金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

苦しくて最後は楽しい羊蹄山登山

2017年08月18日 | 

8月15-16日に蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山(1,892.7m)に登った。羊蹄山は百名山の一つだが、あまり強く登りたいと思っていた山ではなかった。その理由は深田久弥の「日本百名山」の次の一文が頭の隅に残っていたことによるものだろう。

「おどろいたことには途中沢をなく水もなく、何の変化もない道をただひたすらに、富士山のように登るのである。それでも中途までは見晴らしが利いて慰めになったが、それから上は霧の中を一途な急坂で、登山というより、体操訓練の一種でしかなかった」

さて余市のゲストハウス余市を7時過ぎにレンタカーで出発し、途中のコンビニエンスストアで朝食を取り、8時半頃半月湖登山口に到着した。羊蹄山には幾つか登山ルートがあるが、一番ポピュラーな倶知安(比羅夫)コースはここからスタートする。

8月15日 8時45分登山開始。天候は曇のち晴。1合目までは緩い登りである。9時31分2合目到着。登山口から2合目までの標準コースタイムは1時間なので重荷(避難小屋で一泊するため食料・水を担いでいる)の割にはまずまずだと安心した。

しかしここから上はところどころ滑りやすい急な斜面の連続であまり眺望もない。気温は高くないが湿度が高いので汗をかく。8合目で昼食を食べたりしてのんびり歩いたので、9合目に到着したのは13時35分だった。登山口から4時間50分かかっている。標準的なコースタイムは4時間ー4時間20分(休憩時間なし)なので、休憩時間を差し引いても標準タイムより少し時間がかかっている。重荷とトムラウシ登山の疲れが残っているためだろう。

9合目に到着する頃は晴れてきて、倶知安の街並みが良く見えた。爽やかな風が吹き渡り気持ちが良い。こうなると現金なもので私はすっかり羊蹄山が好きになっていた。

トラバース道をたどって避難小屋に到着したのは13時43分だった。この日の避難小屋一番乗りだった。

避難小屋には夏の間管理人さんが常駐していて、整備は行き届いている。宿泊の協力金は1,000円だが妥当だと思う。

私はシュラフ・エアマットを持参したので、利用しなかったが寝袋(300円)毛布(200円)の貸出もある。羊蹄山は水場のない山だが、避難小屋では緊急用に天水を分けてくれる。ただしあくまでも緊急用なので水は運び込むべきだ。

小屋の前にはリンドウやチシマギキョウが咲き乱れている。時々顔を見せるシマリスの姿を見ながら持参の焼酎を飲んでのんびりした午後を過ごした。

8月16日 曇時々晴 午前3時前に朝食も食べずに避難小屋を出ていく人がいる。頂上でご来光を見る人たちだ。我々はもう少しゆっくりして5時21分に小屋をでた。気温は8度前後でひんやりしている。5時38分9合目分岐点。ここに荷物を置いて水筒・防寒着をもって頂上に向かった。火口の上にでた時ブロッケン現象をみた。過去にも1度見た経験はあるが写真撮影は今回が初めてだ。

6時22分 山頂到着

霧で視界が良くないので外輪山を一周せず往路を引き返した。7時8分9合目到着。

その下はあまり面白くない急な登山道が続いているが、我々は山頂付近でみたブロッケン現象の感動を抱いてスタスタと降っていった。

9時40分登山口到着。

私にとって羊蹄山は最初苦しくて最後は貴重な経験を与えてくれた楽しい山だった。深田久弥と真逆の印象を持ったのはまさに気象条件の違いとブロッケン現象を見ることができた故であろう。

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積丹・余市の短い旅

2017年08月17日 | 旅行

今年の夏の北海道登山はトムラウシと羊蹄山である。計画ではその間に暑寒別岳まで登ろうと欲張っていたが、トムラウシの後の休養のため暑寒別は割愛して積丹半島とその付け根の余市にドライブ旅行することにした。

