読書備忘(20) 『ぼくはウーバーで捻挫し,山でシカと闘い,水俣で泣いた』
KADOKAWA 2022年
この長い本の題名は,恐らく一言では言い切れない著者の思いから来ているように感じる。
著者の斎藤幸平氏は,超ベストセラーになった『人新世の「資本論」』(集英社 2020年)の執筆者である。
わたしは名声に誘われてこの『資本論』を読んだ。資本主義下の環境問題の楽観論への著者の批判の鋭さに感心し,新しいコミュニズムによって脱成長の社会を創出しようという主張には一定のシンパシーを感じつつ,なにゆえにマルクスにこだわらずに彼自身の意見として展開しないのかにいささか疑問を抱き,また成長の限界については,ローマクラブの報告書以来半世紀が過ぎているのに,問題解決に至らないのは何故か,また,彼自身は目指すところを具体的にどう実現しようというのか,すっきりしないところが残った。
恐らく。斎藤氏は先の著書の執筆後,いろいろな批判を受けたであろう。その一つが思想家としての理想論と現場の問題との乖離を指摘されたことがあったのではないか,彼自身もそのことは十分自覚し,現場に出かけて具体的な問題に触れて見ようというのがこの著書の目的になっている。
著者は2年間で,実に様々な現場を体験する。自転車に乗ってピザを配達したり,自宅でのテレワークを見直したり,男性化粧品を使って「新しい」自分を発見したり,学生と一緒にタテカン(立て看板)を作ったり,ゲームをやったり,世の中で行われている営為の価値と矛盾を体験する。衣料のリサイクル,介護の仕事,林業における労働などの現場を見て,矛盾を乗り越えようとする試みに挑戦している人たちがいるのを見て,希望を抱く。水俣や福島で,過去を乗り越えて新しいコミュニティーを作ろうとしている人たちの実践に望みを託す。
そして,そうした経験や見聞から思想家としての自分に回帰し,福島で聞いた「共事者」という言葉に,思想家としてどうあるべきかを見つめ直す。「共事者」とは,例えば,水俣病患者運動のリーダーだった緒方正人さんの「私もまたもう一人の窒素であった」という言葉に象徴される,加害者あり被害者である立場を言う。その共事者の立場から思想家としての営為を続けて行くことを,斎藤氏は決意する。
読んで感じたことは,斎藤幸平氏というのは,恐ろしく生真面目な学者だということである。この真面目さが,すべての研究者,運動家に共有化されれば,どんなにか素晴らしいだろうと思う。
斎藤幸平氏は最近『ゼロからの資本論』(NHK出版 2023年)という本を出し,たちまち15万部突破という売れ行きになっているらしい。この本と言い,『人新世の資本論』が50万部を突破したことと言い,多くの人が環境問題に危機感を抱き,解決を求めていることを示しているのではないだろうか。
出版に当たっての対談の中で,斎藤氏はあるべき世のシステムとして,例えば,一定以上の収入を禁止する,ということを言っている。これははっきり言ってユートピアである。
ユートピアを⓵現在する,②将来実現する。③夢物語で終わる,の三つに分けるとして,せめて斎藤氏のいっていることが,②と➂の境目にあるようになっていくことを希望する。
土 ぼ こ り
自宅ベランダから撮影
田畑が作物で被覆されていない季節は,乾燥と強風で土ぼこりが舞い上がる。
STOP WAR!