※参考記録

日本百名山山頂宙返りを敢行中の【雪崩★マン】が綴る社会学的山岳エッセイ!

旭川へ行きましたvol.3

2005年10月31日 | 山【mountain&climbing】
*2005.9.12.姿見の池付近から臨む旭岳

 テント設営後、歩いて10分ほどの旭岳ビジターセンターで
登山道や水場の確認と情報収集。
その後、近くのユースホステル、大雪山白樺荘で温泉に入り、
食事に使うガスコンロ用にプリムスのガスカートリッジを二個買った。
そして夕食(*だいたい登山中の夕食はカレーやシチューなど
フリーズドライ食品とお湯で出来るものである)→就寝

 夜中の1時頃、テントの周りに“何か”がいる気配を感じた
草の擦れる音がカサコソとし、明らかに動いている。
その気配を感じて30秒も経たないうち、
ガサッ、ガサッ、っとテントが二度ほど揺れた!
足元にザックを置いており、その向こう側のフライシートを二度ほど
“引っ掻いた”感覚があった。
肝が冷えた。心臓の鼓動が聞こえるほどだ。なぜって?
キツネじゃなかったら…と考えたから。
キツネは犬ほどの大きさで(*ここに現れるのはキタキツネ)、
当然犬と同じくらいの力の持ち主であろう。
しかし、僕が感じた足元への衝撃はヒグマが引っ掻いたような衝撃だったのだ!
5~6分後には“何か”の気配を感じなくなり、遠くで吠えている二匹の犬の声を聞いた。
実は僕とこの二匹の犬は三日後に会い、仲良くなる。
そしてこの遠吠えはやはりキツネに対してのものだった。

9/12(月)
 朝目が覚めて僕が真っ先にしたことはフライシートの確認だった。
昨日の衝撃からして、相当のダメージをテントが受けていると考えられたからだ。
しかし、周囲に目を凝らせば何とか判別できるほど薄い足跡が若干残っているものの
テントには何のダメージもなく、ほっと胸をなでおろした。
というのはこのとき確認できなかったからであり、実は帰京後の現在、
暇を見つけて北海道登山の片付けがてらテントを干そうと広げたら、
鍵爪状に縦に5cmほどの引っ掻き傷(もちろん破れている)が3本ついていた!

 朝食後(*だいたい登山中の朝食は卵入りラーメンか卵入りリゾット、雑炊である)、
早速川瀬さんに昨夜の事件を報告すると、そりゃあやっぱりキツネだよ、との返事。
ついでに仕掛けてあった罠を一緒に見に行ってみると、
綺麗に餌だけ獲られていた…。

 朝食とテントの撤収に手間取り、出発したのは7:30。
ところで、この日は「白雲岳避難小屋」に泊まり、
翌日は「ヒサゴ沼避難小屋」泊まる予定。
この二つの小屋の間にも「忠別岳避難小屋」があり、
戻ってくる(*14日に再び旭岳温泉へ戻ってくる予定)
までテントは使用しない。というわけで、
川瀬さんに預かってもらえるか頼んでみた。
あっさりOK♪ありがとうございます。荷物が1.5kg軽くなった☆☆

 出だしはまず、旭岳ビジターセンター前の旭岳山麓駅から姿見駅まで
旭岳ロープウェイで標高1,600m地点まで一気に高度を稼ぐ!!
約10分間の空中散歩の後、ロープウェイを降りると少しひんやりした。
半袖ではちときつい。周囲には厚手のジャケットを着込んでいる人もいる。
でも僕はこの程度の気温なら半袖だ。経験上そうしている。
乗客はほとんど観光客。姿見の池周辺の散策組だ。団体のツアー客も結構いる。
登山者は、単独の僕以外には3~4人のグループが二組いるだけ。
売店で150円の缶コーヒーを飲んでルート確認。
そして8:10、実質今回の登山がスタートした!!

 観光客は年配者も多く、17kgほどの荷物を背負った僕のほうが空身の観光客より速い。
最初のポイントの姿見の池まで道は整備されており、
また一体は周遊コースにもなっており、観光客もここまではやってくる。
約10分でここまでやってきた。
 ここで写真を撮っていると、ロープウェイで一緒だった団体客がやってきた。
彼らが喋っている言葉を聞いていると、どうやら僕の田舎らしい。
「ほじゃけんのぉ~」、「はよ来んかい」、「なんしよんぞぉ~」…。
うーん、ここは思い切って声をかけてみよう。「ひょっとして愛媛の方ですか?」
もちろん、僕が田舎を離れて16年経っていても
故郷の言葉を間違えるはずはなかった。
彼らは愛媛県西条市(僕の田舎、新居浜市のとなり)の方々で、
胸には全員が「せとうちバスツアー」のプレートを着けていた。
僕が新居浜の出身であることを告げると彼らは盛り上がり、
次々にやってくるお仲間に
「このお兄さん、新居浜の人なんよぉ~」と吹聴して回った。
 皆で写真を撮ったり、郷土話で盛り上がり、
結局再び出発したのは8:50であった。
予定より遅くに登山を開始したので、写真を数枚撮ったら
さっさと出発するつもりだったのだが…。

 ここから先は登山者のみに許された険しい道
(といっても僕がしょっちゅう登っているアルプスのほうが険しい)。
時々立ち止まって写真を撮ったが、休憩らしい休憩は取らずに山頂を目指す。
姿見の池から山頂までは火山灰や火山礫の道。高山植物はほとんど生えていない。

 ちなみに今回の日程は二ヶ月以上前に計画を立てていたが、
それは9月10日過ぎが例年の「紅葉のピーク」だったからだ。
しかし今年は遅めで、このときの紅葉指数は10%程度だった。
なお姿見周辺の今年の紅葉のピークは9月下旬で、
新聞やニュースでも再三採り上げられていた。
9/21は大雪山に初冠雪があり、紅葉の赤と黄色、
そして雪の白の見事なコントラストが見られたそうだ。
ちなみに初冠雪は例年より三日、昨年より三週間(!)早い。
しかし、紅葉は昨年より10日遅い…。

