そのとき展望車の藍いろの紳士は
X型のかけがねのついた帯革をしめ
すきとほつてまつすぐにたち
病気のやうな顔をして
ひかりの山を見てゐたのだ
☆転(ひっくり返す)謀(図りごと)は、視野(思考、見解、環sつなどの及ぶ範囲)を覧(よく見ること)。
真(まこと)の詞(ことば)で啓(人の目を開く)他意を書く。
描く記の願い(信仰)は、太陽が源である。
曇りなき空を、無垢あるいは無心というのなら、雲の散在する空は心の闇、心の翳りということかも知れない。
呪いという感情は計画的に湧き出るものではなく、負の感情の高まりが総じて呪いのような悪意を惹き起こすのである。
暴落、失敗、嫉妬・・・あらゆるマイナ要因は人心を刺激する。精神の均衡を崩すとき、向かう対象への『呪い』が生じる。
打つ手がない、策のない窮乏に『呪い』は救いでもある。
しかしその『呪い』には物理的戦略はなく、客観的に見れば単に狂気の領域に足を踏み入れたに過ぎない。
その無為無謀のエネルギーは決して答えを発しない空に向かう。空、とりわけ不意に沸き不意に消えて行く雲の存在は、『呪い』の空虚を映し出す。
『呪い』は、『空に散在する雲』に匹敵するかもしれない。
形を定めずに沸き、いつかは消えて行く雲の在り様は、『呪い』の憤懣に類似する。
(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)
ちらちら瓔珞もゆれてゐるし
めいめい遠くのうたのひとくさりづつ
緑金寂静のほのほをたもち
☆用(必要とする)絡(つながり)を演べ、録(文字に書き記す)。
魂(たましい)を惹きつける情(こころ)がある。
アルトゥルの場合は、あなたの思惑は成功しました。と言っても、ほんの束の間の成功ですけれども。アルトゥルは、とても感じ安くて、イェレミーアスのような、どんな困難にもたじろがないだけの情熱がないのです。
☆アルトゥルの場合では、あなたの意図は成功しました。もちろん、ただ彼は温和ですが、イェレミーアスのような小舟の困難をも恐れない情熱がないのです。