鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

Vol.326 『 祈りは基本認識証言の後で』(17章25節)

2012年02月19日 | ヨハネ伝解読

  臨時版がとぎれとぎれで続きました。原発事故以来の世界の変化に鹿嶋は動転していたようです。
この問題に取り組まざるを得なくなっていたのですが、思えば情けない。
本来の「ヨハネ伝解読」も淡々と行うくらいの腹の据わりようがなかったことを反省しています。

                    

 で、久しぶりに解読に戻ります。17章も最後の節の一つ前となりました。

この章は全文がイエスが創造神に直接語りかける言葉で埋められています。
  弟子たちには難しくて語らなかったこともあった。だが、ここではすべてが率直に述べられています。

その意味で、ヨハネ伝17章はこの福音書のクライマックスです。
のみならず、他の福音書ではこれを記していませんので、
福音書全体の、さらには聖書全体のクライマックスといってもいいかもしれません。

聖句を示します。

                   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「義なる父よ。この世はあなたを認識していません。だが私はあなたを認知しています。
そしてこの人々(イエスの弟子たち)は、あなたが私を遣わされたことを悟りました。」
(17章25節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                   


 この25節の主旨についてはこれまでに解読してきました。
「世」は創造神を認識できていない。悪魔に目をふさがれているからという論理です。

  けれどもイエスは「わたしは父なるあなたを認知しています」とわざわざいっています。

 そして「世」から選び出された「弟子たちも、創造神を認識し、
そしてイエスがその神から遣わされてきた存在であることを悟りました」
と創造主に語りかけています。

 創造神は全知です。そんなことはお見通しです。
でもイエスは、これらのことを「わたしは認識しています」
と父なる創主に念押しするように明示しています。

「あなたは義なる方です」とまでわざわざいっている。

 粋じゃないなあ。どうしてこんな野暮なことするんでしょうね。江戸っ子ならそういいそうなところです。

                   

<忘れやすい生き物>

 でもイエスは祈りの中ではそれをしています。
自分が認識していること、信じていることを、改めてきちんと創造主に報告しています。

 イエスは自らのこの姿を通して、祈りの秘訣を我々に教えてもいるように見えます。

人間は忘れやすい生き物です。
ごく当たり前と日頃思っているようなことでも、記憶が薄くなっていることが多い。
だから、「これはきちんと私の意識にあります」、と創造主に示すのは、
見方によっては祈るときの当然の義務であり、礼儀であるかも知れないのですね。

なのにこれを我々はお祈りするときについつい省略します。
こんなことは創主はご承知に決まってる、と、
きちんと言葉に出して確認することをしないきらいがある。

でも、それを忘れやす生き物がしないのは、謙虚でないかも知れないんだよね。

「わたしはあなたを全知全能の創造神だと認識しています。」
「イエス・キリストをあなたが救い主としてこの世に送ってくださったことを認識しています」

~こういう、通常当たり前のようなことをも、創造主にお願いをするときには、
きちんと自己確認している姿を示すべきかも知れません。

これをしないから、普段の祈りが十分に聞き届けられないかも知れません。
祈っても応答がない、という原因は、案外そんなところにあるかも知れませんね。
この節でのイエスの姿は、それを教えてくれているような気がしています。


                   

 

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