 山頂へ続く道から左へ目を転じると、火山らしく噴気活動が手に取るようにわかる。
深くえぐれた斜面のいたるところから噴煙や蒸気が勢いよく吹き出ており、
硫黄の臭いもすごい。
さらに遠くには永山岳、当麻乗越(のっこし)などの山々が顔を覗かせている。
 一方右へ目を転じると、明日歩く予定の
広大で、滑らかで、優しそうな「高根ヶ原」の台地が、
そして、そのなかに通じる一筋の登山道が見える。
さらに遠くには忠別岳、そして明後日登る予定の「トムラウシ山」が…。
高根ヶ原の手前には、緑の中に無数の池塘や沼、湿原が点在する。

 皆さんはご存知だろうか。
この湿原で十数年前、木々を集めて地面に書かれた巨大な
「SOS」の文字が発見されたことを。
その後調査したら、付近で白骨化した二体の人骨が発見された。
遭難者が助けを求めて、必死の想いで、力を振り絞って文字を作ったのだろう。
北海道の山々は山深いゆえ、毎年多くの遭難者を出しているのだ。
美しい緑は多くの人の命、夢、ロマンを呑みこんでいる。

ちゃんと理由がありまして…

2005年10月26日 | お知らせ【informataion】
*2001年11月、雲取山の山頂から石尾根の道を臨む

 実は「旭川へ行きました」シリーズがなかなか書かれないのには
理由がありまして、忙しいや面倒臭いなどの理由で「書けない」のではなく、
あえて「書かない」のである。

 先日書いた「買いましたぁぁぁーーーっっっ!!!」で述べたが、
僕は一眼レフデジカメを買いました。が、これを買ったのは
9月末のことで、9/11からの「旭川へ行きました」時点では
まだ所有していなかった。したがってデジカメ写真は無い

 でも皆さんヘンだと思いません?この「※参考記録」には
再三写真が登場しているし、最近だが数年前の写真も数枚アップされている。
どうして??
 そのわけは、アナログ写真をデジタル処理しているからである。

 デジカメを持っていなかった僕だが、PCユーザーになってからは9年経つ。
特に4~5年前からは「画像(写真)をデジタルデータ」として
所有したくなった。そこで、フィルムのデータをデジタル処理できないか
と考え、そういうサービスを探していた。
もちろん今なら数年前に比べて格段に安くなった複合プリンタを購入すれば、
ネガやポジを読み込むことが出来るが、当時はそういう機器は無かったし、
あっても高価で手が出なかった。
しかし、いつも行く電気店を覗くとあっさり解決♪
フィルムメーカー各社がアナログデータ、つまりネガやポジのフィルムを
CD-Rへ書き込むサービスを行なっているのだ。
で、調べたら、フジフィルム、コダック、コニカ(*現コニカミノルタ)の
各社が行なっており、コニカが一番安く、便利だった。
各社とも、利用者が専用の注文用紙に依頼するコマや枚数を記入し
店頭で依頼し、数日後に出来上がるという仕組みになっている。
なお、最近はデジカメ所有者が多くなり、
このサービスの利用者も減っているのだろうか、
先日依頼しにお店へ行ったら、店員が焦って注文用紙を探していた。

 つまりですね、依頼した写真がCD-Rに加工されるのを待っている
のですよ。
先週の初めに依頼し、10日かかるというので出来上がりは今週末かな。

 これだけのお知らせのために「※参考記録」をご覧頂いた方には
申し訳ないので、恒例の「過去に登った山写真」を紹介します。
今回は“東京都の最高峰”「雲取山」

 僕は2001年11月20日に登頂している。前日に山へ入り、
山頂から20分下にある雲取山荘に宿泊し、翌朝ピークを踏んだ。
ここの小屋主、新井信太郎さんは雲取の主として知られ慕われている。
僕が宿泊した日はご不在だったが、新井さんの多くの著書がロビーで
販売されていた。
山荘は1999年に新築され、同時に山頂に避難小屋も建築された。

 雲取山は標高2017m。地籍は東京都だが、山頂は埼玉県、山梨県の県境にある。
私が訪れたとき、11月の東京だというのに山荘付近にはなんと積雪が見られ、
水場の水は朝に凍っていた。気温は-4℃だった。
 東京都の山なのでバイクで行こうと前日の朝出発。
奥多摩から山梨県丹波山村へ入り、後山林道という道を走る。
しかしこの林道、やはり石や岩がゴロゴロ転がっている。
林道だから当然かとは思うが、僕のバイクはネイキッドのオンロード車
なので、この道は辛い。バイクをいたわりながらなんとか林道終点に到着。
コンビニで買ったおにぎりをほうばってから昼過ぎに出発した。
暗くなり始め、途中警戒した鹿に何度も鳴かれたので、
歩を速め、標準タイム約4時間のところを2時間半で到着した。
平日の山荘には宿泊客は僕を含めてたった3人。
この前の月(2001.10.)登った金峰山の金峰山荘では2人ということがあったが、
それに次ぐ少なさだ。

 翌朝は快晴!山荘から山頂までは30分もかからない。
大快晴の大展望!!富士山や南アルプスもよく見え、大変気持ちがよかった。
帰りに飛龍山という山を経由したが、そこからの下山時、
積雪のためルートを見失い、1時間ほど彷徨うという貴重な恐い経験をし、
三条の湯という秘湯の宿で入浴して帰ってきた。

蔵王へ行きましたvol.3

2005年10月25日 | 山【mountain&climbing】
*世界の登山史上最高級の料理

 熊野岳は標高1840.5m
たいした高さではないが、東北の山だけあって冬の積雪量はかなり多い。
稜線上は風も強いし雪も多い。そんな山の山頂近くに避難小屋がある。
ここで昼食。東北の山の避難小屋らしく、外壁は石で出来ていた。
広さは標準的な避難小屋。10人ほどでいっぱいになる。
驚いたことにストーブが置いてあり、灯油も入っていた。

 レインウェアや手袋、ザックカバーなど万全の用意はしてきたが、
この雪と風でかなり凍えてたどり着いたので、
この小屋のつくりとストーブは心底頼もしく有り難かった。
otakumin氏にいたってはザックカバーも手袋も持ってきていなかった。
当然ザックの中身はびしょ濡れだ…。

