続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

小春日和。

2014-11-28 06:39:48 | 日常
 小学校五年生くらいの時だったかもしれない。クラスメートのMさんのお姉さんが某名門校を受験し、そのときの出題に「小春日和とはどういう意味ですか」というものがあったという。
 Mさんは利発活発で何でも良くできる生徒だったけれど、お姉さんも優秀なのだと羨んだ覚えがある。

 そして後日、先生は「小春日和とはどういう意味ですか」とクラス全員に向かって質問した。当然Mさんが応えることを期待していたのだと思う。ところがシーンとして誰も答えない。その話を聞いていたわたしは仕方なく手を上げ答えたけれど、先生は予想外の展開に少しがっかりした表情を見せた。(わたしが答えてはいけなかったのか)正解したにもかかわらず、ひどく嫌な気分で腰を下ろしたのを忘れられない。

《贔屓/ひいき》・・・漠然とわたしは外れていることを悟った。
 席決めがクラスで一番の成績の男子生徒の隣りだったある日、テストが行われた。室内をぐるぐる廻っていた先生は男子生徒に囁いた。「お隣に見せないようにしましょうね」と。
 勉強とは無縁だったわたしの成績は決して良くはなかった。だからと言って・・・屈辱である。


「小春日和」という言葉を聞くたび胸に過ぎる思い出は少し悲しい。

『畑のへり』22。

2014-11-28 06:34:45 | 宮沢賢治
「よして呉れよ。七十枚の白い歯からつやつやした長い髪の毛がすぐ生えてゐるなんて考へても胸が悪くなる。」


☆語(言葉)の死地を重んじ、邁(進む)ことを吐く(言う)。
 発(明らかにする)望(願い)は、照(普く光があたる=平等)である。
 講(話)の教(神仏のおしえ)は和(争いを収める)。

『城』1808。

2014-11-28 06:29:22 | カフカ覚書
とにかく、少年は、すっかりふたりの関心をさらってしまった。仕事は、すべて中止され、朝食も、ひどくのびのびになっていった。


☆いずれにせよ、この要求に対するすべての言行は、すべて現場不在として終わりになり、初期の事情も予言者の描くように長い間続いている。