金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

能力主義と無宗教

2005年02月27日 | 資格・転職・就職
巷間能力主義が流行っている。
しかし能力主義は敬神的(特に一神教的)な人生観がないところではうまく機能しないというのが私の持論だ。


少し詳しく考えてみよう。

まず人間は能力において平等に作られているかどうか?

答はいうまでもなく平等ではない。生まれつき足の早い人と遅い人、計算の速い人と早い人、人の顔と名前をすぐ覚える人とそうでない人という具合に人間には能力において生まれつきの差がある。

英語では優れた才能をgiftと言う。Giftとは神からの贈り物である。
また天才をgenuisというが、その語源はラテン語の守護神である。

能力というものを天賦のものという人生観を共有しない社会での能力主義は働く者を傷つける可能性がある。
私は特に今日本で能力主義が誤った理解と運用の下で多くの人を傷つけているのではないかと危惧する。

その最大級の誤解は以下のようなものだろう。

☆ 努力をすれば能力は開発することができる
☆ 能力が低いのは努力をしていないからだ
☆ 会社は能力に応じて昇格させ、高いポストに配置する
☆ 高いポストについていないのは、能力がないからであり、能力がないのは努力が足りないからである

というような論理の下、持って生まれた性格・能力とは合わないことのために「嫌な努力」を強いられ、心と体の健康を損なう
人が多いことは残念なことである。

これは能力に対する「人間の驕り」(つまり努力すればなんとかなるという驕り)が根底にある。

我々はこのような呪縛から解放されもっと健康的な生き方を心がけるべきであろう。
それは次のように考えることだ。

☆ 人の才能には様々なばらつきがある。そのばらつきは色々な環境変化に対応するべく、神が配剤したものである。
☆ 時に優れた才能の持ち主(米国ではそういう人物をナチュラル・スマート)が存在するが、それは神が人類を幸福にするた  めこの世に贈った神からのGiftである。
☆ 従って優れた才能の持ち主も自ら驕ることなく、優れた才能(Gift)を人々のために使うべきである
☆ 人は自分が持って生まれた才能を最も生かす道を歩くのが最も正しい生き方であり、その結果である職業上の地位等に  より差別されるべきだはない。

 神(絶対者~例えば太陽と考えても良い)という懸絶した距離にある存在を意識する時、人は等しく皆小さいものである。
 そういう意識を根底に持たない能力主義は多少ツキがあった人間の傲慢とツキが少なかった人の卑屈を生む危険な思想
 となって今後の日本人特にサラリーマンを苦しめる危険性がある。

 また正しい能力主義~つまり持って生まれた能力にかなった生き方をする~という観点からも「転職等が容易な流動性の高 い労働市場」が確保されることが必要だ。

コメント
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