 今回僕は招待された御礼に、誰も食べたことのないような
豪華な登山食をご馳走しようと考えていた。
たいていは携行性と保存性に優れたフリーズドライの食品が中心だが
日帰り登山だと荷物が少ないので食料に金も手間もかけられる。
生ものだってOKだ。
かつて避難小屋で「焼き肉」を焼いていた登山者に会い、おすそ分けをもらい
嬉しかったと同時に羨ましく、いつか山でそういう贅沢なものを食べてみたい
と思っていた。そして今回、焼き肉に勝るとも劣らない豪華メニューを考えた。
それが「しゃぶしゃぶ」
僕は山形だけに豪華な米沢牛のしゃぶしゃぶでもしましょう、と
otakumin氏に提案したが、彼は僕に気を遣ったのか牛肉を食べたくなかったのか
「豚しゃぶのほうがいいんじゃ…」と言うので、
前日に新宿伊勢丹で3種類の高級黒豚をぞれぞれ200gずつ合計600gも
購入した。加えて、春菊、白菜、エノキ、豆腐、うどん…などの
国産高級食材もゲットし、食材だけで3kg近くを持ち込んだのだ。
もちろん食器や保冷材、料理器具なども僕の担当。
ザックは10kgほどになったが、それでも普段行なっている
縦走登山に比べると格段に軽い荷物。
お互いほとんど酒を飲まないので、その分も軽く出来た。
代わりに食後のレギュラーコーヒーをふんだんに持ち込んだ。

 避難小屋内はストーブを囲んで豪華なランチパーティーの開催
次々に肉や野菜をつぎ込んで食べ尽くした。
 かつて僕は我が家で友人としゃぶしゃぶパーティーを開催したことがある。
そのときは松阪や近江などの高級牛肉を数種類、しかも
100gで500円くらいのものから数千円する超高級肉までそろえたが、
ある程度“肉らしい”食感、つまり硬さが無いと美味しく感じないことを
実感していた。
今回もそれは同様で、3種類の肉のうち、一番安い肉が美味しく感じた。
otakumin氏も同じ感想だった。

 嵐のなか、避難小屋でのランチ。外と中の状況を対比させながら
至福の時を過ごし、食後のコーヒーを飲んで15時頃帰路についた。
帰りも降る雪の勢いは弱まっていたが、相変わらず悪天候には変わりない。
全く眺望の無い、つまらない山行だ。これでしゃぶしゃぶが無ければ
嫌な思い出しか残らなかっただろう。
 ロープウェイ乗り場には30分で戻れた。
避難小屋で予定よりのんびり過ごしてしまったので
下山は16時を過ぎると思っていたが、なんとか16時前に下山でき、
麓の蔵王温泉に入浴して、19時前のバスで山形駅へ向かった。

 山形名物のそばを食べようと話していたら、ちょうどバスの車内広告
(アナウンス)で、駅前の蕎麦屋が紹介されていたので
そこへ行ってみることにした。駅の最終の新幹線の指定席を取ってから
そば屋へ。みなさんに紹介したいが残念ながら店名を失念した…。
ただし、場所は説明しやすく、アナウンスされていた通り、
山形駅前のNTTドコモビルの向かい
コンビニのローソンがあり、その斜向かいともいえよう。
なお、ローソンでそのそば屋の場所を聞いたが、若い男女の店員二人は
なんと知らなかった…。地図まで出して4人で顔をつき合わせて探したが。

 店の前には7~8台停められる駐車場があり、建物も綺麗。
店内は座敷とテーブル席合わせて40~50席くらいか。
気持ちよかったのは、店主らしきおじさん、ほかに店員のおばさん二人の計三人
みんな愛想がよく、薬味のおかわりも自由だった。
我々は名物だという「板そば」を注文。
これはつなぎを使っていない「十割そば」だが、大盛りを注文しようとすると
おばさんが「小でも普通のそばの大盛りくらいありますよ」というので
ビギナーの我々は『小』を注文した。さらにお腹が空いているというと
おばさんは「お得な『げそ天板そば』というのもありますよ」と。
板そば小は¥1,300だが、結構な量のげそやししとうの天ぷらの付いた
げそ天板そばはたった200円増しの¥1,500。迷わずこれにした。
 さて、出てきた「げそ天板そば」はおばさんの言うとおり大盛りで、
まさしく“板”というか、木製の長方形のお盆にそばを盛っている。
げそ天も量が多く、抹茶塩も付いていた。
付け合せの「わさびの漬物」も美味い!
肝心のそばはもちろん美味く、僕が今まで食べたどんな十割そばよりも
歯応えがあった。今までの十割そばはそばの香りはよいが、つなぎがない分、
ぱさついた感じがしてあまり好きではなかった。

 日本には他にそばの名所として「信州」がある。
僕は北アルプスへよく行くので、帰りに信州そばをよく食べる。
信州そばは板そばよりも柔らかく、麺が細い。
板そばは硬くて太い麺だ。そして気のせいかもしれないが、
信州のものより色が黒い気がした。
“うどんの国”で育った僕にはこちらの山形の板そばのほうが
口に合っている。
お昼にたらふく肉を食った我々だが、あまりにそばが美味いので、
つなぎを使った二八そばの「ざる」も追加注文し食べてしまった。
こちらも歯応えは十分♪

 帰宅したのは夜中の1時頃で、今朝(昨朝?)うちを出てから
19時間後だった。

蔵王へ行きましたvol.2

2005年10月25日 | 山【mountain&climbing】
*熊野岳周辺はかなりの積雪
 ちょっと露出をミスして暗い写真になってしまった

 いつもと同様ほとんど寝ないまま出発。始発の新幹線だからねェ。
行きはいつも興奮しているし、今回は同行者がいるから目は冴えている。
天気予報は「曇り時々雨」という、これまた“いつも”と同様でかなり悪い。
関東地方は「晴れ」で、車窓からは右側に朝日を抱いた筑波山が見えた。
宇都宮を過ぎた辺りから曇り始め、福島県へ入れば雨、
山形県へ入った辺りからはさらに強く降り始めた。はあ~

