弁理士法人サトー 所長のブログ

弁理士法人サトーから法改正や事務所の最新情報を提供します。

これでいいのか日本の知財戦略!!!

2016-02-22 13:04:49 | ちょっとひとやすみ
先日、某全国紙を読んでいましたら、どこかの大学院か何かの教授が、「日本の特許出願件数の減少はイノベーション力の低下とは無関係」というコラムを書いていました。
要約すると、「企業は、特許の量ではなく、質の向上に目を向けているので、出願件数の減少がそのまま日本企業の力の低下に結びつくものでは無いから安心してね。」という内容です。

このような指摘は、知財業界では「なるほど!」と説得力をもって語られており、納得している関係者も多いように思います。
出願件数が減って困っている弁理士業界から大口の顧客に同じような指摘をしても、「数の時代は終わった。」、「我々は、質を重視している。」と返してきます。
まあ、「量より質」ということです。

ところが本当にそうでしょうか?

まず、出願をする前の段階、つまり「発明の種」の段階でその発明の「質」が高いとか低いとか分かるような人がいるのかな?
特許事務所で明細書を書いていて、「いい明細書が書けた!」と思うときは、残念なことに「自己満足」のことが多いように感じます。中身を充実させて「どうだ!」と思った明細書が「審査請求」されないこともしばしば。
一方で軽い発明で「ちゃっちゃ」と片付けた明細書が、その後に審査請求され、何代にもわたる分割出願で「強力な特許網!」のネタになることもあります。

そうなると、「特許出願の質」ってどの段階を指しているのでしょうか。
現状の出願件数の減少は「出願件数」ですので、これから海のものとも山のものともつかぬ出願前の段階で「量」より「質」を重視している、ということになります。決して、成立した特許の「量」より「質」ではありません。
これって、本当に大丈夫?
「神」でもないのに、将来の動向を予測できるの?

そもそも、非常に優れた(「質の高い」と称される)1件の特許と、残念ながら「質が低い」と称される100件の特許と、どちらの方が強いのでしょう?
競合する他社からしてみると、どれだけ質がよくても1件の特許は所詮1件です。
1件であれば回避する道を探るのも容易ですし、異なるルートで技術開発ができるかもしれません。
しかし、競合する他社に質の低い特許であってもそれが100件あると、そのすべてについて技術背景を調査し、侵害しているかどうかをイチイチ判定をしなければならず、必要に応じて回避もしなければならないとなると、実は質の低い特許100件もかなり大きなパワーを持っているといえるのではないですかね。
それが分かってきたので、アメリカや中国は、「質」よりも「量」で特許出願を増大させ、パワーを高めているのでは。

世界的に「量」より「質」が重視されているのであれば、全世界で特許出願が減少するはずですが、先に示したアメリカ、中国をはじめ欧州、韓国なんかでは出願が増加しており、目に見えて大きく減少しているのは日本だけです。

本当のところは、予算を削るための方便として「量」から「質」というもっともらしい理由付けしているだけではないでしょうか。
元を正せば、この「量」から「質」への転換を求めたのは、他でもない「特許庁」なんですけどね。
これで産業立国、技術立国、知財立国を目指すというのは、かなり無理があると思います。

知財も自社と他社との戦いは「戦争」ですので、武器の「質」も重要ですが、飽和攻撃のように「数」も勝敗を分ける重要な要素です。
特許は、必ずしも「質」では勝てない。「質」が低い特許でも、「量」を集めれば武器になるのです。

仕事が減って困っている弁理士が書くと、「仕事欲しいだけじゃないの?」と腹を探られて説得力が無いと言われそうです。
でも、出願件数を減らしたツケで困っている会社が現実に存在する以上、特許に対して過剰に「質」を求めるのは気をつけた方がいいですよ。
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富士山

2016-01-29 14:01:35 | ちょっとひとやすみ
年が明けたと思っていると、あっという間に1月も終わりとなってしまいました。
このブログも、年明けに更新したままで月末です。

さて、個人的な弁理士会の仕事として、技術標準委員会、地域ブランド監理監視機構WGの2つの委員会に参加しています。これらの委員会は、東京でほぼ毎月開催されますので、月に2回ほど東京へ行く機会があります。
この弁理士会の仕事とは別にクライアントとの打ち合わせや、審査面接・口頭審理などで特許庁へ行くことがあり、さらにプライベートで東京へ行くこともありますので、1年に30回近く東京へ行っているでしょうか。

