続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

ランチの悲劇。

2018-10-16 07:23:50 | 漫画

 サークルのメンバーとランチ。
 でも出された配膳を見てギクッ!

 ご飯の盛りが明らかに倍はある。メンバーに笑われながら食べたけれど、天ぷらやとろろ汁も微妙に多い。
 なんで?(太っているから?)
 どこから見ても貧相なお婆さん、(同情されたのかな?)

 イケメンのお兄さん、もしかしたら可愛がってもらったご自分のおばあちゃんにわたしが似ていたのかな?

 夢庵じゃ、「ご飯少な目」っていうと、20円引いてくれるっていうのに・・・。
 まぁいいか、差別感に打ちひしがれたわたしでした。


🈞マグリット『星座』②

2018-10-16 06:41:59 | 美術ノート

 緞帳(天幕)は画面の中で、二本の樹よりずっと手前にあると思い込むが、そうである絶対条件に欠けている。緞帳がどのように吊り下げられているのか、確たる証拠となる器具の位置が不明だからである。ただ漠然と緞帳が二本の樹より手前にあるに違いにと確信してしまう。むしろ疑うことは皆無である。そのようなものという強固な観念が緞帳を画面の手前に認識させるのではないか。

 この巨木とも思える二本の樹よりずっと上に吊るすのはかなり高い位置であり、しかもその器具を設置した建屋は巨大というより通常の建屋を拡大させたものである。
 天文的な時空・・・もはや人間の手を離れている。

 人間の目を視点に考えると、虚偽空間、想像の世界である。葉脈が地下に在るべき根の広がりである一葉の形をした樹、絶対に有り得ないものが平地に植えられている。
 愛すべき自然のなかの大いなる噓・・・緞帳に掲げられた二羽(三羽)の鳥は枝葉から出来ている。(鳩がくわえて来たオリーブの葉、そこに乾いた大地を知り、再び世界が開け、大家族の始まりを見るという構図を暗示しているように思う)

 天と地の創造、園の中央に命の木と善悪を知る木・・・恐れ多くもこの構図が過る。
『星座』人の想念で創られた世界観であるが、人が崇め信じるこのイメージの是非を彼(マグリット)は問わず語らない。


(写真は国立新美術館『マグリット』展/図録より)


『城』3047。

2018-10-16 06:16:00 | カフカ覚書

こういう患者にたいしては、ベッドに連れもどすことしか考えてはなるまい。フリーダも、そう考えたらしく、Kから離れるなり、イェレミーアスのそばに降りていった。


☆それにもかかわらず、他に考えようともしないで彼歌旅連れ戻意t。フリーダもまたそう理解し、Kから遠ざかり、彼のそばに降りて行った。