 山形駅前からバスで蔵王温泉へ。所要時間は約40分。
素人otakumin氏を気遣い、今回はらくらく登山を計画した。
蔵王はスキー場があることからロープウェイが3本も運行しており、
その中でも最も山頂に近い「蔵王ロープウェイ」を使用した。
蔵王ロープウェイは山麓線、山頂線と二つの路線を乗り継いで稜線へ出る。
特に昨年リニューアルされた山頂線は「フニテル」という
最新型の「自動循環式」のロープウェイで
二本のワイヤーを使用したもの。ちょうど人が手を上げて
頭上の二本のワイヤーをつかんでぶら下がったような格好で走行する。
山麓線は通常の「交走式」という一本のワイヤーからぶら下がるタイプ。
さらにフニテルは循環式で、これは下と上の各駅で停車後、
来たワイヤーを通ってまた引き返す交走式とは異なり、
停車後はカーブを描いて“反対ホーム”に入り戻っていく。
グルッと回って帰っていくのだ。うーん、動作を説明するのは難しいな。
あっ、そうそう、山手線(大阪なら環状線)と同じ動きのロープウェイってこと。
車体は18人乗りの小型で、それが数台あり、常にぐるぐる回っているので
交走式のように時刻表があり、数分か数十分毎にしか動かないわけではない。
ということは待ち時間がほとんどなく乗れる。
さらに、二本のワイヤーで支えているので安定性がよく、
風の強い山岳地帯ではその有能性を発揮するのだ。

 山麓線の上の駅は標高が1300mほどで山頂線へ乗り換えるとき少し外を通る。
そのとき下界より風が強いことを感じたが、山頂線を降りたら風はさらに強かった。
標高は1680mくらい。そして驚いたことにその景色は冬山だった。
真っ白である。積雪だ。下界では雨だったがここではそれが雪に変わっているし。
駅の周りは所々地面や登山道、木道も見えているが
蔵王最高峰の熊野岳へ向かって登り始めると10cmほどの積雪で、
風下で陰になるところでは20~30cmの積雪箇所もあり、歩行が困難になった。
駅ではこの雨の中、普通の格好をした観光客が数名凍えながら傘を差して
周辺をウロウロしていたが、登山道に入ると誰とも会わない。日曜なのに…。
だが、しっかりした踏み跡があるので、
今日熊野岳へ向かって歩いた人がいるのだ。
登山に招待されたとはいえ、行き先を選び、山行計画を立てたのは僕だし、
素人のotakumin氏を連れていく責任を負っているので
「やめましょうか」と聞いてみたが、彼はドンドン歩を進めている。
真冬には数mの積雪になるだろうが、今なら登山道が判別できるし踏み跡もある。
それに、山頂まで計画では50分ほどで着くというこれまで一番楽な山。
もちろん僕独りなら躊躇なく計画を実行している状況。
迷わず、行けるところまで行こうということになった。
そしてあっさり12時過ぎに登頂成功

蔵王へ行きましたvol.1

2005年10月24日 | 山【mountain&climbing】
 まだ「旭川へ行ってきました」シリーズを完結させていないのだが、
先日蔵王をサクッと登ってきたので報告します。

 今回は友人のotakumin氏が「土日きっぷ」を利用して登山に誘ってくれたので、
久々の“単独ではない”登山になった。
なお「土日きっぷ」はJR東日本の企画切符で
「連続する土日の二日間」有効の「範囲指定」、「乗り放題」の切符。
範囲の詳細は文章では説明しきれないが、目安として新幹線では、
東北は「古川」、山形は「新庄」、
上越は「新潟」(終点)、長野は「長野」(終点)辺りまで。
これ以外にももちろん在来線は乗り放題。
指定席は4回まで取れる。値段は¥18,000。
どの程度お得かというと、例えば山形新幹線を使って新庄まで行くと
乗車券が¥6,830、特急券(指定席)は¥5,680で合計¥12,510。
往復しなきゃならんので、×2で¥25,020
それと比較して¥18,000だから誰の目にも明らかにお得♪
さらに「土日きっぷ」は二日間有効に加え、
在来線も含めて乗り放題だから、
この金額の差の倍以上はお得という換算になるかな。
企画したJR東日本としては、土日の二日間で一泊二日の温泉旅行か紅葉狩りでも
楽しもうという人をターゲットにしたと思うが、
我々はもっとハードでお得な使い方をした。
なんと、東北日帰り旅行を二日連続で行なったのだ

 初日の土曜日はotakumin氏はお父様と二人で東北新幹線を使って古川まで行き、
さらに在来線を利用して鳴子温泉に行ってきた。そして日帰り。
翌日は始発(東京駅6:28発)の山形新幹線を使って山形駅まで行き、
バスで蔵王の登山口へ。登山をして下山し、蔵王温泉に入り、
再びバスで山形駅へ戻り、手打ちそばを食べて
最終(東京駅23:24着)の山形新幹線で帰ってくるという内容だった。
土日きっぷを二枚買い、一枚はotakumin氏が二日連続で使う。
もう一枚はotakumin氏のお父様が初日に、僕が二日目に使う。
僕はほとんど寝ずに出発し、戻ってきたのでハードだったが、
otakumin氏は二日連続で行なったのでもっとハードだっただろう。

 ちなみにotakumin氏は僕より五つほど年上の自由人。
登山は全くの素人だが、僕が登山好きであるもその内容もよく知っており、
“日頃の感謝”の意味で僕を紹介してくれたのだ。
だから僕は“タダで”山形へ行き、登山を楽しんだのだ。
そしてその詳細は次号へ。

最近猫が

2005年10月22日 | 雑感【thoughts】
 最近うちの縁側に猫が出現している。
僕が洗濯物を干そうとしたり、取り込もうとして窓を開けると、
たいていうちの前か、隣り(西側)の部屋の前の縁側で寝ており、
僕が開ける窓の音に驚いてガバッと起きて、こちらを一瞥するが、
また寝始める。
そして夕方陽が陰るに合わせて、陽の当たる場所へ移動し、やがて
何処かへ消えていく。でも、翌日にはまた何処からともなくやってきて
寝ている。