名古屋から東京へ行く手段はほぼ新幹線なわけですが、移動中の沿線のお楽しみとなるとやっぱり「富士山」ということになるかな。
上に書いたように年に30回近く東京へ行くにもかかわらず、この「富士山」を拝める機会はめったにありません。雨男だからか出張の日は雨が多く、裾野すら拝めないことも。晴れていても、海側からの湿った風が入りやすい春から夏にかけては、中腹より上側が雲に覆われていることが多いようです。
そんなわけで、裾野から頂上までの美しい姿を拝めるのは、数年に1回くらいのペースです。

めったに出会えない「富士山」ですが、今年最初の上京となった19日にお会いすることができました。ちょうど寒波が日本へ流入しているときで、九州・中国地方で積雪した日です。大寒波となった25日~26日のちょっと前の寒波のときです。
暖冬の影響でお正月のころは頂上付近にだけ雪があったようですが、この日は中腹まで雪がありました。ちょっと頂上に雲がかかっていましたが、ほぼ全景を拝むことができました。

美しい富士山を見ると、なんだか得した気分になります。

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2015年 知財学会

2015-12-07 13:42:20 | ちょっとひとやすみ
12月6日に、知財学会の2015年度学術研究発表会に参加してきました。
今回初めて参加したのですが、それというのも「発表」をすることになっていたからです。
弁理士会には、僕が所属している技術標準委員会を含め、多くの専門委員会があるのですが、この委員会で調査や研究したテーマは、知財学会や弁理士会の機関誌「パテント」などで発表されます。

今年度は委員会を立ち上げてすぐ、「知財学会で発表しませんか?」という打診を受け、軽い気持ちで「OK」をしました。

ここ数年、技術標準委員会では技術標準を一つの切り口としたオープンクローズ戦略や知財戦略を実践的に身に付けてもらうことを目的とした人材育成研修を行なっています。そこで、この実践的な研修を題材に発表できそうな感じでしたので、軽く引き受けました。

しかし、発表が近づくにつれ、発表原稿を準備していると、一つ不安が出てきました。
こちらから提供できそうなことは、研修の「紹介」であって、研究内容を報告したり、議論を促したりする材料を提供することではないのです。
「学会」というと、「こんな研究をしています。」とか、「こんな研究でこんな結果が出ました」といった議論を深める問題提起をする場のように思っていたのですが、今回発表しようとしているのは「こんな研修しています。」、「弁理士に好評ですよ。」といった感じの事業報告のような感じで、「学会」になじまないのではないか、と。

というものの、ネタもないのに形だけの研究報告もできず、開き直って「事業報告」のような「研修紹介」をしてきました。

学会発表なんて、かれこれ20年以上前の学生時代以来です。学生の頃は、研究テーマに恵まれたこともあって、3回ほど学会で発表する機会がありました。
まさか大人になって学会で発表するなんて考えてもいなかったので、ガラにもなくちょっと緊張しました。

おかげさまで15分の発表は無事に終了し、5分間の質疑応答では多くの質問を頂くことができました。人材育成というテーマもあってか、聴講者も多く、気持ちよく発表することができました。
予想していた以上に、好感触でした。

会場は東京大学。
東大には始めて足を踏み入れました。
イチョウの木がたくさんあり、もう少し時期が早ければ、落葉が少なくもっと美しいイチョウ並木だったのかも。
ところで、東大は観光地ですね。
老若男女、多国籍に人々で賑わっていました!

~東大の赤門~

~イチョウの並木の先に安田講堂~

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ビジネスモデル特許

2015-12-03 13:09:13 | ちょっとひとやすみ
かれこれ15年近く前。いよいよ21世紀というころ、特許の世界では「ビジネスモデル特許」が一躍脚光を浴びました。
アメリカでなんかの金融取引方法が特許になったのを皮切りに、日本でもビジネスモデル特許が大ブームになりました。

結局、その後の数年で単なるビジネスモデルは、ゲームのルールと同じように「自然法則を利用」していない「人為的な取り決め」にすぎないとして、特許にならないこととなりました。それであっという間にブームは去り、今ではビジネスモデル特許というとこの世界では「死語」のようになっています。

ところが、このビジネスモデル。確かに単なるルールや取り決めでしたら当然特許とならないのですが、自然法則に則って作動するコンピュータを上手に組み合わせて実現すれば、今でも特許となる可能性があります。
電子データを使った決済方法などは、特許になる可能性があります。
このあたり、明細書や特許請求の範囲の記載に一工夫が必要ですので、誰でも書けばいいというわけでもありません。事務所、特に明細書を書く弁理士の能力が問われます。

