
『狂気について瞑想する人物』
深緑の背景、時代(時間)を特定しない時空間である。
男は首を突き出し何かを凝視している。自問自答、答えの見つからない混沌・混濁の胸中。過去・現在・未来が複雑に交差し無時間に陥るような忘我、否、自身のみの世界へ落ちて行く断絶の領域。
手に持ったパイプは滑り落ちる位置にあり、辛うじて持っている風(見せかけ)である。燃え落ちるであろうタバコの火にも頓着しない男の凝視の一点。
(X線調査により右側にも別の男の姿(顔)が描かれていたということであるが、自分自身ではないか)
不自然なほど前に突き出した首、こそげ落ちた頬、尖った鼻、薄い唇、鋭い眼差し…いかにも(狂気を瞑想する人物)の風貌である。しかし、狂気という眼に見えない対象を瞑想するというのは違和感がある。
《狂気》正気でない精神状態を、《瞑想》目を閉じて静かに考える。自分自身のなかの矛盾であり、葛藤である。
男(人物)の前に角張った白い物は何だろう。棺(死)を連想させるが説明はない。
マグリットの胸中、死を前にして《生きる》を考える。《死》は白い色面に過ぎない、そんな風に幻想と化していくのだとしたら、《生》の領域に在る自分の精神とはいかなるものなのか・・・。
狂気(正気でない)を、正気の眼差しをもって明晰にする。即ち自身の狂気そのものかもしれないと、他者の眼で冷評している。
(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)
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