 あっ、猫の写真は明日アップします♪

また雨か…

2005年10月19日 | 山【mountain&climbing】
 台風20号がやってきている
台風が来るということは山へ行けないということだ。

 実は紅葉を狙って東北の山へ行こうと先月から画策している。
というのも、先月12日から紅葉を狙って登った北海道の大雪山では
全く紅葉が進んでいなかったからである。
紅葉を見るためにインターネットで情報収集し、例年の状況から
今年の紅葉のピークを僕なりに予測して、2ヶ月以上前から
飛行機のチケットやら仕事の休暇申請やら綿密に計画していた。
しかし、9月に入ると詳細な紅葉の予想も発表され、どうやら今年は
進み具合が遅いらしいことを知る。当然僕が行こうとしていた期間では
紅葉が見られないことの予想もつく。
しかし、日程の変更は出来ないので仕方なく北海道へ行き、
多少モチベーションが下がったまま登山することになったのだ。
加えて、終始天候が悪く、さらなる変更も余儀なくされ…。
この詳細は執筆途中の「旭川へ行きました」の続編で述べるとしよう。

 大雪山での“消化不良”を解消するためには、是が非でも何処かの
山へ登って、紅葉を満喫せねば!
という強い思いを抱き、早速大雪山から戻ってきてからは
登山地の選定作業に入った。
 南北のアルプスは僕の未踏峰があるものの、山域としては
何度も訪れている。特に上高地を登山口とする槍穂や常念は
いつも登山者が多い。
となると東北しかない!!

 僕が“実質”東北地方を訪れたことがない。福島県の山は登ったことがあるが、
尾瀬方面で、東北というよりは「北関東」である。
しかも、東から西へ縦走したので、
帰りは上越新幹線の上毛高原駅から帰ってきた。
 東北地方へ足が向かなかった理由は遠いから。
そのため交通費が高い
北海道だってエア・ドゥ(AIR DO)の「AIR DOスペシャル」を使えば
片道ジャスト¥10,000で行けるのに、東北へは山形でも新幹線で¥10,000以上かかる。
もちろん飛行機で行くという手がないわけではないが、北海道のエア・ドゥのような
激安航空会社が路線を就航していないのでJALかANAで行くしかない。
そうなると北海道へ行くより高くなるのだ。

 ちなみに山形へ新幹線で安く行く方法は回数券を買うしかなく、
新宿の金権ショップで調査したところ、一枚¥10,600だった。
往復では二枚買う必要があるので¥21,200。
さらにちなみにJR東日本では土日限定の「土・日きっぷ」というものが
発売されており、範囲は北は仙台の先の古川、北西は山形の先の新庄、
上信越方面では新潟、長野まで。
それぞれ東北、山形、上越、長野の各新幹線が利用でき、
在来線も含めて「乗り放題」!!しかも「土日二日間」!!
指定席は4回までしか取れないが、この切符の価格が¥18,000!!
これはすげーっ!!お得だ!
しかし、僕にとってネックなのは「土日」であるという点。はっきり言って
土日二日間の連休は取れない。

 もっと安い手として「夜行バス」がある。東北各県へ便があり便利だが、
この手のバスに乗ったことのある人はわかると思うが、
ほとんど寝られない(T_T)zzz…。
 僕は愛媛の実家へ帰省する際、何度か利用したことがある。
路線バスよりゆったりしたシートで、リクライニングも利き快適だが、
それでも睡眠をとるには落ち着かない。
帰省するといっても専ら学生時代に利用したので、休みは豊富だし、
着いたら家へ帰って寝られる。
しかし、今の僕には時間がないし、だいいち着いたらすぐに「山に登る」のだから、
寝ていないままではキツイ!!
2年前の夏、新宿から上高地へ行く夜行バスを利用し、蝶ヶ岳、奥穂高岳に登ったが、
一睡も出来なかった。おまけに上高地へはマイカー規制が布かれており、
車の進入を防ぐため、はるか下の沢渡(さわんど)の手前にゲートがある。
このゲートが開くのが朝の5時なのだ。
通常、高速道路を使い沢渡まで行けば、
新宿から4時間くらいで着くのかもしれないが、
夜行バスはゲートの開放時刻に合わせて運行しており、
夜中に中央自動車道を途中で下り、一般道を走り始めた。
しかも徐行運転。ドライブインで1時間以上休憩を取らされ、
朝の6時すぎに上高地に到着。
朝食をとり、7時過ぎから登り始めたが、昼頃には歩くのも目を開けているのも
辛いくらい眠く、ちょっと歩いては脇に倒れこんで10分くらい寝る、というのを
繰り返していた。しかも昼頃には標高2500mの蝶ヶ岳手前の稜線上に出たため
寝ていても寒くて寒くて眠れず、歩かざるを得ないという状態。
3時過ぎに、この日の宿泊地の横尾山荘に着いてザックを置いたら
すぐに泥のように午睡した。
道はよいし、天気もよかったが、こんなに辛い登山ははじめてだった。
 ところで、このバスは夜行便だけでなく、昼便もあるが、
先ほど調べたら夜行便は新宿→上高地間を約「7時間」で結ぶのに対し、
昼便は約「4時間半」!!さらにさらに、僕が利用した車両は
かつて帰省する際に利用したような独立リクライニングシートではなく、
普通の観光バスの車両(シート)だった。
これで“睡眠”をとれというのか?!
同じ料金を払って、一方は普通に高速道路を利用し、もう一方は
途中で下り、さらに無駄に長い休憩を取らされるのか?!
こんなことが許されていいのか?!
訴えてやるーーっっ!!

