鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

各福音書の特性

2022年11月13日 | 永続確信のための聖書解読

 

前回、マグダラのマリアは、イエスの母たちと同じレベルの思慕をイエスに抱いていた、特別な存在だったと述べた。
それを「ヨハネの福音書」の聖句を踏まえて述べた。
 
 
<マルコは「遠くから見ていた・・」といっている>
 
 
だが、同じ場面を「マルコの福音書」は次のように記している~。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  「イエスの十字架を遠くから見ていた女たちの中に、マグダラのマリアがいた・・・。」
     (マルコによる福音書、15章40節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
これは「ヨハネ福音諸」とは大違いだ。
マルコは「マグダラのマリアは“遠くから見ていた”女たちの中にいた」と記している。
一体どちらが正しいのだ。
 
<ヨハネ福音書は別格>
 
ここで筆者は、福音書の性格に論究せざるを得ない。
結論から言うと四福音書の中で「ヨハネの福音書」は別格なのである。
 
はじめの三冊「マルコ」「マタイ」「ルカ」は、取材によって得た情報を主なる素材にして記している。
(「マルコ」が最初につくられた福音書であるが、新約聖書では編集の都合上、「マタイ福音書」が先頭に収録されている)
 
「ヨハネの福音書」はこれらと一線を画する。ヨハネは、イエスが常に傍らにつけている愛弟子だった。彼にはイエスの言動を直接見聞して得た情報が沢山あった。だから取材は必要でなく、すべてを自分の直接情報をもとに書いている。
 
その意味でヨハネの記述は、最も事実に近いと推測できる。
 
 
<先行福音書を読んだ上で>
 
余談だが「ヨハネの福音書」は四福音書の中でも最後に書かれている。彼は「他の三者が書いてないことを自分の福音書に書こうか」といってはじめている。
たしかエウセビオス『教会史』立ったと思うが、そこではヨハネは他の福音書を読んだ上で書いた、と述べている。
 
またこれは筆者の推測だが、彼は書く前に、他の著者たちの取材に応えてイエス情報を与えてもいると思われるふしもある。
 
いずれにせよ、「イエスの十字架を遠くから見ていた女たちの中に、マグダラのマリアがいた・・・」という情報は取材して得たものなのだ。
そういうことを承知すれば、マルコ福音書の記述は、それはそれで意義がある。
 
マタイもルカもそれでいいのだ。マルコもまたベストを尽くした。
当時は、「イエスの伝記を書いている」と知られたら殺される時代だ。
よく思い立ってくれた。
彼らもまた、命をかけて取材し、それを用いて自分の福音書を記したのである。
 
(続きます)
 
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