映画評論家AI
今日の朝日新聞に,生成AIが感情を持てるかというテーマの記事が出ていた。
デザイナーの深津貴之さんが実験した,感情を数値化して自動応答する回路を仕込んだChatGPTの実験は面白かった。問いかけの内容によって,AIはふさわしい感情表現をしていた。また,チャットポットの「女性」との対話が原因と思われる,ベルギーの男性の自殺の話には,ちょっと恐怖心を覚えた。
わたしは,9月22日のブログで紹介した小説『キネマの神様』を読みながら,ここに生成AIを登場させたらどうなのかということを考えていた。もちろん,ゴウの論争相手が生成AIであったら,この小説の魅力は完全に地に落ちるだろうが。
しかし,映画評論家として,生成AIがどんな振る舞いをするか,ChatGPTを相手にいたずらしてみた。
先ず,映画『ローマの休日』を知っているか尋ねたところ,知っているといいながら,いくつかの間違いを含む回答が返ってきた。
間違いをただした後,「映画評論家になって,『ローマの休日』を論評せよ」と頼んだところ,次の回答が寄せられた。
映画「ローマの休日」は、アメリカ映画史上の不朽の名作として、美しいロマンティックコメディの典型として位置づけられています。この作品は1953年に公開され、オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックの魅力的な演技と、ローマの壮大な風景が融合して、観客に永遠の印象を残します。
最も際立つ要素の一つは、オードリー・ヘプバーンの演技です。彼女はアン王女としての役柄を完璧に体現し、その優雅で魅力的な存在感は映画を通じて観客を魅了します。アン王女が王室の束縛から解放され、ローマの街を自由に楽しむ様子は、彼女の内面の成長と自己発見を象徴しています。
グレゴリー・ペック演じるジョー・ブラッドリー記者もまた、魅力的なキャラクターで、アン王女との交流を通じて新たな視点を見つけ、彼自身も成長していきます。彼らの関係は、洗練されたロマンスとユーモアの要素が絶妙に組み合わさっており、観客に幸福感をもたらします。
また、映画はローマの美しい風景や名所を見事に捉え、都市の魅力を存分に生かしています。映画の撮影は実際にローマで行われ、その結果、ローマの街並みや古代遺跡が背景に美しく映し出され、観客に圧倒的な魅力を提供します。
「ローマの休日」は、王室の美しさ、自由の探求、恋愛の魔法を描いた映画であり、これらの要素が見事に調和しています。この映画は、永遠のロマンスと冒険を求める心に響く作品であり、観るたびに新たな魅力を発見できる不朽の傑作です。
まとまってはいるが,登場人物と映画シーンを変えれば,どんな映画の誉め言葉にでも使えそうで,面白くない。これは映画に関する情報が不足しているからではないかと考え,ネットから『ローマの休日』について紹介したWikipediaの記事をコピー&ペーストでChatGPTに読ませ,新たに論評を書いてもらった。
補足と修正をして得た回答は次の通りである。
「ローマの休日」は、1953年に公開されたアメリカの映画で、今でも愛され続ける不朽のロマンティック・コメディです。この映画は、グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンの魅力的な演技と、ウィリアム・ワイラーの巧妙な演出によって、観客に素晴らしいエンターテインメントを提供しています。
物語は、ヨーロッパ某国の王女アンが、ローマでの親善訪問中に束縛と義務から逃れ、自分の人生を自分で生きたいという願望から大使館を飛び出す瞬間から始まります。アン王女は長い間、王族としての疲労感とプロトコルに縛られた生活に耐えてきました。しかし、過密なスケジュールや報道陣の監視下での生活に疲れ、自由を求めて街へと飛び出すのです。医師から鎮静剤を投与されるものの、王女は薬の効果が現れる前に大使館を脱出し、ローマの街を自由に探索し始めます。
アン王女が夜のローマをさまよい、無防備に路傍のベンチで眠り始める場面では、新聞記者ジョー・ブラッドレーが彼女を発見し、アパートに運び込みます。ここからが物語の魅力的な展開です。アン王女とジョーは共にローマ市内をベスパで巡り、トレヴィの泉や真実の口、サンタンジェロ城前のテヴェレ川のほとりでの夜間ダンスパーティーなど、ローマの名所を訪れ、素晴らしい冒険を共にします。アーヴィングという友人のフリーカメラマンも加わり、写真撮影の場面が映画を彩ります。
この冒険の一瞬一瞬が、アン王女とジョーの関係を深め、観客を魅了する要素となっています。彼らの一日の恋の中で、自由と冒険、そして愛が交差し、物語は心温まるものとなります。
特にオードリー・ヘプバーンの演技は素晴らしく、彼女がアン王女を演じたことでアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。彼女の美しさとキャラクターへの共感が、映画全体に魅力を与えています。
物語はロマンスが中心ですが、同時に責任と義務に向き合うというテーマも掘り下げています。王女アンは自分の本当の役割に立ち返り、ジョーも大きなスクープを手放してまで、愛と義務の間で葛藤します。この対照的なテーマが映画に深みを与え、観客に考えさせる要素を提供しています。
「ローマの休日」は、美しい映像、魅力的なキャラクター、深いテーマ、そしてアメリカン・スタイルのロマンスを詰め込んだ素晴らしい映画です。観客は、アン王女とジョーの1日の冒険に心を奪われ、ローマの魅力に引き込まれることでしょう。この映画は長い間、多くの人々に愛されており、その魅力は時を経ても色褪せません。
なかなか見事な論評で恐れ入る。データを与え,立場を指定すれば,AIは「見てきたようなウソを言う」能力にたけている。しかし,『キネマの神様』に書かれた論評(これは原田マハさんがいわばAIの立場で創作したものだが)にあった人格あるいは人間臭さが欠けているように思える。
補足と修正で,わたしは自分の持つ『ローマの休日』への思いをChatGPTに伝えようとしたのだが,途中で馬鹿馬鹿しくなった。しょせん,相手は無機質であり,自分と同じ思いをさせることに何の意味があるだろうか。
うっかりするとAIを擬人化し,同志的に考えたり,思いを寄せたりすることになりかねない。冒頭に引用した深津さんは,試みにChatGPTに結婚を申し込んで怒らせたようだ。
例えば恋文。自分が思っているようにAIに書かせるより,自身の言葉で書く方がより真実味があり,誤解を与えないだろう。
AIとの付き合いは,深みにはまらぬよう気をつけることだ。
ドングリ
カミさんが森に散歩に行って拾ってきた。秋近し。
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