 話が逸れてしまった…。

 えーと、東北の山へ行きたい、でも金がかかる、夜行バスは安いが快適ではない、
という話だったね。
 結局僕の場合、平日に行かざるを得ないのだから
新幹線の回数券を買うしかないようだ。

 じゃあ、これで東北の山へ行けるぞ、と思いきや
計画を立てている段階で思わぬ壁にぶち当たった。
バスがないのだ。

 東北の山のほとんどの山小屋は9月で営業を終了する。
もとより山小屋は当てにしていないので別にいいが、
バスも季節運行のところが多いのだ。
つまり、駅から登山口までのアクセス方法がない。
タクシーなんて利用する金はない。
したがって、バスの運行をしている山へしか登れない。
この条件に当てはめると、深田百名山で登れるのは
福島県を除く東北地方では
八幡平、岩手山、早池峰、月山、蔵王山
くらいである。
八幡平、蔵王山については“観光地化”してしまい、
はっきり言ってあまり魅力を感じない。
ま、名山ハンターとしてはいずれ登る山であることは間違いないが、
この時期(まだハンティングの中盤である)登らなくてもよい。
岩手山は火山なので草木があまり生えていなく、
紅葉を見る山としては該当しない。
早池峰はちと遠い。岩手県のほぼ真ん中に位置し、新幹線で盛岡まで
行かなければならない。つまり金がかかる。
となると登山口までのアプローチが比較的簡単で、
登山者の数も多くない、信仰の山「月山」が候補地として
選定された。ここまでが先月末の話…。
そうしたらこの「雨続き」である。

 10月に入って、昨日18日まで東京は「14日間」雨が降っている。
記録的な多さだ。これは異常気象である。
だいたい「体育の日」の10日は、統計的に見て“一番雨が少ない”日だ。
しかし10日は雨。この日を含む連休はほぼ雨。
翌週の日曜日の16日も雨。どうなっているんだ

 実は先週、山形までの新幹線回数券を買ってしまった。
¥21,200の出費をすでにしたのである。
休みの日に上手く晴れればいいが、この頻度で雨が降っているのだから
それは無理な話。そして今日決断した。
明日、回数券の払い戻しをしよう。
手数料は取られるだろうが、このまま晴れるのを待っていても
(そんでもって晴れても休みじゃなければ意味がない)
埒が明かない!!

プリン永眠

2005年10月17日 | お知らせ【informataion】
*旧版には9/24に書きましたが、以降作業中のため、
加えて、“読んでいただきたい”ため、あえて今日の日付で
アップします。

 9/23の朝、我が家のプリンが永眠しました。
享年2歳9ヶ月でした。ちなみにプリンは雌のゴールデンハムスター。

 8月中旬頃から足腰が弱り始め、ゲージによじ登れなくなってしまった。
食べる量は減ってきているのに太り始め、9月に入ってからは日に日に目に見えて弱り、
僕が北海道から帰ってきてからはほとんど歩けなくなり、
自分で水も飲めないくらいになった。
死ぬ前夜は餌をちょっとかじり、僕が口元まで持っていった水飲み器を
3分ほどずーっと抱えて少しずつ、死ぬほど水を飲んで眠った。
“最後の夜”になることを知ってか知らずか…。

 何処か綺麗なところにバイクで連れて行って埋葬しようと思ったが、
彼女はペットショップと家しか知らない。だからあまり遠くは可哀想かと思い、
家の前の庭(なんと、うちは独り暮らし用のアパートなのに庭がある!)に葬った。
少量の餌と水と共に。

 ここ数日間は“覚悟”していたので、ショックというよりは
何か空虚なものを感じている。
もう彼女のおしっこやうんこの始末をしたり、
床材や水を入れ替えたりしなくていいんだね…。
でも、プリンには感謝の気持ちでいっぱいである。
ありがとう。

DOはDOでしょう…?

2005年10月17日 | 文化・生活【culture&life】
 北海道登山中、よくラジオを聴いた。避難小屋泊が多かったし、
後日「旭川へ行きました」シリーズで書く予定だが、3~4日目にかけて
人に逢わなかった。したがって、喋る相手がいないし、
悪天候だったので、天気の情報収集が必要だった。天気図を書けない僕は
(*天気図は普通の人は、いや普通の登山者も書ける人はほとんどいないが、
書いている人に逢ったことはある)
一生懸命ラジオの気象情報、天気予報を聞いて、
自分なりに予想し、ルートなどを判断する。

 ま、そりゃいいとして、とにかく寂しいとラジオを聴くのだ。
聴いていると当然だが、北海道のニュースも報じる。そのなかで気になったのが
「道(DOH)」という言い方。
「○○□□道議会議員の斡旋収賄事件に関して…」、
「道知事は△△に対して…」、「道知事によると道としては…」

 これは北海“道”だから当たり前なのだが、
“県”で生まれ育って、“都”に住んでいる僕にとっては非常に違和感がある。
という意見自体ナンセンスなのだがねェ~。
北海道はやはり「HOKKAI-DO」なんだなぁ、と思った。
 ちなみに天気予報を聴いていると、北海道はあまりに広く、
道南、道北、道央などの各地によって天気は全く異なっている。
僕の生まれ育った四国の4倍以上の面積があるのだから当然だ。

いい米使っても…

2005年10月16日 | 雑感【thoughts】
 僕の得意料理は炒飯カレーライス
あっ、カレーはルーから作りますよ!!市販品じゃないってこと。

 今日は炒飯を作ったが、どうも美味くない…。材料は
玉ねぎ、にんにくの芽、挽き肉(牛)、キムチ、
味付けは塩、胡椒、そしてオイスターソース少々、
そして新米のコシヒカリ

 おや?この新米がまずいのかな?
うん、そうに違いない!
米自体は美味いのだ。あまりにモチモチしすぎていて、炒飯に合わないだけ。

 なお、僕の炒飯の米の量は一人前1.5合だ。

My favorite mountain

2005年10月15日 | 山【mountain&climbing】
*2001年10月、八ヶ岳の北沢付近で休憩

 私にもお気に入りの山がある。それが八ヶ岳

 これまでに3回訪れている。八ヶ岳の最高峰は赤岳(2899.2m)。
『赤岳=八ヶ岳』と解釈してもよいだろう。
たいていは「八ヶ岳に登った」というと赤岳に登ったことであろう。
名山ハンティング中の僕が3回登った山が赤岳である。

