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こんにちは、信です。
前日の夕焼けで週末は良い天気になりました。
山へ出掛けようと思ったらうちのクマさんに異変が・・
急激に血圧が上がり、病院で診察してもらい薬をもらって一日寝ていたようです。
そんな訳で山行は中止。
さて新しいネタも無いので、新嘗祭の鎌倉巡りを続けます。
大平山から降りて瑞泉寺に入りました。
見事な梅の並木が迎えてくれます。
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梅林の中にモミジが一本。
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かなり急坂ですが階段を上がっていきます。
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松陰吉田先生留跡碑とあります。
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明治維新の指導者の一人吉田松陰は、1854年(安政元年)下田で密航を企てる直前に、瑞泉寺の住職であった
伯父の竹院和尚に会いにきたといわれる。
企ては失敗。松蔭は獄中で瑞泉寺を訪れた詩を詠じたいう。
「山の青々とした竹の光が窓から射し込んでくる。方丈は奥深く、錦屏山の懐に抱かれて物静かである。
いま私は囚われの身となって獄中にあり、むなしく苦しみを味わっている。ある夜夢に瑞泉寺を訪ねた」
瑞泉寺山門の前の石碑は、1929年(昭和4年)に建立されたもので、徳富蘇峰の筆によるもの。とのこと。
これが山門です。
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山の上に祠があるようです。
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高浜虚子の詩が掛けられています。
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方丈の佇まいが、こちらの心を凛とさせてくれます。
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苔むした仏像。
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鐘楼です。
落ち着いた佇まいに、こちらも気持ちがゆったりとしてきます。
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本堂の裏側には、開山の夢窓国師(むそうこくし)が作庭したと云われる池泉式庭園。
この橋の先を登ると偏界一覧亭があります。富士山まで見えるようですが一般公開されていません。
残念です。
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その眺望がこれです(瑞泉寺hpより)
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洞窟からの写真が載っています→ 瑞泉寺庭園
この洞窟で修業されたのでしょう。
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この方丈の庭は良く手入れをされた庭でした。
さぞ腕の立つ庭師が入っているのでしょう。
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季節ごとに咲く花々で楽しめるようです。
これは冬桜一輪。
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美しい庭でした。
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ここのモミジが色づくには、もう少し時間が掛かりそうです。
紅く色づけば、見事な竹林美を楽しめることでしょう。
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元の梅林に戻ってきました。
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瑞泉寺を出てしばらく歩くと総門がありました。
道路計画の関係で、やむなくこういう姿になったのでしょう。
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しばらく歩くと永福寺二階堂跡という石碑があります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/7a/f79cc5d4d12a2b7a9ee2a27f55098d57.jpg)
源頼朝が建立した永福寺の跡で、国指定史跡に指定されている。
この寺は源義経や藤原泰衡を初め、奥州合戦の戦没者の慰霊の為に建てられた寺で、文治5年(1189)12月に工事を
着手した。頼朝が奥州・藤原一族を征討した際、平泉中尊寺の二階大堂(大長寿院)のすばらしさに心をうたれ
それを模して建てた永福寺であった。二階の堂があった為「二階堂」と呼ばれ付近一帯の地名にもなった。
現在、復元活動中のようです。もし復元されればまた鎌倉の名所になるでしょう。
その隣のテニスコートの躑躅?綺麗でした。
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これは載せて良いのかな
鎌倉宮に右折する角のお宅です。見事な紅葉でした。
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鎌倉宮に着きました。
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社務所前のモミジが見事でした。
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贅沢を言うともう少し光が欲しかった・・
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拝殿の大きな獅子頭。
鎌倉宮は、大塔宮(おおとうのみや)護良親王(もりながしんのう)をお祀(まつ)りする神社です。
獅子頭はその皇子のお守りであったようです。
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その由緒は遠く南北朝時代に遡るようですが→ 鎌倉宮hp
南北朝、どちらを正統とするか悩んだ明治天皇が、その歴史の動乱の中で死んだ皇子を祀ったようです。
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そのすぐ近くの源頼朝の墓。
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急坂の上にあります。
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薩摩藩主、島津重豪(しげひで)が、1778年島津氏の祖先の島津忠久の墓をつくる際、頼朝の墓を整備したようです。
(島津忠久の母は、源頼朝の乳母)
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頼朝の墓を出ると、暗くなってきました。
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最後は鶴岡八幡に参拝します。
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相変わらずここは凄い人だかりです。
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ちょうど結婚式が行われていました。
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けっこうここで式を挙げる人が多いようです。私も何度か出会いました。
地元では慣例なんでしょう。
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という訳でこの長い古都鎌倉巡りはHappy Endを迎えます。
寺社巡りはいろいろ調べものをするので、小学生時代の歴史の良い復習になります。
長きの間、一緒に歩いて下さり、ありがとうございました。
それでは皆さま、ご機嫌よう。
あらら、これはご心配なことです。寒くなってきましたからね。私も昔高めで、心臓手術後ずっと降下剤は1錠飲んでますが、冬はどうしても高めになります。いたわってあげてくださいませ。
ありがとうございます。
週末二人で出歩きましたが、2日で33000歩歩きましたが、大丈夫だったのでホッとしてます。
あちらも親が高血圧症なので、少し心配しました。
やっぱりガタが出てきますね。
コメントありがとうございました。