ここで幼児洗礼に対するカトリックと聖句主義者の考え方を示しておきましょう。この話は「信者間の言い争いで、どうでもいいこと」ではなく、その成り行きは西欧史、世界史の理解に直結しています。
まず、洗礼(バプテスマ)について。これはイエスの命令に従っておこなう行為です。
新約聖書によれば、復活して現れたイエスは弟子たちにこういっています。
「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音(イエスの教え)を宣べ伝えなさい。
信じてバプテスマを受ける者は救われます」(『マルコによる福音書』16章15~16節)
この後、弟子たちは宣教し、信じた者にバプテスマを授けていますので、
右の聖句は「福音を信じたものにバプテスマを授けよ」という旨の命令と解読できます。
なおそこで「救われます」というのは最後の審判で「火の湖」に投げ込まれることなく
「天国(天にある創造主の王国)に入れるようになる、という意味です。
聖書ではこれを「救いを受ける」と表現しています。
がともかくこの「バプテスマを信じたものに授けよ」との命令は「信仰者洗礼(believer's Baptesma)」
という神学用語をも生んでいて、広く容認された鉄則になっていました。
幼児洗礼に対する見解を、聖句主義者とカトリック教団との間で論争がなされたと想定して示してみましょう。
両者が対面して論争したわけではありませんが、そうすると論点が明快になるのです。
聖句主義者 「幼児洗礼は聖書に根拠づけられていない」
カトリック教団 「いや、そうでもない。洗礼で救われるのはその行為に秘蹟(sacrament)が伴うからで、
生まれたての幼児はこの神秘的な力によって救いが与えられるのだ」
~秘跡とは文字通りでは神秘なる痕跡ですが、教団は神学的に
「霊によって起きる神秘な賜物」としました。
この教理を正統として、幼児も洗礼で救われるとしたのです。
カトリック教団は公会議というのを開いて、様々な神学理論を検討します。
そしてそこで多数に承認された神学理論を正統な教理とするのです。
聖句主義者 「だが赤ん坊の心には信仰という要素が存在していない」
カトリック教団 「そうかもしれないけど、その点は、成人して堅信(confirmation)礼で補うから
いいじゃないの」
~堅信礼とは「受洗した後に行う儀式」です。
彼らは「堅信礼には信仰を強める秘跡がともなう」という理論を考え出した。
こうして「幼児の時には信仰は薄いとしても、成人して堅信礼をうけたら
信仰は補強されるからいい」という教理を作ったのです。
カトリック教団はこのような論拠を重ねて幼児洗礼を聖書に沿うものとし、この教理を法文化し、
しました。そしてそれを国家の法令「幼児洗礼法(416年)」として発したのでした。
以来、ローマ帝国下の人民は、子供が生まれたらすぐに洗礼を施さねばならなくなりました。