 日本には三つのアルプスがある。
北アルプス、南アルプス、中央アルプスである。
これは通称で、正式にはそれぞれ
飛騨山脈、赤石山脈、木曽山脈である。
地理に詳しい人はこのような名前で習ったはず。
これら日本アルプスは“日本の屋根”と呼ばれ、3,000m級の標高を誇る。
日本の高峰はほとんどこのアルプスに含まれ、上位から数えて第33位に
アルプスと日本最高峰の富士山以外でようやく「赤岳」がランクインする。
なお、この順位は「日本の山岳標高一覧」(国土地理院発行)に準拠。

 面白い伝説がある。
昔々、富士山と八ヶ岳が背比べをした。
それぞれの頭(山頂)に樋を渡して、水が流れたほうが低いという方法で
お互いの高さを測った。
すると水は富士山のほうに流れ、怒った富士山は八ヶ岳の頭を蹴飛ばした。
そうして頭を飛ばされた八ヶ岳はその分低くなってしまった、という。

 八ヶ岳にはじめて登ったのは1992年夏
大学生だった当時所属していた中央大学テコンドー部の夏合宿で
訪れた白樺湖の帰り、当時の主将だった山好きの先輩が
「よし!帰りに八ヶ岳に登るぞ!!」
という突然の思いつきで皆を引き連れて登ったのだった。
それでも約半数の部員は合宿で疲れているという理由で登らず、
白樺湖ファミリーランドなどへ繰り出したらしい…。
 先輩は八ヶ岳へ何度も登っており、登山道の様子なども把握していたが、
我々は皆素人。当然山登りの道具など持ってきていない。それは先輩も同じだが。
しかし、短パンやスニーカーという格好に、
コンビニで買ったお茶とおにぎりをビニール袋に入れ、登り切ったのだ。
しかもあっさりと日帰りで。
当時は楽しくて清々しくて、とにかくハッピーだったが、
今思えば、つまりその後本格的に登山を始め、それなりに技術や道具もある
今の僕が回顧するに
非常に危険で無謀なことをしたなぁ、と思う。
しかし、アルペンチックで、スリリングな箇所もある割りには
東京からも近く、誰にでも親しみやすい山であると思う。
山小屋の数も多く、“小屋ヶ岳”と揶揄されたりもする。
しかし、どの小屋もレベルが高く、一度訪れて欲しい。
サービスはよいし、食事が美味い!!
人が多く訪れる山でも富士山の山小屋と八ヶ岳のそれとでは雲泥の差である。
富士山の小屋のひどさはまた機会を持ってお話したい。

 八ヶ岳の地質は「輝石安山岩」、つまり火山噴火で生まれた山であることは
間違いないが、ごく古い年代なので火山地形の特徴は失われている。
しかし、赤岳の山頂付近は木々の生えない岩肌がむき出しになっていたり、
硫黄岳には巨大な爆裂火口が存在する。

 ひとくちに八ヶ岳といっても南北に約30km続く山稜の中間ぐらいにある
夏沢峠を境に南と北ではまったく別の山系のように見える。
そこで登山者は南半分の岩峰を連ねた2800m級の山々を南八ヶ岳(単に八ヶ岳とも)、
北に鬱と広がる森林の起伏を北八ヶ岳(北八ツと略称)と分けている。
 南八ヶ岳は盟主赤岳を筆頭に阿弥陀岳、権現岳、横岳、硫黄岳と2700~2800m級の
アルペンを押し立てて、登高意欲を掻き立てている。
 ところが北八ツは深々としたコメツガやシラビソの樹林帯で、
池や草原、露岩帯のおかげで、ときどき陽の光を浴びる程度。
ひっそりと思索にふける山歩きがふさわしい。

 僕が3回訪れたのは「南八ヶ岳」で、「北八ツ」には1回しか訪れていない。
北にはもう少し行く“必要”がありそうだ。

 とにかく、何度行っても楽しいし、刺激的だし、
全ての「登山」の基本が集約された山、それが八ヶ岳。
冬にはアイスクライミングのメッカにもなる。

旭川へ行きましたvol.2

2005年10月15日 | 山【mountain&climbing】
*旧版にすでにアップしたのだが、ここ(新版)に旧版にアップした日付で
投稿すると皆に読まれない可能性が高いので、今日の日付で投稿(アップ)します。

9/11(日)
 いつもの山行の前日同様、ほとんど寝ていない
仕事柄、就寝するのはいつも夜中3時過ぎ、でも起床も10時頃。
だから、登山初日はいつも辛いのだ。

 旭川へは飛行機で行く。
羽田発10:10、旭川着11:45のANA、エア・ドゥの共同運航便。
我が家から羽田空港までは徒歩も含めて約1時間半で着く。
だから8時半に家を出れば間に合うのだが、僕は7時半前に出た。
羽田空港を利用するときはいつもそうだが、
広くて楽しい空港施設を利用したいのだ。
大型ザックを担ぐ。重量は、水とガスカートリッジを入れていないので
参考までにだが16.8kg
前回の白峰三山縦走よりも行程は一日長いが軽い。
しかもザックは大きくなっている。成長の証だ。

 羽田空港はかなりの人で賑わっている。日曜日だからか。ツアー客の多さも顕著。
さっさと自動チェックイン機で搭乗手続きを済ませ、チケットを手に入れる。
荷物もすぐに受け付けて身軽になった。さあ、空港施設を利用しまくるぜぃ!
と思ったが、実はほとんどの施設はもう見ていたし、
ANAは新たに第二ターミナルに移動したが、
目新しいところは無い。わざわざ第一ターミナルへ行くのも面倒くさい。
じゃあ、さっさとゲートインして(出発ゲートをくぐって)
“目当て”の施設へ移動しますか♪

ピーッ!!

