平成18年12月6日(水)霜は昨日より強く 夜は月冴えて 未完
水戸2代藩主 『大日本史』編纂 行年73(数え)
さまざまなエピソードがあるがなかでも最近有名なのが,その好奇心の旺盛さを示す「初めてラーメン」を食べたというもの。いわゆる「支那そば」(中華蕎麦)とよばれたものだろう。
水戸黄門のお話はいわゆるフィクション
宮崎滔天(とうてん) 【志士・辛亥革命を支援】
明治3(1870)年12月6日~大正11(1922)年 行年52
チャイナに共和国を樹立しようと奔走,孫文を支援。
平成18年12月6日(水)霜は昨日より強く 夜は月冴えて 未完
水戸黄門のお話はいわゆるフィクション
宮崎滔天(とうてん) 【志士・辛亥革命を支援】
明治3(1870)年12月6日~大正11(1922)年 行年52
チャイナに共和国を樹立しようと奔走,孫文を支援。
平成18年12月5日(水) この辺では初霜 未完
今日が忌日の人物で気になるのは次の2人。
平成18年7月23日(日) 大暑・土用の丑
豪雨災害の被災者の方々衷心よりお見舞い申し上げます。
今日は大暑で土用の丑の日。大暑は夏の暑さの絶頂をいいますが,まだ梅雨が明けない今年はなんとも蒸し暑いばかりで,辟易。そして土用の丑ですからね。鰻を食べたいという気持ちも萎えるばかりです。
土用とは立春・立夏・立秋・立冬のまえ18日間(各季節の最後18日間とも)をいうのですが,今では土用といえば夏の土用(立秋前18日間)のことになってしまいました。そしてこの暑さを乗り切るスタミナをつけるためにとPRされたのが鰻を食すること。
鰻を食べるのは,江戸時代,平賀源内が,鰻屋から夏の土用には鰻が売れないからと宣伝文句を頼まれてつくったコピーが評判をよんで以来の習慣らしい。もっとも「う」のつく物をたべる習慣はあったようで。うどんや梅干もよく食したそうで。鰻と梅は食い合わせが悪いというのは。鰻と青梅の間違いだそうで。梅干は食欲増進によく,鰻重を食べる前に食するとよいそうです。
さて,画像は薄2種です。手前がシマススキ(縞薄)で奥がタカノハススキ(鷹の羽薄)。近くのホームセンターで購入しました。まぁ,地味な薄を買う方はあまりいないようですが,この斑入りの薄は自然界ではお目にかかったことが無いので,つい買ってしまいました。秋にはもっと葉を茂らせてくれることでしょう!秋には薄に満月でしょう,と風流人は考えた訳です。
空を斬る薄の音の横にゐる 奏城
PS:最近,薄と荻を混同している童がふえましたね。
平成18年7月22日(土)のち
日向子忌(杉浦日向子 行年46歳 江戸風俗研究家)
ひさしぶりの晴間,これも梅雨の晴れ間だから,これも「五月晴」でしょうか?!
我が家の鉢植えの林檎(富士)が結実して、直径五センチほどになりました。 この地域は,リンゴもミカンもなる寒暖の中間地点。
現在の林檎は明治期に輸入されたセイヨウリンゴの子孫(品種改良)。赤系と青系がありますね。かつて,昭和30~40年代(『三丁目の夕日』のころです)は,赤系の代表が紅玉(コウギョク,アカダマとよんだ人も),青系がインドリンゴ(インド原産ではありません)でした。その当時は青森の業者が馬車をひいて関東地方まで行商に来ていました。
明治以前はワリンゴを食していたようです。
林檎の花は,白色に淡い紅がさす五弁のものです。清らかなイメージです。(バラ科だけのことはあります)林檎の花は季語では,「花林檎」などとされ「春」を表します。そして,夏から秋にかけて熟していく実は,「秋」の季語になります。残念ながら,未熟なアオリンゴは「夏」の季語とはなっていないようですが,かってに季語として一句。
光陰の思ひを結ぶ碧林檎 奏城 おそまつ
PS:そうそう,林檎といえば島崎藤村の詩「初恋」を思い出しますなぁ。でも,藤村の林檎は長野林檎でしょうね。