小樽から積丹半島に向かう道路が混んでいてランチタイムが近くなったので、古平町の「いちい寿司」というすし屋に寄った。

ホッキガイのたっぷり載った三食丼1,500円を頂く。積丹半島のすし屋では「ふじ鮨」が有名だが、いちい寿司もお値段通りの味だと思った。店主から見どころを聞いて、神威岬と積丹岬に車を回した。

神威岬の駐車場はほぼ満杯だった。十数年前にワイフと来た時は荒涼としていて、していかにも北の国の岬という感じがした記憶があるが、今ではすっかり観光名所だ。時々外国語も聞こえる。

観光化しているとはいえ、岬に向かう細い道を歩いていくと「岬は海に突き出た大地の骨だ」と感じる。ある種の荒涼感が心を揺さぶった。

積丹岬の島武意海岸は「日本の渚百選」に選ばれている。

昔来た時はこんなアレンジメントはなかったと思うが、〇〇百選などという数揃えものは観光誘致に必要なのだろう。

高度差50mほどの急な階段を下りていくと渚に着く。中々の景色であるが、多少ゴミが目に付くのが残念だった。

次に車をその日の宿泊場所・ゲストハウス余市に向けた。ここは前夜booking.comで1室だけ空いているというので予約した。1室2名で一人4,500円だった。ゲストハウスのオーナーからニッカウヰスキー工場や食材を買うスーパーの情報を得て余市へ出陣。

NHKの朝ドラ・マッサンを思い出しつつ工場を見学。

竹鶴が獲ったと思われるヒグマにも出会った。

余市周辺はヒグマが多いらしい。工場内の売店では夜に飲む水割りウイスキーを購入。

車を近くのイオンスーパーに回して夕食を調達した。

オーナーに聞くとゲストハウスは元々学生寮だったものが、老人ホームになり、今は宿泊客を泊めるゲストハウスになったということ。

少子高齢化とインバウンド旅行客誘致という社会・経済構造変化の縮図のような話であった。

それはさておきここは余市観光の拠点として中々便利な場所である。5月に開業したがほぼ満室の運営を続けているということだった。

短いけれど充実した積丹・余市の旅だった。

 

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羊蹄山でブロッケン現象を見た

2017年08月17日 | 

8月9日から昨日(8月16日)まで北海道で山に登っていた。

その話は追々書くとして、まず羊蹄山(標高1,898m 日本百名山)の山頂付近で見たブロッケン現象の写真をご披露したい。

ブロッケン現象は背後の太陽の光が雲粒や霧粒に散乱し、人物の周りに虹のような光輪が見える現象で、マッターホルン初登頂時の遭難の後、ブロッケン現象が現れた話が有名だ。

今回ブロッケン現象を見たのは8月16日午前6時15分から20分頃のこと。場所は羊蹄山山頂手前だった。天候は曇だが時々薄日がさしていた。これまで山に登っていてブロッケン現象を見たことは1,2度あったと記憶しているが、写真に撮ったのは今回が初めて。

スマートフォンのカメラでシャッターを押したが、予想以上に奇麗に撮れていた。

羊蹄山避難小屋の管理人さんの朝の話では「ひょっとするとブロッケン現象が見えるかもしれませんよ」ということだったので、羊蹄山はブロッケン現象が観察しやすい場所なのかもしれない。比較的海に近い独立峰で霧が発生しやすいことがプラスに働いているのだろう。

 

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「秘密の質問」あれこれ

2017年08月08日 | うんちく・小ネタ

インターネットのポータルサイトであらかじめ設定した「秘密の質問」にあらかじめ設定した回答を「合言葉」として入力し、本人確認をする仕組みを導入しているサイトがある。

たとえばゆうちょダイレクトがそうだ。先日久しぶりゆうちょダイレクトにログインしようとすると「好きな作家の名前は?」と聞かれた。

こんな質問を設定した記憶がないが、多分沢木耕太郎だろうと思い「さわき」と入力した(回答はかな入力となっている)が、エラーがでてしまった。他の作家の名前をあてずっぽうに入力して、トラブルが複雑化してはいけないので「合言葉」を初期化して事なきを得た。

ところで私にとって「好きな作家は?」という質問は難問である。まず好きな作家はジャンル別に複数いるし、また時々に変化している。例えば現在のところ好きな作家は歴史小説では中村彰彦、ノンフィクションでは沢木耕太郎、一般の小説・エッセーでは角田光代だが、時とともに変化していく。

従って私は「秘密の質問」に好きな作家といった質問を設定することはないと思っている。ゆうちょダイレクト側の何かの間違いだったのではないだろうか?

