限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第1回目)『中国四千年の策略大全(その1)』

2022-02-06 21:09:33 | 日記
先ごろ(2022年2月1日)ビジネス社から私の新刊書『中国四千年の策略大全』が発行された。この本は明の馮夢龍が書いた『智嚢』という本の抄訳本である。なぜ日本では全く無名(といっていいほど)のこのような本を出版したのかという理由は帯に次のように書いた:「日本人は得てして中国人の言動を日本人の流儀で理解しようと努めるが、それは完全に間違っている。このような考えではいつまで経っても中国人を正しく理解することはできない。…「ころばぬ先の杖」ならぬ「騙されぬ先の『智嚢』ということだ」



本書には、掛値なしに中国人の巧妙な策略が満載である。これを読めばこれからの中国ビジネスで泣きを見ないようになるだろう。今後の中国ビジネスに携わる人の必読書の一つに加えてもらいたいと思っている。

ところで現在、中国はアメリカといろいろな点で衝突している。その一方で、2022年の冬季オリンピックが開催されているので、否が応でも注目度が高まっている。1972年に日中国交回復時には、日中両国とも、親中・親日的の華やかな雰囲気であったが、それから半世紀経った最近の傾向は日本では嫌中的ムードが広がっている。これに関連していえば、私はこれまで中国関連は4冊出版したが、先般のブログ
座右之銘・128】『賦斂軽而丘園可恋』
にも書いたように、無理やり嫌中的タイトルを付けられたものもあった。しかし、私の個人的な思いは、本書P.362に書いたように「中国の古典を読むつど、善悪こもごも常にその懐の広さに感嘆させられている」のである。資治通鑑を読んでいる時もしばしば感じたが、中国の歴史が「面白い」のはまるで小説や劇のような、どんてん返しが頻発するからだ。それも、想像もできなかったような策略に人々がまんまと騙されてしまって、顔面蒼白になって右往左往するのだ。「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもので、中国の歴史などはまさにこの言葉を地で行く。



さて、この本の出版のいきさつについては、本書のP.366の「おわりに」に書いたが、下書き原稿はすでに数年前に出来上がっていた。しかし、なかなか出版社が見つからず、ほぼ諦めかけていたところをビジネス社の唐津社長の英断により実現したものだ。しかし、出版が決まってからもいろいろと追加修正が多く、時間がかかったものの、多くの人にご尽力頂きようやく完成した。手間暇がかかった分だけ、内容が充実したので筆者の私としても非常に喜んでいる。そこで、本稿ではざっくばらんに出版の裏事情を書いてみようと思う。

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今まで私が出版した本は8冊あるが、中国関連の書物では、定番の資治通鑑(3冊)と旅行記・滞在記(1冊)がある。つまり、8冊のうち半分以上が中国関連ということになる。最後の旅行記・滞在記はほとんど日本語訳をベースにしたので、文章的には全く苦労はなかった。ところが資治通鑑関連の3冊は、いづれも現代語訳が存在しないので、原文(漢文)私が訳した。資治通鑑を編纂した司馬光グループの漢文は思った以上に分かりやすかった。史記や北史・南史の漢文と同じ程度の易しさといっていいだろう。漢文の文章の難易度からいえば史書は概して易しいが、文学作品の中には極端に難解なものもある。例えば、文選の漢文、特に巻1から巻6あたりに見える賦はとてつもない難字だらけで、正直言って私の漢文力ではまったく歯がたたない。



これだけでは何のことか分からないだろうから、実例で文選の難解さを示そう。上に示すのは巻5にある左思の呉都賦の一節だ。上部に赤線を引いてある部分は次のような難字が並ぶ。

「爾其山澤、則嵬嶷嶢屼、巊冥鬱岪。潰渱泮汗、滇㴐淼漫。或涌川而開瀆、或呑江而納漢。磈磈巍巍、滮滮涆涆。䃢碒乎數州之間、灌注乎天下之半。…」

ここに表れる漢字はほとんど人にとってはそれこそ生涯、一度もお目にかからないであろう。これを思うと、南方熊楠は小学生の時に既にこの難解な文選をノートに写し取っていたというから、その早熟ぶりを形容する言葉は見当たらない。

さて、今回の『智嚢』は文選とは別種の難解さがあった。しかし、幸運なことに現在のITやWebの進展のお陰で、多少の準備は必要ではあったとはいいうものの、難解さはほぼ満足のいく程度に解消された。それも、費用もかけずにだ。仮にこの本を10年前に訳そうとしても、とうてい私のような中国文学の素人にはとても無理であっただろう。現在のIT技術やWeb上のデータ・情報を使いこなせないと知的活動は出来ないなあ、とつくづく感じる。

続く。。。
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