えっ?!今何か鳴った?!
「恐れ入りますが、靴も脱いでいただけますか?」
手荷物検査の“ウルトラゲート”(グアム上陸可否判定ブーブーゲート)が
僕の出発を妨げようとしている。係の女性が僕の靴に疑いをかけ、靴を検査した。
小さな機内持ち込み用のバッグの中にはカメラとフィルム、眼鏡。
身に着けていたものは下着を含む衣類と財布、時計、帽子の以上。
衣類以外は籠に入れているので、
僕は金属類は全く身に着けていない。にもかかわらず、
再び通過しようとするとゲートがまた鳴った。
今度は女性は巨大な知恵の輪みたいな探知機を持ち出し、それで僕の身体を嘗め回す
もちろん局部も丹念に調査された。でも金属物はもちろん無し(反応しない)。
女性は、あれ~っ?と言いながらも、どうぞと通してくれた。

 第一関門を突破した僕は、この“刺激”に満足しながら
“目当て”の施設へ辿り着いた。
その施設はスターバックスコーヒー!!
羽田空港には二店舗あるが、僕が利用しようとしているのは、
羽田空港第二ターミナルゲートエリア店。
ここは第二ターミナルの出発ゲート内にあるため、
ANA、エア・ドゥに搭乗する人で
ウルトラゲートを突破した人のみが利用できるのだ(^0^)/☆
僕が注文するのは“いつもの”「ダブル・ショート・ラテ」!!
あっ、付言するが、ダブル・ショート・ラテというメニューは無い。
「スターバックスラテ」の「ショートサイズ」に、
「ショット(シングルのエスプレッソ)」を一つ追加する。
つまり、エスプレッソを濃いめにする(+50円)。
それを口頭でこう言って注文するのだ。
僕が地球上で一番好きな飲み物。
しかも、場所が場所だけに価値がある…と解釈している。
いつもは新宿近辺の店舗で、仕事が休みの日で、
独りで時間の制約が無い場合に利用することが多いが、
搭乗する前の短い時間ではじっくり味わえない。
しかも店舗内に座席は10席ほどしかない。
でも、この店舗を利用することに価値を見出しているので
僕にはそんな条件は関係ない。
しかも座席は店舗外(ゲート内)にいっぱいあるので問題ない。

 こうして充実した旅立ちとなったのである。
飛行機は定刻通りに出発。何度乗っても滑走路を急加速するときに身体に感じるG、
そして地上から離れる瞬間、さらには徐々に小さくなっていく僕の街…
それらは快感でたまらない!!
まだ楽しみはある。それは機内でのサービスドリンク
別に大したモノは出ない。コンビにでも売っているドリンクだが、
機内で眼下の風景を眺めながら飲むという行為に僕は価値を感じるのだ。
しかも航空会社によって内容が異なる。
今回は100%果汁のアップルジュースを飲んだ。

 飛行機は八戸の上空辺りから下北半島をかすめ、本州を離れた。
まもなく北海道の大地が見え、あっという間にその上空に出た。
旭川へ近づくにつれ雲が増し、着陸態勢へ入ったとき、眼下は一面雲だった。
轟音と共に雲を切り裂き、そして抜け出たとき、
僕の目には碁盤目状の美しい旭川の街並みと
その周囲に広がる牧歌的な風景が飛び込んできた。
はじめて間近に見る北海道。祖母の故郷北海道。何度も海外へ行っているが、
それ以上に興奮していた。
飛行機はよく飼い慣らされた犬のように正しく、適切に、かつ美しく到着した。
そして僕ははじめて北海道の大地を踏みしめたのである。

 思ったほど涼しくはない。半袖でよいくらい。
でも今朝自宅から駅までザックを背負って歩くと汗が出たが、ここでは出ない。
うーん、多少涼しいか。
 旭川空港からJR旭川駅までバスで約40分。
駅から今日の目的地の旭岳温泉までバスで約90分。
駅でのバス乗り継ぎの待ち合わせ時間は30分弱なので、
コンビニでおにぎり、サンドウィッチ、お茶を買い、バスの車内で食べた。
これが昼食。旭岳温泉に着いたのは午後の2時半過ぎだった。
 今日は旭岳青少年野営場というところでキャンプ。
バスを降りるとさすがにひんやりした。
ここは標高約1,100m。そりゃひんやりするさ。
早速キャンプ場へ入り、受付をした。受付には管理人のおじいさんが一人。
申し込み用紙に川瀬という判子を押したので川瀬さんか。
場所を指定されて、そこに愛用のソロテント、プロモンテの「VL-12」を張った。
このキャンプ場は皆さんにも馴染みのあるオートキャンプ場なので、
綺麗な水洗トイレ、自炊場などがあり、非常に快適♪
しかも、僕を含めて3張しかテントがなく静か。幕営料も500円なので、安いほうだ。
ちなみに登山者(*テントを見ればそれが登山用か否かはわかる)は
僕しかいないようだ。
気になったのは、管理人の川瀬さんに
「最近キツネが出て、テントを荒らすので気をつけて」
と言われたこと。
5匹いて、罠を仕掛けて4匹は捕まえたのだが、最後の1匹はなかなか捕まらない、
と言いながら仕掛けてある罠も見せてもらった。
そして夜、早速僕はキツネ氏に歓迎されたのだ。

はじめが肝心

2005年10月14日 | 山【mountain&climbing】
*八合目の山小屋「太陽館」前から眺める日の出

 何事もはじめが肝心である。

 山というところはたいてい天気が悪い
午後になると例外なく、ガスがかかり(雲が出てきて、そのなかに入ってしまう)、
景色は見えなくなる。
標高が1,000mくらいの低山なら平地とほぼ同じ天候だが。
だから、午前中にいかに行動できるかが山を楽しむポイントになろう。
一日中晴天続き、なんてことはめったにないのである。
そのめったにないことが、僕がはじめて登った富士山で起こった。

 登ったのは2001年夏であることは前回述べたが、お盆も終わった8月下旬だった。
北アルプスや北海道では“秋の便り”も聞かれ始める頃である。
今年はそうではないようだが、基本的には秋は天候が安定するので
登山日和の日が多い。
このときの富士山がまさにそう!

 この富士山登山で、山頂では3人とも多少の高度障害に悩まされ、
眠気、頭痛の症状に苦しんだが(時間や程度の差はあったが)、
登山道や山頂から眺めた景色のすばらしさが僕を山へ惹きこんだ。

 写真は登り始めて二日目の朝の小屋の前からの日の出。

 実はこのとき台風が接近しており、登山の計画は以前から立てていたので、
登山日にぶつからないか冷や冷やしながら当日を迎えたのだった。
なお、翌日は河口湖周辺の観光をしたが、台風による大雨で
河口湖が氾濫し、あやうく取り残されるところだった。