私がはっきり記憶している「秘密の質問」は「母の旧姓」「最初の上司」「初恋の人の名前」である。この内前二者は変わらないので、記憶力が衰えない限り合言葉を忘れることはない。だが「初恋の人の名前」を合言葉に設定するのは中々微妙な問題を含んでいる。

初恋の人は中学時代の同級生の女性(当たり前か?)である。2,3年前約半世紀ぶりに同期会があり、その女性と会った。それは秘めた片恋だったので、その女性は私の初恋の相手だったなどとはつゆ知らないし、まして秘密の質問の合言葉になっているなどと想像もつかない訳だ。だがその人の名を合言葉にしている私は、顔を合わせた時にちょっと面映ゆかった。

半世紀もたつと当時の美少女もおばあさんになっている。あって懐かしいという思いと何となく初恋のイメージが色あせたという微妙な気持ちが交差した。ゆうちょダイレクトから「初恋の人」を聞かれる度にこのことを思い出すので、このような設問を秘密の質問にしたことに今では少し疑問を抱いている。

ひょっとすると「最初の上司」という質問で微妙な気持ちを抱く人がいるかもしれない。幸いなことに私の最初の上司は非常に良い人だったので、その人の名前を思い出すことは今でも楽しい。だがもし最初の上司が嫌な人物で、その人がサラリーマン生活に暗い影を落としている場合などは思い出す度に不愉快になるだろう。そんな訳で「秘密の質問」という本人確認の仕組みには慎重に対応しておく必要があるだろう。

 

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それぞれの道にそれぞれの幸せあり

2017年08月07日 | シニア道

沢には独立して暮らしている二人の娘がいる。沢は一度も娘たちに結婚しなさいなどと言ったことはない。沢の妻は娘たちが20代の頃は時々結婚のことを話題にしていたが、その都度気まずい思いをしたので、今は話題にすることはない。

友人たちが孫の話を話題にする時など沢も自分にも孫がいれば、山登りに連れて行っただろうなどと思い、多少の寂しさを感じることはある。一方結婚した娘が離婚し、家に戻ってきたなどという話を聞くと不仲になって苦労するのであれば、結婚しない方が良いのではないか?と思うことがある。人の幸不幸は結婚だけでは測ることができない。

マクロ経済や生活設計論に詳しい沢からすると、経済的には結婚する方が有利だ、と主張したい思いはある。しかし経済的に有利だからといって結婚を強いるのは、主客転倒である。いわば馬の前に馬車を繋ぐようなものだからだ。

最近では「卒婚」という言葉を目にするようになった。仕事や子育てが一段落した夫婦が夫や妻という役割から解放され独立した個人として自由な生き方を行うため、結婚を卒業するという意味で、離婚とは違うという。「卒婚」という言葉が市民権を得るとすれば、初めから結婚しないという選択や事実婚という選択もありだろう。

世の中は少しずつだが確実に個人の自由な生き方を尊重する方向に動いている。個人を家族や会社から取り戻す時なのである。

「個人を家族や会社から取り戻す時」と言ったが、沢自信は結構自由な会社生活を送ってきた。それは他人を踏みつけて我儘な振舞をしてきたという意味ではない。むしろ沢は部下や周りの人間が「やりたいことをやる」ことを手助けしてきたと思っているし、同時に自分のやりたいことを一定の枠組みの中でやってきたと考えている。一方沢は「働くものは給料泥棒になってはいけない。生涯賃金の10倍程度は稼がなければならない」と主張し実践してきた。なぜならそれが人間としての矜持の源だからだ。

矜持なくして人は幸せな人生を送ることができない。

何か矜持を持っている限り、娘たちは自由な生き方をすれば良いと沢は考えている。それぞれの道にそれぞれの幸せがあるというべきだろう。

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