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雑感や書評など

ジョン・アーヴィング「未亡人の一年(上)」

2005-10-08 09:11:28 | 書評
しかし、この表紙はハーレクインロマンスみたいだ………


「おぉ! アーヴィングの作品が、文庫になっておる!」と、喜んで買いました「未亡人の一年」。

映画化に合わせての文庫化のようです。


「映画化かぁ…………」というのが素直な感想。

「ガープの世界」「ホテル・ニューハンプシャー」「サイダーハウス・ルール」「オウエンのために祈りを」と、アーヴィングの作品は、けっこう映画化されているけど、手放しで褒められる作品は、ギリギリ「サイダーハウス・ルール」くらいじゃないかなぁ…………。(「サイダーハウス・ルール」は、原作者本人が脚本に携わっているのだから、当然と言えば当然だが)

そもそも、どいつもこいつも、嫌気がするくらいの長編であり、それらを二時間以内に収めるなんて、無理なんだよなぁ~。

でも、こうして未読の作品が文庫になってくれたんだから、映画化に感謝しなくてはいけないし、結局、文句をつけるためにも、映画は見てしまうだろうなぁ。


それはともかく「未亡人の一年(上)」の感想。

とにかく、単純に面白い。
かつては物語を描きながらも、意味深で抽象的な言葉が時折顔を出すことが多かったのですが、今作は、物語が前面に押し出されている。

年をとって、評価も権威ももらい、余裕ができたのですかね? 「これは、単なる面白いだけの物語ではなくて、ちゃんと複雑な思想のある小説なんですよ?」という「てらい」がすっかり影を潜めています。

で、ありながら、浅薄なところはなく、しっかりと深い小説となっている。

小説って? 物語って? 夫婦って? 悲しみって? 子供って? 作家って? 喪失って? 人生って?…………等々、物語を読んでいるだけで、しっくりと感じさせてくれます。

と、いつものように盛り沢山ですが、メインの主題は「傷」でしょうか?
「これから一生、勇気が必要なときには、ただ傷を見ればいいんだよ」
 ルースは傷をじっと見た。「ずっとここにあるの?」彼女はエディに訊ねた。
「ずっとだよ」彼は言った。「手は大きくなるだろうし、指も大きくなる。でも傷はそのままの大きさなんだ。きみが大人になったら、傷はもっと小さく見える。でもそれは、それ以外の体が大きくなったからだ――傷はいつでも同じだよ。傷は目立だなくなるだろう。つまり、どんどん見えにくくなるってことだ。人に見せるときには、よく光があたるようにしなくちゃだめだし、『わたしの傷、見える?』って言わなくちゃいけない。それにその人は、ほんとにじっくり見なくちゃならない。そうして、やっと傷が見えるんだ。きみにはいつも傷が見える。だって、どこにあるか知ってるから。それに、もちろん指紋にはいつもくっきり出る」
(中略)
「これがきみの指紋だよ――ほかに同じ指紋を持ってる人は誰もいない」エディは言った。
「それで、傷はずっとここにあるの?」ルースはもう一度訊ねた。
「傷は永久にきみといっしょだよ」エディは約束した。
ジョン・アーヴィング「未亡人の一年(上)」262~263頁 新潮文庫
この「傷」と共に生きていくことが、多数の登場人物によって多種多様に描かれています。


が、この多種多様が、映画化には、必ず災いするんだよなぁ~。
今作なんか、特に個々の場面が濃密で、100頁読み進めても、物語がほとんど進展していなくて、驚かされるもんな。

そんな遅々としていながら、全く退屈にならないのだから…………、さすがアーヴィングです。


未亡人の一年 (上)

新潮社

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