歯 生 え 薬
みじめな話だが,最後に残っていて,入れ歯を支えていた歯が,力尽きて折れてしまった。今や歯肉に残る歯根2本が,辛うじて過去の栄光(?)の名残りである。
おりしもNHKのBSプレミアムで9月14日に放映された,『ヒューマニエンス 歯 進化を遂げる人体の先駆者』を録画してあったので,かけた歯の供養に見ることにした。
意外に面白く,知らないことがいろいろ出てきた。
生まれた時に歯がないのは哺乳類だけである。これは母乳を飲むためと理解しやすいが,そのために口輪筋が発達し,それが表情筋の発達をうながし,表情を示すことになる。爬虫類や魚類は,生まれた時から歯があり,口輪筋がないため表情がないポーカーフェースである。ワニとはポーカーをやらない方がいい。
歯茎には記憶ネットワークに関わるセンサーがあり,歯が亡くなると脳の海馬の容積が小さくなる。歯が残っている人に比べると,歯がない人の認知症になる頻度は2.4倍になる。入れ歯をすれば,咀嚼による刺激がこれを補うことができる。どうやら私は,入れ歯や差し歯で抜けた歯を補ってきたので,認知症を免れたようだ。
サメには生え変わる歯が備わっている。わたしは南米で釣り上げたピラニアの歯が,2重になっているのを見て,ぞっとしたことがある。人の場合には,乳歯は永久歯に生え変わるが,それ以降は生え変わることはない。これは,乳歯の根元に歯の芽があって,そこから永久歯が出てくるのだが,その後はUSAG-1という遺伝子が歯の芽の発育を阻害してしまうからだという。そこで,この遺伝子の働きをおさえれば,生え変わった歯が出てくるという理屈になり,実際にこの原理を応用して,歯生え薬が開発されている。先天的無歯症の治療薬として,来年から治験効果の試験が始まるという。理論的には特定の歯を生えさせることも可能ということで,そうなったら入れ歯や差し歯は不要ということになる。
この薬の恩恵に与って,わたしのあごから歯が生えてくるのを期待するのは,所詮無理な話である。せいぜい,役に立つこともありそうな,2本の歯根を大切にすることにしよう。
STOP WAR!