に吹っかければ、われわれの目下の世情をも揶揄してるように聞こえて神妙な気分❔になれる。

さて、曲はともかく当記事の本題だ。このエンディングに映された「脱輪事故現場」は具体的にどこか?

まず大前提。バスのリアウィンドウ越しにアルプスの山々が映ってたので、「欧州の、アルプス地方のどこか」であることは間違いない。じゃ次に、もっと(場所を狭めて特定できそうな)具体的な手がかりは? 

他に大きく、ふたつの手がかりが映っていた。

ひとつは、断崖絶壁の直下に。少し離れた場所にも、また……都合、「ふたつの湖が隣接してた」ってこと。これは大きな地形上の特徴だろう。

他には何か? もう一度、「バス宙ぶらりん」の現場映像を見てほしい。


この絵柄が映るのは、空撮するカメラがいっきにズームアウトしてくシーンなので、(映画の観賞中は)一瞬しか細部までは視認できない。だが、こうして瞬間をスチル画像にしてしまうと……明らかに、バスのそばに「とても奇妙なモノ」が映っていたことに気付かされる。


ちなみに、このスチルは本作がデジタルリマスターされたあとの「精細バージョン」を停めた画像。この、四角い枠で平面を削ぎ出したような部分には「実際には何か文字が掘られてあったのを、撮影するのに邪魔だから応急に、パテ状の物(粘土?)で埋めた」ような痕跡まで読み取ることができる。

これはさぞかし、決定的に「文字が読めると場所が限定されて観客がシラける」と監督が思ったから、そこまでして「画面から揉み消そうとした」のだろう。

さあ、この二つの手がかりさえあれば、ロケ地点を見つけるのは難しくあるまい。 いや実際に、調べてみたら容易(たやす)かった。
検索タグ: ランボルギーニ・ミウラ
── と言うワケで(場所の"捜索過程"レポートは割愛し)いきなり次回記事《~ =Part②=》では、今回の問いかけに対する「正解篇」を順序だて、説明いきたい。 ひとまずは、これにて。
次回につづく=
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