さて、なぜ急にビジネスモデル特許をテーマにブログを書いたのか。
別にたいした意味はありません。
たまたま、今、ビジネスモデル特許の明細書を作成していたから、というのが理由です。
他の機械系や化学系の特許と違って、ビジネスモデルや制御系の特許は明細書のボリュームが大きくなりがちですし、時間もかかります。
作成しているビジネスモデル特許の明細書も、久しぶりの大作です。
これを自慢(?)したくてブログを書きました。

おしまい。
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アップル自動車

2015-09-24 16:51:49 | ちょっとひとやすみ
先日、「アップルがEV(電気自動車)に本腰」というニュースが配信されていたのをご覧になった方もいらっしゃると思います。

これについては、個人のFacebookで思うところをちょっとだけ書いてみましたが、より広く知ってもらうためにブログでも触れてみたいと思います。Facebookと重複する点もありますので、ご了承下さい。

記事の概略は、あのアップルがEVの開発に投入する資金を増大するといったものです。

僕自身、弁理士会で技術標準に関する調査研究を行なう委員会に参加している関係でこのブログでも技術標準に絡んだ記事が多くあります。

このように技術標準に携わっていると、自動車というのは比較的標準化が遅れている分野だと感じています。もちろん、タイヤの規格など、部品によってはISOやJIS規格が採用されている部分もあるのですが、車体の多くは各自動車メーカに独自の規格が採用されており、標準化といっても例えばコスト削減を目的として、上位車種から下位車種までスイッチの形状やサイズを統一するとか、同一のプラットフォーム(シャーシ)を用いる車種を増やすとか、自動車メーカ内の閉じた標準化にすぎません。
そのため、自動車メーカが異なるとほとんど部品が共通化(標準化)されておらず、ネジ1本ですら他社のクルマには利用できないこともあるようです。

近年では、低公害ディーゼルエンジンのコモンレールシステムのように、部品メーカが主導して部品の共通化を図ったり、自動車メーカ間でアライアンスを構築して共通化を図ったりする例が出てきていますが、他の業界と比較すると、ずいぶん遅れているように思います。
逆に言えば、この自動車メーカの独自規格が各メーカの個性を残し、我が国の自動車産業が世界のトップを維持できている理由なのかもしれません。

しかし、EVはこのような独自規格を維持する流れを大きく変える可能性があります。ハイブリッド車を含め従来の自動車は、核心となるエンジンやその周辺機器が単独で性能を発揮することがなく、複数の技術的な要素をうまく摺り合わせることによって、所望の性能を獲得できるという種類の技術です。すなわち、高性能なエンジンを開発する場合、エンジン本体だけでなく、これを支える燃料供給系や吸排気系、さらには制御系をうまく摺り合わせて調整する必要があります。そのため、部品を買ってきて、ポンと作り出すことはほぼ不可能です。

これに対し、EVは、電池とモータに制御ユニットがあれば、簡単に作ることができます。実際に、ラジコンなんかは、タミヤのコントローラつきのシャーシを買ってきて、マブチのモータを載っけて、パナソニックの電池につなげば簡単に走り出します。
EVは、車体が大きくなっただけで、このラジコンとたいした違いはありません。
そうなると、EVメーカは、既存の自動車メーカではない可能性は十分に考えられます。
実際に、アップルだけに限らず、「グーグル」や「アマゾン」なんかもEVの開発を目指しているとか、いないとか。

ここで心配なのは、自動車メーカの動向です。あまりに他社の動向ばかりを気にしていると、アップルやグーグルのような思わぬ大敵があさっての方向からやってくるかもしれません。
トヨタが燃料電池の技術に関する特許を開放したのも、あさっての方向からやってくるメーカを早めに発見するためだったのかな、と思ったりしています。

日本は、島国という特殊な環境にあるためか、他の技術との互換性が求められる標準化というものに理解が薄い気がします。まさにガラパゴスです。

EVなんかよりももっと大きな障害となるかもしれない「インダストリー4.0」についても、危機感をもって動いている日本人は少ないのではないでしょうか。「インダストリー4.0」については、別の機会に紹介したいと思いますが、これに対する日本人(日本企業)の鈍感さには危険を感じずにはいられません。

とはいえ、標準化がすべてに優越するわけでもないのが難しいところです。島国の日本だからこそ、周辺の環境の激変に晒されないよさもあるかもしれません。
日本のことをガラパゴスとして危機感を煽る評論家も多いのですが、アメリカなんて国境はカナダとメキシコだけで、実質島国ようなものです。特許制度をはじめとする社会システムやエンターテイメントなど、アメリカは巨大なガラパゴスのようなものです。

話が右往左往していますが、重要なことは、情報収集を怠らず、収集した情報を適切に分析して、常に不利にならない態勢を整えておくことだと思っています。当たり前といえば当たり前なのですが。



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