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古本と万年筆──ひょうご大古本市

2012-03-26 06:18:00 | 本、文学、古書店
阪急電車 春日野道駅の南、春日野道商店街に一軒ある古書店 勉強堂書店。
いかにも頑固そうなご店主がいかにも古本屋らしくあり。
そのお母様らしい方が店番をしているときもある。
奥様らしい方がいるときも。
先日は初めて、娘さんらしい方が座っているのをみた。
しかし血縁関係はすべてこちらの勘違いかもしれない。
まあそれはいいとして。

ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ』(野崎昭弘ほか訳、白揚社)が、おや、と思う値で出ていたので買う。
これは原書は79年、翻訳は85年に出ている。2005年にまた「20周年記念版」というのが出ているらしい。
いわゆる「ニューアカ」のバイブルのひとつかと思う。
もうずっと背表紙を眺めつづけてきた本。

もう一冊、エイゼンシュテインの『映画の弁証法』(佐々木能理男訳、角川文庫)。
「ポチョムキン」の人。「モンタージュ」の人。
歌舞伎についての論考もある。それから漢字についても。
歌舞伎や漢字は「モンタージュ的」である、と。
でも日本人はそれに気づいてないから、日本映画もモンタージュ技法を全然実践できてないと。
ウィキペディアによるとエイゼンシュテインは漢字を習っていたことがあり、そこからモンタージュ技法を着想したというけど、それはちょっと、そういうものでもないんじゃないかと思うけど、どうなんだろ。

エイゼンシュテインの「ポチョムキン」が1925年なら、ベンヤミンが『ドイツ悲劇の根源』で、いまや断片になったイデアが星座のように一瞬ぱっと理念を浮かび上がらせるって「コンステラツィオン」の理論を展開したのも25年でしょ。
哲学だったらヘーゲルというピークを経て、反体系の気運というのがきっとヨーロッパ・ロシアには渦巻いていたことでしょ。
そこに中国的なものとか、ジャポニズムの作用はいくばくかはあるとしても。

で、勉強堂でその2冊の会計をしているとき、奥から出てきていた奥様らしい方から「第7回 ひょうご大古本市」の案内のハガキをいただく。「明日からなんですが、よかったらどうぞ」と。
そして二人の女性から古本屋らしからぬ丁寧さで「ありがとうございました」と言われ、これは古本市にも行かねばと、なんか知らんが決心する。

会場は三宮の浜側、貿易センタービルの足もとのサンボーホール。
その真ん前のam/pmでバイトしてたことがあり、馴染みの場所といえばそう。
最終日の日曜日、14時から紙芝居も上演されるというので、それに合わせて行った。
かなりの盛況。人のあいだを縫ってナンカナイカとさがす。
ルイス・キャロルの『シルヴィーとブルーノ』(柳瀬尚紀訳、ちくま文庫)と『世界SF全集23 レム』(飯田規和訳、早川書房)を買った。
後者には『砂漠の惑星』と『ソラリスの陽のもとに』が収録されている。
「ソラリス」はハヤカワ文庫版のを持っていて、こちらの方がより原書に忠実ということだが、まあそれこそ自分の聖書みたいなものだし、こっちも買っとくか、と。安いし。
国書刊行会の沼野訳は持ってない。

ハヤカワ文庫版「ソラリス」は僕の知ってるかぎりで3種類の表紙があるが、いまもそうなのか、ソダーバーグのアホ映画の写真を使うのはやめてほしい。ハヤカワさん、やめてほしい。

会場の休憩スペースで上演された紙芝居も楽しい催しだった。
いまの紙芝居は子供らの興味を引くため、クイズに正解したら駄菓子をあげるという……昔とは逆だ。

兵庫県古書籍商業協同組合さん、早口言葉のようなお名前ですが、今後も楽しみにしています。

その後、三宮センター街のナガサワ文具センターへ、セーラー万年筆主催のペンクリニックにうかがう。
その世界では有名な“ペンドクター”川口明弘さんの最後のペンクリニックだという。

ここで川口さんにもお店の方にもとてもお世話になり、そのことも、と思うけれど、ちょっと長くなったし、いったんここで。

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