本当になれるのでしょうか?
「上弦の月を喰べる獅子」の下巻を読み終えました。(上巻の感想は、こちらを、どうぞ)
まずまず面白かったです。
が、ちょい小難しい。
でも、ちょい小難しくても、まずまず面白く読ませる手管には、感心。
で、ストーリーなんですが、……………正直なところ、まず簡約は不可能。
心に傷を負った螺旋収集家と宮沢賢治の二つの魂の宿った人間(?)が異世界で辿る、魂の遍歴を描いた作品、という感じでしょうか?
この文章で、
「あぁあんな感じだな!」
と想像ができた人は、まず病気です。お医者様に会いに行きましょう!
ともかく、なかなか他では味わえない作品であることは確かです。
毛色の変わった小説を読みたい方には、ちょうどよろしいのでは?
「上弦の月を喰べる獅子」の下巻を読み終えました。(上巻の感想は、こちらを、どうぞ)
「もし……」 男の声だった。 どこかで聴いたことのあるような声でもあり、そうでもないような気もする。 ただ、ひどく、なつかしかった。 賢治は振り向いた。 人のざわめきの中で、誰が、声をかけてきたのかわからない。 「いい祭りですね」 声か言った。 「いい祭りですね」 賢治は答えた。 「本当に楽しそうで」 「花巻の村の、今年の秋の実りがすばらしいものだったのです」 賢治は言った。 そのひとは、賢治が手に持っているものに気づいたようだった。 「それは、稲の穂ですね」 「ええ」 「みごとな稲ですね」 ひどく優しい声が言った。 「この稲の実が室だ地に下ちて、次の実りを生んでゆくのです」 「そうですね」 「わたくしもまた、たとえ地に下ちても、次の実りを生むための実となりたいのです」 賢治は言った。 「いいな……」 声が言った。 しばらく、沈黙があった。 「その実を、少しわけていただけますか」 声が言った。 「はい」 賢治は、稲の穂から実を取って掌へ載せて差し出した。 柔らかな、哀しい温かい力が、賢治の手からその実を持ち去った。 神輿の喧噪が、ゆっくりと向こうへ遠ざかってゆく。 それが、自分の内部に遠くなってゆくかのように、賢治は耳を澄ませていた。 「ひとつ、訊いてもかまいませんか?」 声が言った。 「はい」 賢治は、顔をあげた。 おずおずと、迷い、口ごもり、そして、ようやく、その声は言った。 「人は……」 「人は?」 「人は、幸福せになれるのですか?」 賢治は、その問の意味が、ふいにわかった。 長い旅を、共にしたはずのその人の声であった。 賢治の眼からふいに、涙がこぼれた。 「ああ、あなたもまた、長い修羅の道を歩いて来られたかたなのですね」 その声の主は、うなずいたようであった。 「人は、幸福せになれるのですか?」 また、声が訊いた。 答は賢治にはわかっていた。 はっきりと、わかっていた。 「なれますとも」 賢治は答えた。 「わたしのような者でも?」 そのひとは、口ごもり、もう一度、問うた。 わかっている。 わかっているその答を、そのひとにはっきりと伝えなければならない。 これ以上はないほど優しい視線で、賢治はそのひとの存在をさぐった。 ああ―― こんなにはっきりとわかっているその答を、そのひとの魂に伝えるのだ。 「なれますとも!」 賢治は、そのひとに届くように、はっきりと、声を大きくして答えていた。 夢枕獏「上弦の月を喰べる獅子 (下)」377~380頁 ハヤカワ文庫 |
まずまず面白かったです。
が、ちょい小難しい。
でも、ちょい小難しくても、まずまず面白く読ませる手管には、感心。
で、ストーリーなんですが、……………正直なところ、まず簡約は不可能。
心に傷を負った螺旋収集家と宮沢賢治の二つの魂の宿った人間(?)が異世界で辿る、魂の遍歴を描いた作品、という感じでしょうか?
この文章で、
「あぁあんな感じだな!」
と想像ができた人は、まず病気です。お医者様に会いに行きましょう!
ともかく、なかなか他では味わえない作品であることは確かです。
毛色の変わった小説を読みたい方には、ちょうどよろしいのでは?
上弦の月を喰べる獅子〈下〉早川書房このアイテムの詳細を見る |